メディアグランプリ

クレームを言うことは修行である


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:maruha(2026年5月開講 新・ライターズ俱楽部)

 

 

親譲りのヘラヘラ癖で子供の時から損ばかりしている。

 

私は昔から、誰かにイヤな事をされた時、「まあ、腹が立つけど文句を言ってトラブルになるよりガマンした方がましだ」と考えてきた。

 

そう考えるようになったきっかけは、両親にあるのではないかと思っている。

 

私の両親はふたりとも、家族には理不尽なくらい強気なくせに、他人が相手だと「どうもどうも」とヘラヘラして、あまり主張しないタイプだ。

 

小学生の頃、こんなことがあった。

 

父親と小さな中華料理店へ行った時の話。

そこで唐揚げを頼んだら、鶏肉と一緒に黒い虫がカラッと揚がって出てきた。

 

「わっ! 虫だ」と驚いて戸惑っていたら、父は店の人を呼んだまではいいが、なぜかヘラヘラしながら「これ~ちょっと……アレ~なんで~でへへ」と言うばかり。店の人はしばらくハテナ顔だったが、虫に気づくと「すみません! すぐに作り直します!」と皿をひっこめた。

 

私は「さっきの虫を揚げた油はちゃんと変えたんだろうか」とか「こういうのって、お代は結構ですとかなるんだろうか」「正直、もうここで食べたくないんだけど……」といろんなことを考えていた。しかし父はいたって普通の顔をして何も触れず、「お待たせ~」と出てきた虫の無い唐揚げを普通に食べ、普通にお金を払って出てきた。

 

私は子供だったので「そういうものかな」と学習してしまったのかもしれない。

 

このエピソードは、取りようによっては「お店と他の客に配慮したいい人」の様に見えるかもしれない。でもそうではない。明らかにこちらを軽んじていたり、悪意があると思われる相手に対しても、父はまったく同じ態度なのだ。

 

父は以前、田舎に小さいセカンドハウスを買ったことがある。その家のリフォームを地元業者に依頼したのだが、誰が見ても見事にぼったくられていた。

 

私の弟は最初から心配して「絶対に一人で決めないで。ちゃんと相見積もりとるから相談してよ」としつこく釘を刺しておいたにもかかわらず、父はパーっと全部決めてしまい、「高額な金を支払って、なんじゃこりゃあ」な仕上がりになっていた。

 

誰が見ても「怒っていいんじゃない?」と思うような、ずさんな状態で完成したと言われたが、それでもクレームを言わない。「これでいいんだわ」と家族には不機嫌な態度。それどころかぼったくった業者を持ち上げる始末だった。

 

母も似たようなタイプで、ふたりとも「クレームを言ったり、正当性を訴えたりするやり取りがとても苦手だったのでは」と今は思う。

 

他人からの理不尽には「へへへ」で済ます両親も、私や弟に対しては勝手な持論を押し付けることが多く、理不尽な態度と発言のオンパレードだった。そんな理不尽に反抗すると、もっとひどくなる。だから「ガマンした方がマシ」という信念はどんどん強くなっていった。

 

成人する頃には「どんな理不尽もガマンするマン」が完成し、良いのか悪いのか、就職氷河期を生き抜くには割と都合のいいスペックになっていた。

 

不思議なもので、「どんな理不尽もガマンするマン」には「理不尽を与えるマン」が次から次へと寄ってくる。

 

私は20代で一度結婚したが、その相手は「教科書に載せたいくらいのモラハラ」だった。当時はモラハラなんて言葉もなく「なんかすごい無茶苦茶を言う人だけど、反論しても余計面倒だからガマンしとこ」と、親譲りの「でへへ」でやり過ごしてしまった。

 

しかし、ガマンは続かないもの。数年で離婚し、実家に出戻ることになった。住まいを提供してくれるのはとてもありがたかったが、両親も「元祖・理不尽」なので、昔から馴染みの理不尽に戻っただけであった。

 

離婚後ついた仕事はハードワークで、夜遅くまで働いたあと、スキルアップの勉強もあり、日常的に睡眠不足だった。

 

ところが父は、自分が信じている宗教活動を他の家族がやらないことに憤っていたので、嫌がらせのように早朝大声で祝詞を張り上げる。耳栓をしたり、ドアの隙間をふさいだりといろんな対策をしてみたが、小さい家の中で大声を出されたら、防ぎようがない。

 

なのに顔を合わせると「早く寝ろ」「ちゃんとやっとるのか」などと文句を言う。

睡眠不足を加速させてるのも父、指摘してくるのも父という理不尽だ。

 

もし仮に、「うるさくて眠れないから早朝はやめて」とお願いすれば、おそらく「宗教をやらないことを責める」という理不尽にすり替わって返ってくるだろうと考え、ガマンし続けた。

 

この時期に感情を抑えこみ、ため込んだことで、後に「修行」としか思えないようなことが起こるとは、この時はまだ知る由もなかった。

 

実家を出ればすべて解決すると考えていた私は、早々に引っ越しをした。そして2度目の結婚もし、賃貸住宅とマンション、戸建てと住み継いだのだが、ほぼすべての住まいで「騒音問題」が発生した。

 

騒音に悩まされるたび、抑圧してきたガマンがPTSDのように刺激され、半端ない怒りと無力感が湧いてくる。あらゆる対策もむなしく、騒音から逃げるように引っ越ししても、引っ越し先でまた別の騒音問題が起きる。逃げても同じ問題が立ちはだかるのだ。

 

これは……まるで修行だ。

「クレームという形で自分の要望を相手に伝える」という最も苦手なことを、克服するまで続く、修行のようだった。

 

つい最近も騒音の悩みが発生した。

 

今は何軒も隣り合って建つ、戸建ての建売住宅に住んでいるのだが、うちの寝室側に面した隣の家から、ドンドン!とずっと音がするのだ。不規則で、窓を閉め切っていても太鼓が響き合うように振動が伝わってくる。鳴り出すとずーっと続いて、夕方~夜23時以降、遅いと深夜0時過ぎてもドンドンと響く。

 

窓を開けて確認したら、お隣の家の中が少し見えた。室内でバスケットボール(ちゃんとしたやつ)をやっている子供(小学生くらい)がいる。しかも動きを見ていると、うちの家側の壁にバスケットゴールでもあるのか、ドリブルして壁に思いきり当てているのだ。

 

昼間ならいいというわけでもない。在宅で頭を使う仕事をしていても、記事を書いていても、本を読んでいても、不規則なドンドンという振動が家中に響く。それが夜遅くにまで続けば睡眠妨害にもなる。

 

「深夜0時過ぎに小学生が家の中でバスケってウソでしょ⁈」とイライラもMAX。交感神経が高ぶって全然眠れない。

 

毎日必ずというわけではなかったので、シャッターを閉めたり、ホワイトノイズを流したりと騒音対策を試しながら、しばらくはガマンした。お隣さんだし、トラブルになりたくないという気持ちが強かった。

 

そのままガマンしようとしたけど、更年期真っ最中の私には、もう昔みたいにヘラヘラと受け流すことができなかった。そしてある日、またドンドンという音が響く中、ガマンしすぎたのか、お腹の調子まで悪くなってきた……。体調不良で横になりながら、イライラをなだめていた時、ふと気がついた。

 

「私の中に、”うるさい! 許せない! ”と言っている人格がいるのに、それに対して、”ガマンしろ! ”と押さえて付けている人格がいるな」と。

 

私の本心は、まぎれもなく「もうガマンしたくない」のに、ずっと理不尽にガマンさせているのも私自身だ。

 

”ガマンさせる私”の言い分はこうだ。「トラブルになったり、反感を買ったら怖い。そんな不幸から自分を守りたい」

 

それもわかる。それもわかるけど、お腹が痛くなるほどガマンする必要はないんじゃないか? 今こそ、私が親から学べなかった社会性や交渉を、頑張るしかないんじゃないか?

 

私は、PCを立ち上げてAIを開き、尋ねた。

「こういう状況なんだけど、お隣さんに苦情を言うのはおかしくない?」

 

AI:「全然おかしくないですよ」

 

AIは質問者をかばいがちという点も加味しながら、対話を続けた。

 

「匿名で”夜間は騒音が出る行為をご遠慮ください”という内容の文書をポストに投函するのってアリ?」

 

実のところ、隣家の奥さんがあまり挨拶してくれない人で、関係は良くなかった。面と向かって話が通じるタイプかどうか不安で、書面で伝えることにした。

 

AIに「角の立たない、管理会社のようなビジネス的文面」を考えてもらい、手直しして印刷しようとした。

 

「突然のお手紙で失礼いたします」から始まり、音が響いて困っているという旨を書き、「特に夜間には、大きな音が出る行為をご遠慮いただけますと幸いです。誠に勝手なお願いではございますが、ご配慮のほどよろしくお願い申し上げます」と締めた。

 

「じゃあプリントアウトしよう」と印刷ボタンを押すと「ピーピー」と紙切れの警告音。用紙を探してセットし、押し直すと、今度は「ピーピー」とインク切れ。

 

「プリントするのめっちゃ嫌がっとるやん……」

 

心の抵抗が、いろんな邪魔をしてくるように感じた。夜遅かったにもかかわらず、予備インクを探し、プリンターの説明書を探し(これが時間かかった)、やっとインク交換をして、印刷できた。

 

それでも「本当にこの行動は正しいのか?」という疑いが湧いてくる。「自分の要望を伝える」ことにあまりにも慣れてないから、まったく自信が持てない。

 

翌日、隣の子供が学校に行っている間はもちろん、あの音はしない。思わず「もう出さなくてもいいんじゃないか」という気になる。「出すの怖い……やめたい……」という気持ちと、「騒音にイライラして眠れなくなるのはイヤだ」という気持ちのせめぎ合いだった。

 

その日の夕方、またドンドンという音が始まった。そのタイミングで腹が決まり、印刷した文書をポストに入れに行った。「この行動をしてみたことで、どうなるかはわからない。だから、どんな感覚になるかを観察しよう」という気持ちだった。

 

翌日の夜は静かだった。

 

「気を悪くしたかな」

そんな罪悪感も少し湧いた。モヤモヤがスッキリとはいかなかったが、お腹の調子はよくなっていた。

 

そうだ。もう、寝付こうとした時に「音が鳴り出したらどうしよう」と不安にならなくていいのだ。だからこれでよかったのだ。私は、自分だけがガマンして関係を維持する方法をやめて、お互いのストレスを減らしていく道を模索してもいい。

 

自分のことしか考えずにクレームを言うのは違うと思っている。でも、自分だけがガマンするのもまた違う。どうしてもガマンできないことがあったら、「冷静に事実を伝えて交渉すること」が大事なのだ。

 

できればクレームなんて言いたくないし、言われたくない。だから、言われた側の身にもなって言動を選びたい。「騒音クレームBBA」にならないように……と、肝に銘じたい。

 

この年になって、今まで避けてきたことが、課題となってまとめて押し寄せてきている感じもある。そのたびに頭を抱えるが、一つひとつクリアしていくしかない。

 

ヘラヘラとやり過ごすことは、私の親にとっては「他者とぶつからないための成功体験」だったのだろう。幸か不幸か、親はそのまま人生を全うしていきそうだ。

 

私は、自分だけがガマンして「許せないことを、無いことにして生きる人生」から卒業したいと思う。

 

これは「上手にクレームを言う修行」なのだけど、

同時に「自分を大切にするという修行」でもあるのだ。

 

<終わり>

 

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