メディアグランプリ

桜の花が咲く頃に


 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:藤原 宏輝(ライティング・ゼミ 5月コース)

3月もまもなく終わりに近づいた日。

柔らかな春の光が差し始めた午後、彼(御新郎様)が一人、ウェディングサロンのロビーに座っていた。

白いシャツにネイビーのジャケット。きちんと整えた姿だが、その表情はいつもと何だか様子が違っていた。

どこか、沈んでいる……。ように、見えた。

10分ほど遅れて、彼女(御新婦様)が到着した。

ベージュのトレンチコートの襟を少し立て、慌てる様子もなく、いつもの笑顔もなく、言葉もないまま、どこか所在なげに御新郎様の横に座った。

 

この日は、お2人の結婚式の最終確認する……。

はずだった。

 

しかし、雰囲気がいつもと違っていた。

私は担当プランナーとして、お2人を玄関までお出迎えに行き、いつもと違う空気を感じたのだ。

“違和感”とでも言うか?

 

「お2人とも、おそろいですね。本日はありがとうございます」

 

と出来るだけ穏やかに、お声かけしたが

「これは、本当にお祝いすべき結婚なのか? このまま進めてもよいのだろうか?」

と、頭の中でグルグルと考え、自分に問いかけた。

そのまま私は、他のお客様のいない窓際のサロンにお2人をご案内した。

 

外は薄曇りの空だが、木々に膨らむ桜のつぼみ。春はもう、すぐそこまで来ていた。

 

「あの……。実は、まだ夫と離婚できていないの」

席につくとすぐ、御新婦様が切り出した。

 

彼は事実を全て知っているかのように、黙ってうついむいたままだった。

 

「2人の記念日にプロポーズをしてくれた時は、嬉しくて素直に、好き! という気持ちだけで答えたの。でも本当は……、まだ何の話し合いも進んでないの。ずっと中途半端なままでごめんなさい」

と、彼女は悲しそうに、涙をポロポロ流し泣き出した。

 

その言葉を聞いた瞬間、私はゆっくりと目を閉じた。

ウエディングプランナーという仕事をしていると、ときどきこうしたドラマの世界のような“真実”という‘現実’に出くわすのだ。

 

結婚式は、御新郎様と御新婦様の幸せの象徴であり、ここはお2人の‘新しい家族’をスタートさせる大事な場所であると同時に、現実と向き合う場所でもあるのだ。

 

どのくらいの沈黙が続いただろう。

「私からひとことよろしいでしょうか?」

と勇気を出して、ここでお伝えしなくては。と思い、前置きをして

「お2人のご関係を、これまで半年以上の間見守らせていただいて、ずっと思っていたことがあります」

と言うと、お2人が顔を上げた。

「それは、“結婚式は通過点ではなく、心が揃ったときにこそ意味を持つ”ということです」

と続けた。彼女の肩が、小さく揺れた。

 

「もちろん、私はお2人の幸せを心から願っておりますし、結婚式を成功させることが仕事です。でも、形だけが整っていても、お2人の心がすれ違ったままだと、その先の時間はもっと苦しくなると思います。

今ここで、無理に前に進むより、まずは“心の足並み”が本当に揃っているかを見直すことが、きっと未来の幸せに繋がると思うんです」

と伝えた。

すると彼女が、

「でも、式をキャンセルしたら……」

と声を震わせながら、小さな声で言った。

 

「いえ、“中止”とは言いません。ただ、“一度立ち止まってみる”ということです」

私はゆっくりと、もちろんお2人を責めることも、急かすこともなく、出来るだけ優しい口調で話した。

 

「結婚式は、いつでもできます。季節が変わっていっても、桜の花は来年もまた咲きます。

でも、お2人の心が傷ついたままでは、どんなに華やかな結婚式も、痛みを隠すものになってしまいます」

 

彼がゆっくりと、彼女の方を向いて目が合った。

何かを言いたそうな表情だったが、彼は何も言わなかった。

それが、答えだったのかもしれない。

 

「……あと少し、時間をください」

そう言うと、ようやく彼女の肩から力が抜けた。

 

私は深くうなずき、

「わかりました。お2人の未来を、私はどんな形であっても、心から応援します」

と言葉を添えた。どんな‘現実’が目の前にあっても、お2人を応援したい! という気持ちはもちろん変わらない。

サロンを出ていくお2人の背中は、少し重かったが、どこか穏やかでもあった。

この関係がどこまで、どう続くか? は、私にはわからない。

けれど確かなのは、今日の打ち合わせで、お2人が無理に笑顔で式の準備を続けることが、“本当の幸せ”にはつながらなかったということだ。

 

結局、結婚式はいったん延期という事でゲストに連絡をして頂き、いったんはおさめた。

ただ、好き! 一緒にいたい! という感情だけに突っ走る事なく、本気でじっくりとお2人が向き合う事、本音でぶつかる。それが、きっと穏やかで幸せな日が訪れる事に繋がるはずだ! と思った。

その時に、お2人ご一緒であっても、それぞれの人生であっても……。

私は、お2人の結論を静かに見守り、待つことにした。

 

 

≪終わり≫

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