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歴史のポータルへ、ようこそ


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:那須健史(ライティング・ゼミ5月開講4か月コース)

 

皇居東御苑は、歴史のポータルだ。

大げさに聞こえるかもしれない。東京のど真ん中にある、あの皇居の一角。観光客がカメラを構え、ランナーが外周を反時計回りで駆け抜けていく、よく知られたあの場所。

私にとってここは、歩くだけで何百年もの時間を行き来できる、文字通りの歴史のポータルと呼べる場所だ。

 

大手門から入場するのが一般的だが、私はいつも裏側の北桔橋門から入る。観光ガイドにはあまり載らないこのルートが、私の散歩コースだ。竹橋の駅から歩いて数分、門の前に立つ。手荷物検査を受けて門をくぐると、都会の喧騒がすっと遠ざかる。空気が変わる。音が変わる。丸の内のビル群が鬱蒼とした木々の奥に見え、気分はニューヨークのセントラルパークにいるような気になる。数歩しか歩いていないのに、まるで別の場所に来たような感覚になる。ここから先は、別の時間が流れている。

 

最初に目に入るのは、江戸城本丸跡の石積みだ。

巨大な石が、寸分の隙もなく積み上げられている。四百年以上前、この場所に江戸城の本丸があった。今は建物の一切が失われ、石積みだけが残っている。だがその石の一つひとつが、途方もない時間と人の手を記憶している。全国の大名たちが競って巨石を運び、切り出し、積み上げた。何千人もの人間がこの石に触れ、汗を流した。四百年以上前の人たちが、確かにここにいた証拠が、目の前にある。天守台に上がれば、かつて将軍が見下ろしたであろう景色の跡地が広がっている。もちろん今そこにあるのは静かな芝生の広場だ。

 

私は本丸跡の石積みを背にして、二の丸へと足早に歩を進める。二の丸にあるお気に入りの場所に向かうために。

景色が一変する。整然とした史跡の空気から、一歩ごとに緑が濃くなっていく。道は木々のあいだを縫うように続き、手入れされた庭園を抜けると、その先に二の丸雑木林が現れる。

この雑木林は、自然にできたものではない。昭和天皇が、関東の雑木林を皇居の中に保存するために植樹を命じたものだ。高度経済成長期、都市化の波が関東平野を覆い尽くし、かつてどこにでもあった武蔵野の雑木林が次々と姿を消していった。昭和天皇はこの皇居の一角に、失われていく風景を残そうとした。コナラ、クヌギ、エゴノキ。武蔵野の台地に古くから自生していた樹種が丹念に選ばれ植えられたものだ。つまりこの雑木林そのものが、一人の人間の強い意志と、一つの時代の切実な危機感から生まれた「作品」なのだ。

江戸城の石積みは、権力が途方もない労力をかけて築いた遺構だ。この雑木林は、自然を未来に残そうとした意志が植えた遺産だ。同じ敷地の中に、まったく異なる時代の、まったく異なる「人の営み」が隣り合っている。そのことに気づいた瞬間、この場所の見え方が変わった。

 

そして今、その雑木林の中に、私が立っている。

アザミが足元に咲いている。名前を知らない小さな草花が、道の脇にひっそりと揺れている。誰に見せるでもなく、ただそこに咲いている。少し歩くと、水辺にカキツバタが紫の色を静かに映している。頭上では鳥がさえずり、木漏れ日が地面にまだらな模様を描いている。風が吹くと、若葉がさらさらと音を立て、その音に誘われるように、また別の鳥が鳴く。都心にいることが嘘のような静けさだ。

ここが東京であることを、一瞬、忘れる。

ただそこに佇むだけで満たされる。この一瞬にただ存在していることを感じる、とても心地の良い場所。

江戸城があった場所に、昭和天皇が雑木林を植え、令和の今、私がその木陰であざみを見ている。四百年の時間が、この数百メートルの散歩道に折り重なっている。石積みの江戸、植樹の昭和、草花の令和。それぞれの歴史の中に、それぞれの人の営みがあり、それが層のように積み重なって、今この瞬間の風景を作り上げている。

 

私は立ち止まり、目をつぶる。

鳥の声が聞こえる。風が木の葉を揺らす音がする。どこかで水の流れる音がかすかに届く。その心地よさに身を委ねながら、まぶたの裏に歴史の厚みを想像する。この足の下に、石を積んだ人たちがいた。この木を植えた天皇がいた。そして今、ここに私がいる。それぞれの時代を生きた人たちの営みが、地層のように重なり、この一本の木、この一輪の花、この一羽の鳥の声を支えている。

 

皇居東御苑は、歴史の営みと接続するポータルだ。

特別な知識はいらない。ただ歩けばいい。裏口から入って、石積みを眺め、雑木林に足を踏み入れ、草花を見つけ、鳥の声に耳を澄ませればいい。そして気に入った場所でそっと目をつぶってみる。

そこに、悠久の歴史が静かに息づいている。

 

(終わり)

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