ゆずと柿の葉寿司のお話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:川瀬健二(2026年ライティング1年間完全習得パスポート)
冬至の夜、湯気の立つ浴室に、ゆずを丸ごと浮かべる。
刻まない。絞らない。皮も種も、そのまま。
湯に触れた瞬間、ゆずは静かに香りを放ち始める。
刃物を入れたときの鋭い香りではない。
時間とともにほどけていく、やわらかな匂いだ。
その香りに包まれるたび、こんなことを思う。私たちは、いつからこんなにも「分ける」ことに慣れてしまったのだろう。便利さは、切り分けることから始まる。皮と実を分け、使える部分だけを取り出す。効率は上がるが、香りの層は薄くなる。丸ごとを引き受けたときにしか立ち上がらない豊かさが、確かにある。
奈良の柿の葉寿司を初めて食べたとき、そのことを思い出した。
木箱を開け、葉を一枚ずつ、そっとめくる。
その瞬間、ふわりと立ち上がる香り。
青く、少し渋く、それでいてどこか甘い。
これから食べる寿司そのものより先に、葉の記憶が舌と鼻を満たす。
柿の葉寿司は、冷蔵庫のない時代の知恵だ。内陸に暮らす人々にとって、海産物は今とは比べものにならないほど貴重だった。傷ませることは、命を無駄にすることと同義だった。だから、柿の葉で包んだ。抗菌作用があることを、理屈ではなく身体で知っていた。保存技術というより、「命を最後まで使い切るための必死な工夫」だったのだと思う。冷蔵技術がないという制約。それは不安で、不便で、どうしようもない現実だったに違いない。
しかしその制約が、香りと機能を兼ね備えた、美しい解決策を生んだ。
制約は、想像力を研ぎ澄ます。
制約は、命に対して誠実であろうとする姿勢を呼び起こす。
現代の私たちはどうだろう。エネルギーはスイッチひとつで手に入り、食べ物は一年中、世界中から届く。簡単に手に入れやすいからこそ、その価値を殺してはいないだろうか。
野菜の皮を、迷いなく捨てる。
果実の種を、当然のようにゴミ箱に落とす。
魚の骨を、「食べられない部分」として切り離す。
それらを「ゴミ」と呼んだ瞬間、命の循環は止まる。ゴミとは、人間の想像力の欠如が生み出した名前なのかもしれない。柿の葉も、かつてはただの葉っぱだった。枝から落ち、踏みしめられ、土に還るだけの存在だったはずだ。それを「防腐剤」という役割に読み替えた瞬間、葉は再び価値を持った。
現代のサステナビリティは、最新技術や設備のスペックを競ってしまいがちだ。省エネ機器、再生可能エネルギー、効率化。技術の進歩で壁を乗り越えることは、もちろん大切だ。
だが、それだけが人類の知恵ではない。本当に必要なのは、「これはゴミだ」と決めつける前に、「別の役割はないか」と立ち止まる力ではないか。
この地球上で、人間以外の動物はゴミを出さない。いや、人間もかつてそうだったのだ。
しかし、鉄、プラスチック、ビニール、化学繊維など、石油由来の物質を使い始めた産業革命以降、私たちは自然に帰らないゴミを出し始めた。便利さを追求した商品を大量に作り、大量に消費した結果、エネルギー危機や地球温暖化が叫ばれる時代となった。
私たちは再び制約の時代に足を踏み入れつつある。過度な効率化が、かえって脆さを生んでいることにも、気づき始めている。そんな時代にこそ、冷蔵技術のなかった人々の視点が、静かなアンチテーゼになる。効率よく削ぎ落とすのではなく、切り分けるのではなく、丸ごと引き受けて最後まで使い切る。
食べ物も、道具も、時間も、そして人生も。
私がこれから目指していきたいのは、そんな未来だ。
子どもたちに残したい未来、それは便利さの先にある「豊かさ」を取り戻す場所。
ゆずを丸ごと湯に浮かべるように。
柿の葉をそっと開くように。
命を、命として使い切る。
その延長線上に、ゴミの少ない暮らしが静かに立ち上がってくる。
今夜の食卓に並ぶ料理の中で、想像してみてほしい。
「柿の葉」に相当するものは何だろう?
≪終わり≫
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00







