ネギ山のてっぺんで、世間体と欲望を秤にかける《週刊READING LIFE テーマ「どうしても許せないこと」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まるこめ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「はぁ……お腹いっぱいや」
福岡のソウルフードのひとつでもある「うどん」は、ラーメンの硬さに反して柔らかい。
その「コシのない」うどんの代表格である「牧のうどん」を後にした私の胃袋は、確かに満たされていた。それなのに、私の表情はどこか物足りなさを感じていた。
(くそ……まただ。また、やっちまったわ)
牧のうどんの各テーブルには、どんぶりにこんもりと盛られたネギが置いてある。
このご時世にも関わらず、運ばれてきたうどんに好きなだけ、自分でネギを乗せることができるのだ。しかも、無料で。
そんな、ネギ好きにはたまらない「ありがたい」サービスに、どういうわけか私は毎度頭を悩ませている。
ネギは大好きだ。できることなら山盛りで食べたい。
うどんを食べるのか、ネギを食べるのかと言われるくらいにはネギを盛りたい。
それなのに、それなのに……
大好きなうどんと、ネギを目の前にすると、身体が思うように動かなくなってしまう。
小さなトングでしっかりと、2つかみ。
本当は、あと3つかみはいきたい。いや、ウソだ。正直いうと、白いうどんが見えなくなるまでネギを入れたい。トングでネギをつかんで、うどんの上に乗せるだけ。こんな簡単なことを、あと3回するだけなのに……私の身体は動いてはくれない。すでに2回やっていることなのに、3回目が動かない。
(あぁ、まただ。もう、これ以上は……やめておこう)
悔しい、本当に悔しい。
ひとりで外食するのは好きだ。ラーメン屋だって入れるし、おじさんに混じってひとり定食屋で大盛りご飯を食べることもある。牛丼も、お手のものだ。「おひとりさま」になんの抵抗もないはずなのに……「牧のうどんのネギ」だけは、どうしても無理なのだ。
「うわぁ、あの人ばりネギ入れるやん」
と、店内を歩き回る店員さんに見られたらと思うと怖くて仕方ない。
「ホラ、例のネギ女がきたわよ」
なんて認知されたらと思うと、恐ろしくてたまらない。店の敷居を跨ぐのですら、躊躇ってしまうかもしれない。
ただ、回転の早いうどん屋で、毎日通い詰めているわけではないし、そもそも忙しく働いている店員さんはもちろん、油断すると出汁を吸って増える麺と格闘する他の客が、私の入れるネギの量を見ていないことは、日の目を見るよりも明らかだ。それに、周りを見渡せばどんぶりの上にネギ山を作る猛者もいれば、うどんが減ってきた頃に追いネギをするレジェンドだっている。私の「あと3つかみ」なんて、正直可愛いもんだ。誰も、きっと気にも留めていない、そんなことはわかっている。それなのに、いざネギを目の前にすると
「え? 今日はネギ山作っちゃう感じ?」
「いい歳した大人の女性がそれで良いのか?」
「無料だからって、調子に乗っていいの?」
どこからか、脳内でガヤが騒ぎ出すのだ。
いつからだろう、うどんを食べる時すら自由を感じられなくなったのは。
年を重ねていく上で、キャリアを積み上げていく上で……空気を読めるように、うまく立ち回れるように、人生のサバイバルで生存するために、私は随分と臆病になってしまった。もちろん、その臆病さに助けられてきた場面もたくさんあった。けれども、それ以上に私を守ってきてくれたはずの「臆病さ」は「私らしさ」を覆い隠す繭のように、大きくまとわりついて離れなくなってしまった。
あれがしたい、これがしたいで選んでいたはずの選択が、いつしか「嫌われたくない」や「空気を読むためには」という選択を取ることが当たり前になっていた。そうして殻に閉じこもった私は周りが見えなくなって、とうとう「まだ起きてもいない未来」にすら怯えるようになってしまった。
まだ、誰にも何も言われてないのに
勝手に想像して
勝手に傷ついて
ますます殻に閉じこもる。ここまでくれば、もはや特技と言っても良いだろう。できることなら、良い方に活かせていたら、いいな。
いっそ、ネギが有料なら注文しやすいのにと思うこともあった。だけど、それではあのネギ盛りは堪能できない。どんぶりに入った、無料のネギだから感動できる。それなのに、私の目の前に来るネギたちは、まるで私を試しているようだ。店に足を踏み入れる度に、私のしょうもない世間体と、ネギを入れたい欲とを戦わせては世間体に押し潰される私を見て、俺らは食べられなかったとほくそ笑んでいる。
私は、牧のうどんで満足にネギを入れることができない自分が心底許せない。
「今」この瞬間を楽しめていない自分が、大嫌いだ。
ネギを盛る量は、幸福のバロメーターのようなものだ。
自分が幸せかどうかは、他の誰でもない、自分が決めるものだ。
私は、その幸せを決める権利を知らず知らずに他人や周りに委ねてきてしまっていた。たかが、うどんにネギを好きなだけ盛り付ける……たったそれだけの小さな幸せですら、噛み締めることができないままに、うどんを喉の奥へと流し込んでいた。さらに厄介なのは、長い年月を重ねて周りの目を気にしてきた結果、いつしか「私は本当はどうしたいか」がわからなくなっていた。
うどんのネギなんて、きっと周りからしてみればなんの変哲もないネギなのだろう。
牧のうどんのネギ、無料で食べられるんだ、へぇ、くらいのものである。
けれども、私の目の前に置かれているネギの前には「人にどう見られるか」と「自分がどうしたいか」がいつも並べて置かれている。そして、その狭間で私は毎回ぐらぐらと揺られてしまうのだ。
たかがネギ。されど、ネギ。
人生って、案外こういう小さな遠慮の積み重ねで少しずつ、自分自身を疲れさせてしまうものかもしれない。見た目には、少々インパクトが強いけれど、いっそ富士山を彷彿させるくらいにネギを盛れるようなオトナになれた方が、きっと今の何倍も「自分」を生きている実感がするんだろうな、と思う。急には変われないかもしれないけれど……せめてうどんを食べる時くらいは、自分の「幸せ」を自分で決められるような人間になっていたい。
これからも、牧のうどんへ行っては何度でも、頭を悩ませることだろう。
店員さんが横を通るたびに、ネギのトングへ向かうはずだった手を止めてしまうことだってあるかもしれない。そもそも、ネギがどんぶりに入ってなかったとしても「ネギ、いただいてもよろしいですか?」なんて、恐れ多くて声に出せないかもしれない。
それでも、私は牧のうどんへ通うのをやめようとは思わない。
今までよりも「ひとつかみ」いつもより多くのネギを入れることができたなら、きっとかけがえのない「ひとつかみの幸せ」を、お腹と心いっぱいに満たすことができると信じている。私は、その「幸せ」を誰にも邪魔されず、自分の匙加減、いやトング加減でつかみ取りに行きたい。そうして「幸せのネギ」を掴み取ることができたなら、大嫌いな「自分の首を絞めがちな自分自身」を少しだけ、許してあげられそうな気がする。簡単には許してあげられそうにもないけれど、ひとつかみ、一歩一歩を着実に積み上げていきたい。
【終わり】
❏ライタープロフィール
まるこめ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
日常のあれやこれやに思いを馳せながら、ある時はペンを握り、ある時は包丁を握り、ある時はマウスを握る。自動車販売会社に勤める傍ら、9歳差の姉妹を育てる兼業主婦リーマン。今日も夕飯の献立が浮かばない。
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