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祭り(READING LIFE)

日常に「ハレ」の場を《週刊READING LIFE 通年テーマ「祭り」》


記事:菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
20数年ぶりに登る急な坂道。
梅雨の蒸し暑さもあって、額には汗がにじみ、息が上がってくる。
 
その坂道は通称「地獄坂」。
登った先には3年間通った高校がある。その学校に通う生徒は、その坂を憎しみと愛着を込めて「地獄坂」と呼んでいた。
 
久々に高校を訪れたのは、生徒たちのグループ研究の中間発表を聞いてアドバイスするため。友人がその研究発表に関わっていて、その高校のOBであったこと、研究テーマに関連した活動をしていることを知っていて声をかけてくれた。
そんなきっかけで、大学での教育実習以来、すっかり足が遠のいていた母校を訪問することになった。
 
その地域で一番イケてないと評判だった生服はすっかり今どきのものに変わり、歩いて登った「地獄坂」をバスが登り、教室にはエアコンが設置されている。そんな変わってしまった部分もあるけれど、迷路のような独特な形をした校舎や滑りやすい廊下、校舎を繋いだ渡り廊下の手摺り色は当時と変わっていなかった。どこか変わらないながらも、どこか違う、何かそんな不思議な感覚だった。
 
高校生活の記憶はあまりない鮮明ではない。
20数年の時間の経過とともに記憶が風化してしまったのはもちろんあるけれど、そもそもあまり印象に残っていない感じだ。学校の風景は記憶しているものの、自分がそこでどんなことを考え、どんな風に過ごしたのか、なぜかそんな記憶はぼんやりしてしまっている。その原因は充実した学校生活を送ることができなかったから。単純に「青春」できていなかったからだろう。
 
数年前、卒業以来、初めて同級生たちと飲んだ時も、みんなが語る思い出話のほとんどが「あれ、そんなことあったっけ?」といったことばかり。友人が持って来ていた卒業アルバムを見て、自分が写っている姿に驚いたり、「あぁ、こんなことやってたんだ」と思うことばかりで、思い出らしいものがほとんど残っていなかった。
 
会議室から教室へ案内される途中、懐かしさと目新しさからキョロキョロしていると、ふと遠くに体育館が目に入った。「あぁ、体育館も変わってないなぁ」とぼんやり考えていると、突然、当時の記憶が蘇ってきた。
それは、大音量の音楽が鳴り響く中、大勢の生徒と一緒に体育館の中をグルグルと円を描くようにして全力で走っていた記憶。
 
その場面が何の場面だったか、思い出すのには時間がかからなかった。
それは、文化祭での一場面。文化祭の最終日、すべての行事が終わった後、全校生徒は体育館に集まって、ステージ上のバンド演奏に合わせて、体育館の中を、円を描くようにしてグルグルとただひたすら全力疾走する。そんな謎のイベントが伝統として行われていた。その場面が体育館を目にしたことで記憶が蘇ってきたのだ。
 
それがきっかけになって、長年、記憶の奥底に閉じ込めていた文化祭の場面が次々に思い出された。
クラスで制作した渡り廊下を使った屋外のモニュメントが、文化祭の数日前の大雨で大破してしまい、ずぶ濡れになりながら深夜まで修復作業をしたこと。体育館での謎のイベントの後には、中庭が見える渡り廊下やテラスに移動して、3年生の進行のもと当時の流行曲を大合唱していたこと。
 
体育館での全力疾走や中庭での大合唱は、どんな理由でいつ始まったのか分からない。ただ、当時は文化祭後の伝統行事として当然のように行われていた。入学してきた1年生は、先輩から伝統行事があることを教わり、当日、恐る恐る参加する。そんな経験を今度は後輩たちに伝えていく。学校という本当に狭いコミュニティの中で、学年やクラスに関係なく、同じ学校に通う生徒としての一体感を高める伝統行事になっていた。
 
もともと冷めた性格な私は、体育館で走り回ったり、大合唱をしたりという話を聞いた時には、「そんなことして何が楽しいんだろう、面倒だなぁ」というくらいにしか考えていなかっただろう。であれば、そんな場所に参加しないという選択をしたかもしれない。
それなのに蘇った記憶は、非常に鮮明で、その時感じていた高揚感さえも思い出すことができる。かなり強烈な印象を受け、さらにそのしっかりと場を楽しんでいたようだ。
 
すっかり抜け落ちていた記憶は忘れてしまっていたというわけではなく、思い出すきっかけを失って、記憶の奥底に眠ってしまっていたようだ。それが高校を訪れて、懐かしい景色に触れたことで、呼び起こされた感じだ。
ただ、不思議なことに思い出せたのは文化祭に関わる記憶だけ。それ以外の記憶はやはりぼんやりとしていて、あまり思い出すことはできない。
文化祭という、ある種の特別の時間・空間での体験だっただけに、より深く記憶に刻み込まれていたのかもしれない。
 
そう考えると、同じように特別な時間・空間での体験は鮮明に記憶されているものが多い。
 
例えば、大学を卒業して就職をした会社で参加した「博多どんたく」、転職後に地元に戻ってから参加した「小倉祇園太鼓」もそうだ。
 
どちらも1、2回しか参加したことがないのに、参加を通じた体験はなぜか鮮明に記憶に残っている。
 
新入社員として参加した「博多どんたく」。
本来の仕事を覚えてもいないのに、夜な夜な先輩社員の指導のもと、同期たちと仮装用の衣装を作ったり、それぞれの部署にパレード中のダンスの指導に行ったこと。祭り当日は、「博多どんたく」の名物でもある派手に飾り付けがされた花自動車の運転手に指名されたこと。そして、その車が社長所有の高級SUVであることを聞かされて恐る恐る運転したこと。
そんなことを、「博多どんたく」の開催を伝えるニュースを見たり、パレードの行進曲で使った曲を耳にしたりすると鮮明に思い出す。
 
不思議なもので、「博多どんたく」に参加する以前に、何度か見に行ったことはあるものの、その記憶はほとんど残っておらず、ただただ「つまらなかった」という感覚だけしか残っていない。
それが、参加する側に回ると、準備している風景や祭り当日の様子がしっかりと記憶されているのは不思議だ。
 
転職後に地元で参加した「小倉祇園太鼓」。
祭り本番の約2週間前から、祭りに参加する人たちは、街のあちこちにテントを張って夕方から太鼓の練習を始める。町内単位で参加することが多く、そのテントにはその町内で暮らす様々な世代が集まってくる。子どもたちは早々に練習に飽きてしまい遊び始め、それを年長者がなだめすかして練習させて、そんな様子を見ながら食事の準備をする人たちがいる。そこには1つのコミュニティができあがっている。そんな風景や太鼓と音は夏の風物詩になっている。
 
たまたま転職して地元に帰ったタイミングで、仕事関係で祭りに参加させてもらえることに。急遽参加することになったため、事前の練習にもほとんど参加できず、残念ながら太鼓を叩くことはできなかった。当日は山車を引くことしかできなかったけれど、一緒に祭りに参加した人たちの楽しそうな顔や、沿道からかけられる声援、そしてその太鼓の音色はしっかりと記憶に残っている。
 
そんな「小倉祇園太鼓」は、実際に参加する前からその練習風景を目にしたり、祭り当日にも見に行ったりしていたはずなのに、やはりあまり印象に残っていない。参加するまでは、町内で練習している太鼓の音をちょっと迷惑に感じることすらあった。ただ、たった1回の参加をきっかけに、今ではすっかり自分の街の祭りとして心から思えるようになってしまっているから不思議だ。
 
これらに共通するのは、特別な時間・空間での体験の記憶ということ。
鮮明に記憶されているということは、それだけ強烈な体験であり、その体験自体が人生においても重要な体験になったということだろう。
 
古来より日本では、「ハレ」と「ケ」というものを大切にしてきた。
祭りや年中行事などを行う日を「ハレ」の日、普段通りの日常を「ケ」の日と呼んで日常と非日常を使い分けてきた。文化祭後の恒例行事や「博多どんたく」、「小倉祇園太鼓」はまさに非日常の「ハレ」の場だ。
 
日常の「ケ」だけでは日々に変化がなく、同じことの繰り返し。実際に変化のない日々が続いてしまうとストレスになる。一方で、「ハレ」ばかりになると麻痺してしまい、「ハレ」の場もいつの間にか「ケ」になってしまう。
古来は変化のすくない日常に、祭りや年中行事を設け、あえて「ハレ」の日を設けることで日常に変化をつけていた。
現在では、ストレスを発散したり、日常に変化をつけるために、飲みに行ったり、ドライブをしたり、ゲームをしたり。時には旅行に行ったり、ライブに行ったり、大きな買い物をしてみたり。そうやって日々の中に「ハレ」の場は増えているものの、増えれば増えるほど、それは非日常の刺激が失われていき、いつの間にか日常の「ケ」になってしまう。
 
そんな現代だからこそ、退屈な高校生活や勉強のストレスを発散するための文化祭後の恒例行事や日常生活に変化をつけるために意識的に作られた長い歴史を持つ「小倉祇園太鼓」は、以前にも増して貴重な場になっているのではないだろうか。
だからこそ、その「ハレ」の場での高揚感や一体感といった体験は、他では得ることのできないものとなり、記憶に鮮明に残っているんだろうと思う。
 
そんな「ハレ」の場は、別の意味でも重要性が増していると感じている。
 
それは日常のコミュニティや人間関係から離れ、新しい繋がりを生み出す場であること。
日常の繰り返しでは、例えば職場や趣味、学生であればクラスや部活といった、特定のコミュニティの中での人間関係にとどまってしまう。
それが「ハレ」の場では、パレードの準備やダンスの指導、本番前の太鼓の練習といった、その時だけ現れるコミュニティに属することになる。そういったコミュニティは、普段関わりのない人たちとの関わりが生まれる。そすることで新たな人間関係が生まれたり、逆にもともと属しているコミュニティや人間関係の価値のありがたさを感じたりすることにも繋がる。高校時代の文化祭の恒例行事でも、普段話すことのなかった同級生と話したり、先輩・後輩との繋がりが生まれる場になっていた。
 
さらに「ハレ」の場で生また繋がりを通じて、そこで大切にされているルールや価値観といったものが受け継がれていく。
これらは言葉にすることが難しく、もし言葉で伝えたとしても体験を伴わないと理解できないようなもの。年長者から若者へ、先輩から後輩へ、その「ハレ」の場がどうやって受け継がれてきたのか、そしてその場ではどんなことを大切にしてきたか、そんなことが言葉と一緒に体験することで受け継がれていき、やがて伝統や歴史といったものになっていく。
 
こういったことは、日常の繰り返しである「ケ」では難しく、「ハレ」の場をあえて作るからこそできることなんだと思う。
 
そう考えると、今、地域の祭りや伝統行事が参加者の減少から開催できなくなっているというニュースは本当に残念に感じてしまう。
そんな祭りや伝統行事は、日常に変化をつける「ハレ」の場であり、新しい繋がりを生み出し、大切している価値観や伝統を伝え、そして一生の記憶として残る貴重な体験なのだから。
そう、やっぱり「ハレ」の場は、徳島の阿波踊りにある「踊る阿呆に見る阿呆、どうせ阿保なら踊らにゃ損々」ということなんだと思う。
 
そんな「ハレ」の場の原体験と言える文化祭後の伝統行事は、今でもまだ行われているのだろうか。
20数年ぶりの母校の訪問では、残念ながら後輩たちにそのことを聞くことが出来なかったけれど、今でもきっと続いているはずと思ってしまう。
高校時代にしか体験できない「ハレ」の場であり、一生の記憶として残る貴重な体験の場なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県北九州市出身。
地方自治体の職員とNPOや社会起業家を応援する社会人集団の代表という2足のわらじを履く。ライティングに出会い、その奥深さを実感し、3足目のわらじを目指して悪戦苦闘中。そんなわらじ好きを許してくれる妻に感謝しながら日々を送る。
趣味はマラソンとトレイルランニング。

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2020-07-13 | Posted in 祭り(READING LIFE)

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