「新幹線より高い」という贅沢——大人の動く隠れ家のすすめ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: みちよ ( 2026年4月開講・名古屋会場 )
関西から九州に旅するとしよう。
新大阪から福岡まで、新幹線なら約2時間半、15,000円。
速い。新幹線はスゴイ。日本の誇るべき大動脈である。
快適な座席でビールを飲んでいる間についてしまうだろう。
しかしここでは、違う手段を提案したい。
フェリーである。
大阪港から別府に行くフェリーは、所要時間約12時間。
金額は時期によって異なり、14000~20000円。
個室をとるならプラス4000円。
総合的に見て、新幹線よりも「高い」と言えるだろう。
さて、タイパとコスパを信奉する現代において、あえてその逆を行く選択肢を提示した。
この二択で、フェリーを選択する奴がどこにいるというんだ?!そしてなぜ?!
上記に紹介した船は、商船三井の「さんふらわあ」という。
船体に大きく太陽が描かれた昔から変わらぬデザインのフェリーである。
2023年にデビューした新造船で、船長は約200メートル。
甲板を一周したら、500メートル弱になるだろうか。
大阪港に停泊している大きなそれは、乗り物というには高さがあり、まるで建造物のようだ。
乗る、というよりも「乗り込む」という表現が似合い、船内へ向かう階段を上っていくにつれ興奮が静かに沸き上がる。
豪華な船内のロビーでチェックインすれば、乗り物だったそれは、たちまちホテルになる。
自室に荷物を置いた瞬間に「移動」は「寛ぎ」に代わり、
ベッドに身体を横たえれば、背中の下から重低音の振動が全身をマッサージするように伝わってくる。
それが不思議と心地よく、胎内にいるような安心感を与えてくれ、
「ああ、ここは船であった」と、また乗り物であることを実感する。
映画で聞いたような、ボーという汽笛を聞き、陸から離れていくにつれ、
じわじわと日常が遠ざかっていく。
出港後ひとしきり陸から切り離されるのを見届けたら、
次は、「秘密基地」のようなこの閉鎖空間を、くまなく探索する。
この船は、週末であれば約20時に大阪港を出港し、朝の8時に別府港へと入港する。
つまり、景色は夜の航海というわけである。
甲板で風に吹かれながら、遠くにまたたく街の灯りを眺める時、私たちは初めて「社会の外側」に立っているような感覚になる。
夜のデッキの圧倒的な孤独と暗闇。
夜の海の風は、思いのほか体温を下げる。
春先や初夏でも、薄手のダウンコートなどあると心強い。
ほら、諸先輩方は心得ているだろう?
そしてこの船の航路は、瀬戸内海。
荒れることのない静かな海だ。
そして、瀬戸内海には、ご存じのとおり3つの大橋がかかっている。
明石海峡大橋、瀬戸大橋、来島海峡大橋。
これらをくぐる時間が船内に示されており、就寝時間前なら船内放送が入るのだ。
船内のあちらこちらからその放送一つでデッキに吸い寄せられる大人たち。
見上げると巨大な鉄の幾何学模様が頭上をかすめていく、圧倒的なスケール感。
童心に帰ったように放心して眺めた後は、このエンタメに満足して船内に戻る。
軽くおなかが減って、レストランへ向かう。
正直に言えば、そこで何を食べたか、詳細な献立はあまり覚えていない。
どこにでもあるような普通のカレーだった気もする。
だが、決定的なのはそれがプラスチックの容器に入ったお弁当ではなく、
陶器の皿に盛られ、湯気を立てているということだ。
揺れる船内の食堂で、重みのあるスプーンを手に取り、温かい汁物を口に運ぶ。
駅弁も旅の情緒ではあるが、
テーブルに腰を据えて温かいものをいただく安心感は、ここが『宿』であることを改めて教えてくれるのだ
お腹を満たした後は、もう一つの楽しみである「展望大浴場』へ向かう。
日本の船には、これがある。
シャワーでは得られない悦楽だ。
風に吹かれて少し冷えた体を大浴場で温めれば、心がゆるんで
居合わせた誰かと、会話を交わすことも少なくない。
陸に見える町の明かりが左から右へ流れていくのを見れば、
「ああ、ここは動いている船の中であった」と思い出す。
次の橋をくぐるまで起きてようか、それとも日の出を見るため早起きしようか。
そんなことを逡巡しながら、眠りにつき、起きたらもう九州は目の前である。
「起きたら着いている」のではない。
「旅を楽しんでいたら、ついでに目的地に運ばれていた」のだという、
贅沢な「おまけ」としての移動。
入港して船が止まるのを感じ、下船が近づいているのをさみしく思う。
大丈夫、帰りにまた、乗れるよ。
さて、九州での諸用を済ませて、帰りである。
コンビニで買ったワンカップの芋焼酎と甘目のさつまあげ。
待ちきれずに、出港したばかりの甲板で、一人いっぱいやる。
新幹線の座席でこれをやると、どうしても、仕事帰りのおじさんの雰囲気から逃れられない。
しかしフェリーの甲板となると話は別。
この場所には、独特の「何をしても許される、静かな解放区」のような雰囲気がある。
寛容で自由。
そして夜の甲板は暗闇と波音のおかげで、他人との境界線が曖昧になる。
隣で同じように海を眺めている見知らぬ誰かも、それぞれの人生に、句読点を打っている。
お互い干渉しないけれど、どこか連帯感がある「心地よい孤独」。
帰りの便では、名残惜しさを肴に、こんな過ごし方がおすすめだ。
さて、フェリー旅で得られる魅力、少しでも共感いただけただろうか。
―高い。遅い。でも、最高。
確かに新幹線より、高い。時間も、かかる。
だが、そこには「一晩の宿泊」と「大浴場」、「海と空と橋というエンタメ」
そして何より「誰にも邪魔されない自分だけの居場所」が含まれている。
そう考えれば、フェリーを選択することは不合理ではなく、
贅沢、いやむしろフェリーを選択した者だけの「特権」と言えるのではないか。
フェリーでの移動は、「削るべきコスト」ではない。
それは「味わうべきコンテンツ」なのだ。
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