製麺屋が行く蕎麦屋の条件《こな落語》
記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
「んっちわー。んっちわー」
「誰だい? 『んちゃ、んちゃ』って、アラレちゃんじゃあるまいし。なんだ、与太郎じゃないか。また何か聞きに来たのかい」
「あのねー、大家さんねー」
「今日は、ちゃんと‘さん’が付いたね。偉い偉い」
「お節ちゃんと今度は蕎麦屋行くから、どこがいいか教えろ」
「お前ぇさんは褒めるとすぐこれだ。私に向かって、教えろという奴があるか!」
「えへへ、えへへ」
「ま、いいや。その前に与太や、この前のお節ちゃんとのラーメン屋逢引きは、首尾良くいったのかい? ほう、そうかい、そうかい。お節ちゃんは大喜びだったのかい。そりゃ、良かった。良かった」
「んでね、今月の始めがお節ちゃんの誕生日だったから、今度は御蕎麦をあたいが奢(おご)るの」
「ほぉー、誕生日の祝儀に蕎麦とは乙な事するねぇ」
「こないだのラーメン屋さんが凄く良かったら、今度の蕎麦屋さんも大家さんに聞いてくれって、お節ちゃんが言ったの」
「するてぇと、お節ちゃんの差し金で、お前さんはここに来たのかい? 蕎麦屋の前に与太よ、このままお節ちゃんと祝言挙げたら、一生尻に敷かれるよ。ま、お前さんは、少し足りないから、その方が幸せかもしれないけど」
「えへへ、えへへ」
「笑ってやがる。困ったもんだねぇ。
そいでもって、なんだって? 何処の蕎麦屋へ行けば良いだって?」
「そう、そう」
「そうだねぇ、その前に、与太なんかは昼にしか蕎麦屋へ行かんだろ? それがそもそも、ちょいとばっかし間違ってるんだ。蕎麦屋は、晩に酒を呑みに行くところなんだ。一頻(ひとしき)り、何か摘まみながら二・三合酒を呑んで、仕舞に笊(ざる)蕎麦を一・二枚頂くってぇのが本寸法なんだ」
「んじゃ、お酒置いている蕎麦屋が良いわけなの?」
「そうじゃない。酒に合う肴(さかな)が用意出来る蕎麦屋が良いんだ。そんでもって、蕎麦だけじゃなく料理人としての腕を見るんだ。って、自分の腕を見るんじゃない! 蕎麦屋の料理人としての腕前を確かめろってぇんだ」
「んで、どんな肴が有ると良いの?」
「そうだねぇ、先ずは蕎麦屋だけに、カラッと揚がった天麩羅(てんぷら)が欲しいねぇ。それと、やっぱし卵焼きだね。あれは、出汁の良し悪しが直ぐ分かるし、火加減の上手下手も分かるし」
「ふーん、そうなんだ」
「それとな、もし、魚が有ったら‘薄造り’(薄切りの刺身)を仕立てて貰うんだ。包丁捌(さば)きが分かるからね。‘薄造り’が仕立てられりゃ、何だって作れる筈だから」
「後は、何か有るの?」
「あ、それからな、お酒は絶対に燗をしてお貰い。蕎麦を美味しく頂く為のお酒だから、冷で煽(あお)って腹冷やしたら何にもなんないから」
「他には? もうちょっと、お節ちゃんの前で格好付くこと無い?」
「そうよなぁ。そいじゃ、注文の仕方で格好付けなさい。例えは、天麩羅を注文する時は、『大将、“抜き”をくんな』と言うんだ」
「何で、“抜き”なの?」
「天麩羅蕎麦の‘蕎麦抜き’てぇ意味だ。どうでぇ、江戸っ子らしい粋な言い回しだろ」
「そいから、そいから」
「まぁ、そう急かすでない。
お酒を頼む時に、『人肌を一合徳利で』と頼むんだ。ぬるめの燗だと直ぐに冷めちまうから、一合づつってぇ寸法だ」
「まだある?」
「そうよなぁ、お節ちゃんに格好付けたいなら、こう言いなさい。
お酒を貰って、お節ちゃんもほんのり桜色に染まってから
『お節ちゃん、笊は何枚手繰(たぐ)れるかい?』って聞くんだ。間違っても、‘引っ掛ける’なんてぇ言っちゃ駄目だ。女の子の前で使うには、汚い言葉だからな。
‘手繰る’って言った方が、綺麗に聞こえるだろ? 粋な言い回しだし。
それと、蕎麦と言わずに笊って略すのも粋なもんだ。江戸っ子だからね」
「そうなんだ。大家さん有難う。お節ちゃん連れて、薄造りを仕立ててくれる蕎麦屋さんに行ってくる」
「そうかい。そうかい。そりゃ、良いこった。
今度は、昼に行く良い蕎麦屋を教えてぇやるから、また聞きにおいで。一度じゃ覚えきれ無ぇから」
「うん、分かった。そいじゃ、さよなら」
「それから、いいかい。お節ちゃんは、お前ぇには勿体無い別嬪さんなんだから、大事にするんだぞ! 祝言の時にゃ仲人を遣ったるからな!
あっ、行っちめぇやがった。まったく、若い者(もん)は良いねぇ」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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