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こな落語

節分は、恵方巻よりうどんが出番《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)

「大家さーん! 大家さーんってばー!!」
「何だい、新年早々子供みてぇに喧しい奴は。おや、棟梁(とうりゅう)じゃないか。何か様けぇ」
「へい、今日んとこは、大家さんの御知恵を少々拝借しようと思いまして」
「それは良いけど、知恵なんてぇもんは、細切れには出来無ぇよ」
「そう、そういった大家さんの偏屈な知恵が必要でして」
「何だい、偏屈てぇのは。ま、良いから話してみなさい」
「へえ、この前からウチんとこで、隣町の『七〜十一』ってぇ酔狂な名前の“便利店”の店改装を請け負ったんですよ」
「そりゃ、結構な稼ぎになったんじゃないのかい」
「へえ、ま、そこそこの手間賃は頂きやしたが、急ぎの仕事過ぎたんでこっちの職人が思ったより多く掛かっちめぇやしてね」
「そんじゃ、つかの手間賃を先方と折衝したらどうなんだい」
「ええ、あっしもそう思いまして、この間、新春の挨拶を兼ねて伺ったんですよ」
「おお、そうかい。やっぱ棟梁って呼ばれるだけはあるねぇ」
「ところがですね、そん時、先方から『恵方巻』とかいう上方の物好きが、皆揃って一方向向いて黙って喰う、片手子(へんてこ)な喰い物(もん)の申込書を多量に渡されたんですよ。ってぇことは、こんだ(今度)の節分に職人の分も含めて申し込めってぇ寸法なんですよ」
「そいつぁ、高ぇーのかい?」
「いえ、そんな高くは無ぇーんでやすが、ただ職人に渡しても何の足しにはならないって思うんでっさ。ウチの奴らは吞兵衛で、あんなデケェ太巻きみたいなもんは喰わ無ぇーすよ。それに、のべつ幕無しに喋くってる輩なんでね」
「んで、その申込書の何がマズいんでぇ」
「それがですね、そいつを申し込まないてぇと、追加の手間賃を貰い辛いんでやすよ」
「おぅ、そりゃ問題だ。お前ぇさんとしては、『恵方巻』を上手に断った上で、何とか追加分の手間賃を貰いたいってぇ寸法なんだね。そうだねぇ……」
「やっぱ、大家さんでも難しいんですかい」
「そうでねぇ。んじゃ、こう言ってやったらどうでぇ。『こちとら、生まれも育ちも、先祖も関東の者でごぜぇやす。この様な上方の御公家さんが節分に召し上がる様な、上等な物を食したことが御座いません。粗野な関東者(もん)には、“節分蕎麦”か“節分饂飩(うどん)”が精精です。先日も、埼玉の親戚筋から、今年分の節分饂飩用のメリケン粉(小麦粉)が送られて来やした』そう断って、手間賃を請求やったらどうだい」
「あ、有り難う御座ぇやす。そいで大家さん、“節分饂飩”ってどんな寸法のものなんです?」
「なんだ、棟梁は、そんなことも知らないのか。少々長くなるからよーくききな。
そのそも、一年間には、立春・立夏・立秋・立冬の前の日にそれぞれ“節分”が四回有るんだ。季節を分けるからね。今では、旧暦の新年に当たる立春前の節分だけしか無くなっちゃったけどね。そこで、以前は、それぞれの節分の前の日に、
“節分蕎麦”てぇ年越蕎麦と同じ縁起の蕎麦を喰ってたらしいんだ。
ところがだ、世の大半が、立春前の節分しか祝わなくなっちまったから、一月の間に2度も蕎麦で縁起を担ぐってぇのも、何処か不粋ってんで節分の当日に“節分饂飩”ってぇことになったんだ」
「そいで、その“節分饂飩”ってぇ饂飩は、普段のうどんと違うんですかい?」
「麺自体は、そんなに変わらないよ。でもな、滋養の為の『松の実』、老化防止の『クコの実』、長寿の縁起を担いだ『海老』、縁起が良い色目の『紅白かまぼこ』を、風邪予防に生姜が入った餡掛け(あんかけ)にして食べるってぇものだ。
地域によっちゃ、他にも有る様だけどな」
「へっぇ、全く知りやせんでした。その辺の下りも使わせて頂きやす」
「うん、そうしな。しっかり手間賃を頂戴してくるんだよ」
「大家さん。今日んとこは有難う御座ぇやした。また、顛末を報告させて頂きやす」
「ほう、そうしなそうしな。手間賃頂けたら、褒美にこんだの節分に『節分饂飩』を用意しとくから」
「重ね重ね、大家さんには御世話に為ります。有難う御座います」

≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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