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大嫌いな自転車に乗って、夜空に跳んだわたし《週刊READING LIFE Vol.359「あのとき、別の選択をしていたら」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:藤原 宏輝(READING LIFE編LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「誰か、早く! すぐに救急車呼んで」

遠くでそんな声が聞こえる。私は救急車に乗せられ、ぼんやりと天井を見ていた。

あのとき、別の選択をしていたら……。

 

あ、跳ねられた。

そう思ったが、すでに不思議と痛みも恐怖もなかった。

ただ、夜空がぐるりと回転し、街灯の光が滲んだ。

気づけば、街の真ん中に人だかりができていた。

「大丈夫ですか?!」

知らない誰かが叫ぶ。誰かが私の肩に上着を掛けてくれて、誰かが救急車を呼び、誰かが「意識あります!」と必死に話しているようだ。

私は担架に乗せられ、妙に寝心地の悪いクッションの上でガタガタと揺られながら、何が自分に起こったのかがだんだん分かってきて、ぼんやりと天井を見ていた。

 

その時、最初に浮かんだのは、痛みでも恐怖でもなくて、

「来週の東京出張、やめようかな」だった。

 

お客様との打ち合わせや結婚式場の内見、各会場への挨拶回り。絶対に外せない仕事ばかりだ。

でも、私を悩ませていたのは別のことだった。

それは知人から、何度も強烈に勧められていた方とのアポだった。

「その方、本当にすごいんです。絶対に一度は社長もきちんとお会いして、色々相談した方がいいですよ」

そう言われ続けていた。しかし私は、心のどこかでその方にお会いすることに抵抗があり、ずっと断り続けていたのだった。

初めてその方のことを聞いてから、アポを入れた今に至るまで、気づけば7年が経っていた。

これまでにも、いろんな方達に会ってきた。

出会いがあれば別れもあるし、仕事に繋がることもあれば、初めてお会いした時から意気ト合して、プライベートで仲良くなる事もある。嫌な思いをしたこともあった。そんな出会いが数え切れないほど、繰り返されてきた。

でも、その方に会うことだけは、これまで避けてきたのだ。

紹介してくれた知人から聞くところによると「会社をいくつか経営していて、その中でも特別なのがコンサル業」ということらしく、起業して10年を過ぎた頃から社内で様々な問題があり、ずっと悩んでいた私を心配してくれたことがきっかけだった。

それでも私は「もう、今さらいい。なんとかするから」と、実に7年もの間、断り続けていたのだ。

その間に解決した問題や、新たに勃発した問題、様々なことがあった。

しかし起業し、まもなく20年。会社も私自身もたいして成長することもなく、悩みは尽きないままだった。

交通事故に遭ったその当時の私は、会社の問題をいつも1人で抱え込み「私がいなければ現場は回らない」と本気で思っていた。

いつも、忙しい。余裕がない。人に任せられない。スタッフを育てるより、自分で動いた方が早い。

いつの間にか、私はそんな生き方になっていた。

 

だから、救急車の中で思ったのだ。

「タクシーに跳ねられたんだから、今回はやめてもいいんじゃないかな。また自分で頑張ればいいし、なんとか今日まで頑張ってきてるし。誰かに何かを今さら言われても」

病院に着くと深夜3時を回った頃まで、夜中じゅうあちこち色んな検査を受けたが、幸い怪我は強打の全身打撲と肋骨のヒビで済んだ。

翌日、タクシーで帰宅した私は、身体中の激しい打ち身に苦しみながら、自宅のベッドの上でぼーっと天井を見つめていた。

少し起き上がり、立ち上がるだけで目眩がした。

身体中が痛いし、情けなくて心も重い。

「このまま会社を休んでいるのもスタッフにもお客様にも申し訳ないし、何よりこの身体で出張には行けない。ではなくて、本音は行きたくない」

そんな気持ちが何度も頭を過り、本音を言えばその方にお会いして、「会社経営のアドバイスとはいえ、何を言われるのだろう?」と不安で、アポを取って会いに行く、と決めたはずなのに、その方にお会いするのが怖かった。

そうしてグルグル考えていると、そのたびに、もう一人の自分が静かに囁く。

「今、ここで何かを変えなきゃ。今回の東京出張に出かけて、その方にお会いしなかったら、私はこの先もずーっと変われないかもしれない」

なぜか、その感覚だけは消えなかった。

 

そして、翌週。

私は肋骨のヒビを庇い、捻挫した脚を少し引きずりながら、新幹線に乗った。

あの時、別の選択をしていたら。

私は、その人。三浦先生に出会っていなかった。

正確には、それまでにも何度か大勢の中ではお会いしたことはあったが、この三浦先生というのは、私の人生を大きく変えて下さった「3人の三浦先生」のうちのお1人だ。

余談だが、あと2人の三浦先生のうち1人は、お客様の人生を変えるという「天狼院書店のライティング・ゼミ」で初めて画面越しにお会いした三浦先生。もう1人は、私のゴルフのレッスンの三浦先生。この3人の三浦先生には、東北のご出身、髪型、そして私の人生を大きく変えて下さった、という奇妙な共通点がある。

 

話を戻すが、あの日の三浦先生は違った。

穏やかで優しい口調なのに、真正面から私の心に殴りかかってきた。

「あなたは、スタッフさんたちを信じてないでしょう」

一瞬、息が止まった。

「そんなことありません」

反射的に答えた。心の中では「何、いきなり言ってるの、この人。何も知らないくせに」と反感を持ち、「やっぱ、会いに来るんじゃなかった」と思った。

すると、三浦先生は静かに言った。

「私がいなければ回らない、って思ってませんか? 違いますか?」

私は何も言えなかった。まさに図星だった。でも、悔しかった。

起業してからずっと、こんなに仕事を頑張って会社を守り、現場を守り、お客様とスタッフを守っているのに、なぜこの人に責められなければいけないのか。

すると三浦先生は、さらに強い口調で、

「それって、本当に会社のためですか?」と続ける。

私は言葉を失った。

「必要とされることで、自分の価値を保とうとしているだけじゃないですか?」

胸の奥に、何かが突き刺さった。

どんな顔をしてその言葉を受け取っていたのか? 

完全に拒否反応を起こした私は、とっても苦しかった。でも、どこかで分かっていた。私はいつも、ただ“頑張る自分”にしがみついていたのだ。

厳しい言葉の連続で、集中砲火を浴びているような感じ。さらに追い打ちをかけるように、

「あなたは自分を大事にしていないし、自分すら信じていない。人の顔色を窺うことで、相手の成長を妨げている」と言われた。

この時、私の中で何かが動いた。

惨めでツラくて、責められているような悲しくて長い時間が、様々な角度から延々と続いたが、終わる頃にはなぜか、不思議と少しだけ心が軽くなっていくような感覚になっていった。

「会社に戻ったらまず、自分の思いをスタッフにまっすぐに正直に、1人ずつにきちんと言葉にして伝えてみます」

三浦先生と約束をして、東京を後にした。

 

帰る頃には、昼間のお天気とは打って変わって、ものすごい雨が降っていた。今までの重たくてなんとも言えないものが、心の中から洗い流されていくようだった。

新幹線の車窓から、夜の景色とものすごい勢いで流れていく雨粒をぼーっと眺めながら、少しずつ冷静さを取り戻した私は、「どうしてあんなに厳しくはっきりと三浦先生は言えるのだろう?」と考えた。

思えば、あれは愛情だった。本気で人を育てようとする人の厳しさ。それは、他2人の三浦先生も同じだ。

 

会社へ戻った私は、その夜から少しずつやり方を変えることにして行動し始めた。

まず、スタッフ一人ずつと個人面談をし、丁寧に自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちを聞いた。そこで、昇給・昇格の内示を出し、責任あるポジションを任せることにした。

とはいえ、行動しながらも最初は怖かった。

「現場を任せて、失敗されたらどうしよう。お客様に迷惑が掛かったらどうしよう。会場担当者さんとは、うまくやれるだろうか」

早朝の婚礼準備を終えてスタッフと交代し、土曜日の誰もいないオフィスに1人。現場の状況を確認しながら、心配と不安ばかりが襲ってくる日々。

 

でも、彼女たちは変わり始めた。

1人1人が自分で考え、動き、責任を持つようになった。気づけば、私が現場へ行かなくても、結婚式は回るようになっていた。

その頃からだった。私は、結婚式を“仕事”としてだけではなく、“人生”として見るようになったのは。

週末、土曜日の夕方。

現場の披露宴会場を廻り、その日最後のご披露宴の現場に到着すると、ご新婦様が涙ぐみながら私のところへ来た。

「実は私たち、結婚式をキャンセルするつもりだったんです」

その言葉に私は驚いた。

「え、どういうことですか?」

するとご新婦様は、会場を見渡しながら言った。

「お金も掛かるし、準備も大変だし、別に写真だけでもいいかなって思ってたんです」

私はその言葉を聞きながら、結婚式が終わったばかりのご新婦様が何を言おうとしているのか、少し戸惑った。

ここ最近のデータを見ると、結婚にまつわるお祝いの形は多様化していて、結婚式を挙げないカップル、いわゆる「ナシ婚」の割合が増えている。

従来の一般的な結婚式(挙式とご披露宴)を行うカップルは、全体の約40%。

ご披露宴をしないナシ婚が約60%だ。

その中でも、フォト婚(写真だけは撮る)や、ご披露宴はしないけれど挙式のみはするという層が約37%。最近では本当に何もしない(入籍のみなど)も全体の約21%を占める。

どれも一つの選択だ。

 

結婚式に正解なんてない。派手な披露宴が正しいわけでもないし、小さな式が劣っているわけでもない。

まず、お2人がどうしたいか、ご本人たちが選ぶこと。それが何より大切だ。

「あのとき、大金をはたいてでも式を挙げていたら……」

とか、

「あのとき、周りに流されずに写真だけにしておけば……」

どちらの選択を選んだとしても、数年後にふと「別の道」を想像してしまいそうになるものなのかもしれない。

でも私は、それでもなお、結婚式には意味があると思っている。

 

ご新婦様は涙を拭きながら続けた。

「キャンセルするつもりで、結婚式をしないって考えたけど……。今日、こんなにたくさんの方が来てくださって、『私たち幸せになります』って、みんなの前で言えて、本当に良かったって思いました」

私はその言葉を聞きながら、静かに会場を見渡した。笑いながら写真を撮る友人たち。涙ぐむ、お母様。少し照れ臭そうに笑っているご新郎様。

結婚式は、幸せになる保証ではない。

この先、何が起きるかなんて誰にも分からない。もちろん、時間が経過し別れる夫婦もいる。愛で始まった結婚が生活に変わり、いつしか「最初と違う!」とスレ違うこともある。

それでも人は時々、覚悟を言葉にする場所が必要なのだと思う。

「私たち、幸せになります」

その宣言を、大切な人たちの前でする。それが結婚式なのだと思う。

あの日の東京で、私も三浦先生に

「自分の思いをスタッフに言葉にして伝えます」

と約束の宣言をして、本当によかった。言葉にして覚悟を決めたからこそ、私の新しい人生が始まったのだ。

 

もし、あの日。私は東京へ行かなかったら。

今もきっと「私がやった方が早い」と言いながら、全部を一人で抱え込んでいたのかもしれない。自分を信じられずスタッフを信じられず、疲れ切った顔で現場に立ちながら、

「こんなに大変なのに、誰も分かってくれない」

と心のどこかで思っていたのかもしれない。

駅でふとすれ違う、仕事に追われ疲れた顔をした女性を見るたび、時々そんな“もう一人の自分”を想像することがある。

交通事故に遭って、それでも痛い身体を引きずって東京出張に行ってよかった。

 

しかし人生は、時には選ばなかった道を時々美しく見せる。

もし、私が結婚していたら……。子どもを育てた人生、もっと楽に働いた人生。そちらの方が幸せだった瞬間も、きっとあったのだと思う。

でも、どの人生にも、喜びと孤独がある。正解なんて、たぶん最後まで分からない。

 

ご親族やご友人たちが、「おめでとう!」「幸せになってね!」

と声をかけながら、帰っていく。

そんな声が飛び交う中、私は会場後方で静かにその光景を見ていた。

会場内では若いスタッフたちが、笑いながら片付けをしている。

かつて、「私がいなければ回らない」と思っていた現場。今は、もう違う。

 

私は三浦先生にお会いしたあの日、自分の人生を少しだけ手放した。

そしてその代わりに、人を信じることを覚えた。

会場の扉や窓が開くと、春の終わりの少し湿った夜風が流れ込む。

私は小さく息を吐き、空を見上げた。あの夜のように、葉桜が静かに揺れていた。そして、スタッフを会場に残し、ゆっくり歩き出した。

私が選んだ人生、選んだ生き方。

もう一度、結婚式場の灯りを振り返る。これからも誰かの人生の節目を見届けていこう。

人生はいつも、あの日の続きを生きているし、日々の些細な出来事でさえ、人生の大切な分岐点だったりする。

未来という言葉は、何年も先の大きな話だけじゃない。

今夜も未来、明日も未来、来週も、来月も未来。半年後も、1年後も、10年後も、50年後も未来だ。

だからこそ、私は“今”という一瞬を、丁寧に、一生懸命に生きていきたい。

あの日タクシーに跳ねられたからこそ、ライティング・ゼミに出会えたからこそ、私はこうして自分の想いを言葉として残している。

もしも「あの時、違う選択をしていたら」と考え始めた時、

「ああしていれば良かった」とか、「こうしていれば良かった」という後悔だけが頭をぐるぐる回るのなら、苦しくなってしまうかもしれない。

でも、「こうなりたい」とか「こんな未来を生きたい」という前向きな想いなら、私はその方向へ一歩! 踏み出す。

絶対に、過去は変えられない。

でも未来は、自分で設計して、歩いていくことができる。

あの時、東京へ行った私へ。

今なら「よく、やった!」って言えるし、あのタクシーの運転手さんにそっと「ありがとう」と時々伝えたくなる。

 

 

【終わり】

 

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年以上携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。思い立ったら世界中どこまでも行き、知らない事はどんどん知ってみたい。好奇心旺盛で、即行動をする。

何があっても、今を全力で生きる。切り替えが早く、とにかく前向き。

これまでのブライダル業務の経験を活かして、次の世代に、未来に何を繋げていけるのか? 

といつも模索しています。2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

 

 

 

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