ここへ来て注意すべき点《こな落語》
2021/11/22/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
全てという訳には行きゃしませんが、かなり日常が戻って参りやした。街中に出るてぇと、かなりな人出で御座います。
こう為るてぇと、ここんとこみてぇに‘ボーっと’ほっつき歩いてるてぇと、突然後ろから、
「どいた! どいた!」
なんて、富籤残した家が火事に為りそうな太鼓持ちなんぞの輩(やから)に後ろから急っ突かれたりしてしめぇやす。<元ネタ・古典落語『富久』>
日常に戻ったからにゃ、これまでを思い出さないといけない次第で。
今回の噺に登場するのは、製麺屋の徳兵衛さん。ここんとこ忙しさが戻って来た様で、製麺屋の先輩でもある長屋の蘊蓄大家さんに相談にやって来ました。
「大家さん、こんちは」
「おぉ、久し振りだね、徳さん。ここんとこまた、忙しく為って来たんじゃないのかい?」
「えぇ。今日んとこは、そのことで相談に来たんですよ」
「繁盛していて相談たぁ、難しい用件かい?」
「それがですねぇ大家さん、以前連れて来たアッシの知り合いで船乗りの団平さんを覚えてらっしゃるでしょ?」
「ええ、覚えてますよ。写真も得意な船乗りさんでしたね」
「その団平さんが、会社の社員食堂からの話をもって来て下さったんですよ。麺を卸して欲しいって」
「ほぉ、そりゃ良かったじゃないか。大層社員さんも多いんだろ?」
「そりゃ、有難いことはこの上ねぇんでやすが、ちぃと心配なことが有りやして」
「何が心配なんです? あんだけ大きな船会社さんだ。取引先だって、大手の廻船問屋(総合商社のこと)とかで安定しているんじゃねぇのかい?」
「それがですねぇ、大家さん。アッシのとこも何軒か社員食堂の得意先を持っていたんでやすが、ここんとこの通信(リモート)勤務とやらで、社員さんが会社にとんと顔を出さなくなったんでやすよ。凄いとこなんて、番頭(専務)さんが半年も来て無(ね)ぇなんて自慢しているとこが有ったりして」
「そりゃ、凄いとこがあるもんだねぇ。でも、船会社だったら、ここんとの物流が増えてるらしいから、大丈夫なんじゃないのかい? こないだも、電子瓦版でみたけど、港に入り切らない船が大層居るとかって言ってたもんだ」
「そんなもんですかねぇ。社員食堂を使って頂ける社員さんが減るてぇと、こちとら、同じ手間掛けても売り上げが行かねぇんで、往生するって塩梅で」
「まぁ、そこんとこは、我慢するしかねぇな」
「そいとですね、ここんとこの不景気で、どこの会社も経費節減(コストダウン)なんてこって、福利厚生でやっていた社員食堂を、外部委託(アウトソーシング)したりするんですよ。そうなるてぇと、こちとら、大口の直(じか)取引先を、一気に失うなんてぇことに為って、途方に暮れることもあるんですよ」
「そうだねぇ。そうなるてぇと、どうしようもないねぇ。でも、船会社は別だよ」
「そりゃまた何でなんです?」
「船会社は、社員食堂を外部委託にする心配はないってこったよ」
「そんなもんですかい?」
「よく考えてもごらんよ。外洋航海する船には、必ず料理人が乗ってるだろ。ってぇことは、船会社てぇとこは多くの料理人を抱えてるもんだ」
「そうなりますね」
「ところがだ、船の料理人だってずっと乗りっ放しってぇ訳には行かないわな。女房も子も居るし、一人者(もん)でも許嫁(いいなずけ・恋人のこと)が居たりするだろ。何しろ、船乗りてぇと稼ぎが良いんだ。ウチの長屋の寅や久三みてぇに、ロクに働きもしねぇでピーピー言ってる奴等よりはマシなんだよ」
「そいでもって、ピーピー言わない料理人さんと社員食堂にどんな関係があるですかい?」
「それはな、会社としても船に乗っていない料理人を放って置く訳にはいかないわな。その間も給金を払わなきゃいけねぇし、下手すりゃ船の厨房を任せる筈の料理人が、陸で雇われたりしたら面倒だしな。だから、陸に居る間の仕事ととして、社員食堂で働いてもらうんだ」
「ほぅ、だから船会社の社員食堂は、委託されることは無いんでやすね」
「そうだよ。だから徳さんも安心して、早いとこ商談に行ってきな。折角の団平さんから紹介だ。無駄にするんじゃ無ぇぞ」
「へい、分かりやした。今日は有難う御座います」
「ところで徳さんや。御前さんとの仲だが、ただで知恵を借りるてぇのも良くねぇな」
「へい、何か仕立てて来ましょうか」
「そうだねぇ、今年は未だ新蕎麦を頂いてなくってね。そろそろ、蕎麦粉も落ち着いた頃だろ。いい蕎麦粉を見繕って、新蕎麦打って持って来てくれや」
「へい、大家さんの駄賃にしちゃ御安い御用で!」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
【間もなく開講!】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《全国通信受講対応》