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心が更地になってわかった「人生で大事なこと」《週刊READING LIFE Vol.359「あのとき、別の選択をしていたら」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:maruha (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「ダイヤモンドシティにもっと行っておけばよかった……!」

 

これは、50を過ぎた今でも、幾度となく湧く後悔だ。私にとってそれは、瞬間的に全身の細胞が「ほんとそう!」と口をそろえて賛同したと感じるくらいの後悔なのである。

 

ダイヤモンドシティとは、2005年に建物の老朽化を理由に閉店した、名古屋市西区にあったジャスコと専門店街がならぶ大型ショッピングセンターである。

 

私と同世代のアラフィフ・アラフォー世代なら、「若い頃、入り浸った地元のショッピングセンター」があるという人は多いのではないかと思う。

 

私にとってそこは、単なる大きな商業施設ではなかった。

幼少期から、人生の大半の経験がそこにあった。母と行く日常の買い物はもちろんのこと、エレクトーンなどの習い事、映画館、プール、スケートリンク、スポーツジム、病院に美容院。私を形成した要素のあまりにも多くが、あの巨大な建物の中に詰まっていた。

 

家の中に自分の居場所がないと感じるとき、所在なさに胸が苦しくなるとき、私はいつも自転車を走らせてダイヤモンドシティへ向かった。そこは、私にとっての絶対的な「サードプレイス(第三の居場所)」だった。

 

中高生を経て、就職してからももちろんよく行った。社会生活に疲れて何もする気がない時に行きつくのは、吹き抜けのエスカレーターを上がった3階のベンチスペースだった。そこにはエレクトーンが置かれており、1日に何度か、ヤマハ音楽教室の先生がやってきて流行の曲など生演奏をしていた。

 

私は固いベンチに腰を下ろす。そしてスガキヤの安いソフトクリームをべろべろと食べながら、行き来する人たちを眺め、ただボヤーっと演奏を聴く。

 

周りを見渡せば、走り回る子供、私よりもボヤーっとしている老人、たくさんの買い物袋を置いて束の間の休息をとる主婦などが、同じようにそれぞれの居場所を確立しており、妙な一体感を感じていた。

 

「独りで来ても、ここはホームだ」

心からそんな風に感じた。

 

80年代ごろから、人々の買い物は町の商店街からショッピングセンターへと移行し、全盛期を迎えて大変に活気があった。もう一つの実家のような安心感、とでも言えばいいのか。そんな記憶は何年たっても色あせることはない。しかし当時の私は、「いつでも来れる、当たり前にある場所」が、自分という人間の「安心の土台」にまでなっていたとは、思いもしなかった。

 

50才を過ぎた今、後悔とともに思い出す分岐点がある。それは「20代後半でモラハラ気質の彼と結婚し、ダイヤモンドシティのある地元から少し離れて暮らし始めた」頃のことだ。

 

結婚前の私は、就職しては心身の限界を迎えて秒で辞める、という打たれ弱さの限界突破を繰り返していた。就職氷河期もあって社会はキビシイ。折り合いのよくない両親のいる実家も居心地が悪く、かといって一人暮らしをする経済力もない。「一人暮らしに踏み切っても、また仕事が続かなくなったら? 家賃が払えなくなったら? その時点で詰む」という葛藤を、ずっと抱えていた。

 

そんな時に現れた「結婚」という選択肢。当時付き合っていた彼氏の「モラハラ気質」に薄々気づいていながら、「稼ぎが2つあった方が一人で野垂れ死ぬ確率も低い。相手の機嫌を伺いながらでもイージーモードのはず」という前向きな諦めとともに、結婚して実家を出たのだった。

 

今思えば若い自分は、そんな本音にも気がついておらず、ただ「結婚」の文字に浮かれきっていたのかもしれない。しかし、不安を避けるために選んだ「条件付きの道」が、その後の人生の喜びをどれほど摩耗させるかも知らなかった。

 

「LOVE」とデザインされた、前がよく見えないフレームの色眼鏡をかけて突っ走ろうとする、当時27歳の私の襟首を、50を超えた今の私がつかんで前後に激しく揺さぶることができるなら、迷わずこう伝えたい。「毎日カツカツでも大変でも、続く仕事もあるから、好きな街で一人暮らしをしなさい。自分一人でどれくらいやれるか試してみなよ!」と。

 

そんな声が過去の私に届くわけもなく……

結婚生活が始まると、私の日常は急速に色を失っていった。無意識のうちに相手の機嫌を損ねないよう、自分の行動や発言をすべて相手の基準に合わせるようになっていった。新居も相手の実家に近い場所に決まり、土地勘のない不便な生活だったが、「私が努力してうまく立ち回れば、この生活は円満に続くはずだ」と根拠もなく信じていた。

 

しかしモラハラ気質というのは、「自分が正しくてお前はおかしい」という勝手な白黒思考を押し付けてくるものである。私は「一人の時間」が絶対に必要なタイプなのだが(これも後で気がついた)、向こうはお構いなし。社交的な彼は親族や友人と常につるみ、そのにぎやかな関係に付き合うことが当たり前で、断ることもできなかった。

 

明らかにタイプの合わない人たちの高いテンションに合わせて、しんどさを顔に出さないようにしていた。でも、どんなにたくさんの人がいても、私の心は完全に孤立していた。

 

集団の中で感じる孤独の底で、ふと思った。

「ああ、ダイヤモンドシティで独りになりたいなぁ……」と。

 

当時住んでいた所からは、電車を乗り継げばダイヤモンドシティにも行ける距離だった。しかし、将来の不安から徹底的な節約生活をしていた私は、「交通費も時間もかかるから行けない」と却下していた。自分が行きたい場所へ行くことすら、自分に許していなかったのだ。不安を避けるために結婚したはずなのに、「これが幸せのための近道なのだ」という大義名分で自分をキュッと締め付け、気づかぬうちに追い込んでいたのだった。

 

そんなある日の朝だった。

リビングで新聞を開くと、地方の情報欄にある小さな見出しに釘付けになった。

 

『ダイヤモンドシティ、建物の老朽化により閉店。35年の歴史に幕』

 

「エエーッ⁈」

血の気が引くくらいショックを受けている自分に、自分で驚いていた。

 

老朽化により閉鎖を余儀なくされ、取り壊されて更地になる。

跡地利用は未定。昨年一年間の売り上げは約百億円あった……そんな内容の記事だった。

 

「たった35年であんな大きい建物がダメになるの?」

「赤字とか客が来ないとかでもないのに?」

にわかには信じられなかった。

 

引っ越してからあまり行けていなかったけれど、「行こうと思えばいつでも行けるホーム」だと思っていた。その絶対的な場所が、なくなる。

 

あの場所は「地上に存在しているだけで安心できる、安全基地」だったのだと、その時ようやく気がついた。

 

2005年6月、ダイヤモンドシティは閉店した。

『名西SC(ダイヤモンドシティ)が閉店 35年ありがとう』

『5万5000人惜しむ』

当時の新聞記事の切り抜きを、今でも持っている。

 

建物はその後解体されたが、跡地の利用計画がなかなか立たなかったのか、8年もの間、更地の状態が続いた。

 

私はその頃、不毛な結婚生活に終止符を打ち、実家に戻って生活を立て直そうとしていた。心はまだざらついていた。そんなある日、「行っても何もない」とわかっていながら、更地になったダイヤモンドシティの跡地へ足を向けた。

 

そこは住宅地に似つかわしくないほどのだだっ広い更地で、本当に草しか生えていなかった。かつては「私の人生の大半」がここにあり、いつでも「居場所」として開かれていたのに、今は囲われた柵の中に入ることすらできない。

 

広大な更地を前にして、風の音だけが聞こえた。

そしてようやく、当たり前のことを理解した。

 

「地上のものは、いつかすべて更地になる」

 

人生の中で心から本当に好きになれるものなんて、そう多くはない。そして、それが永遠に存在するわけでもないのだ。好きなものや場所があったら大事にしないと。できるだけ味わっておかないと。それが無くなった時の空虚感は、そのまま後悔になってしまう。

 

「努力やガマンで結婚生活を維持すれば不安を回避できて、幸せになるだろう」という考えは、やっぱり間違っていたのだ。そんな苦行をしなくても「ここに来れば、”今”なんとなく幸せ」になれる場所が、その間もずっとあったのに。将来の幸せのために「今感じる安堵と喜び」をずっと蔑ろにしていたのだ、とわかった。

 

現在、跡地には「イオンタウン名西」という小ぶりなイオンが建っている。かつてのダイヤモンドシティの市場のような活気を知っている身としては、型で押したようなイオンになってしまったことに「なんか違うんだよなあ……」とは思いつつ、「マンションや住宅になるよりは、滞在できる店舗になってよかった!」とも思う。

 

今も私は、その場所から少し離れた所に住んでいるが、イオンができてからたびたび電車に乗って行く。「あの時も……別に用事がなくても、買うものがなくても、交通費がかかっても行ったらよかったのに」と思いながら。

 

跡地イオン1階のカフェドクリエ(オシャレだのう……)でお茶を飲みながら、なんとなく残っているダイヤモンドシティの記憶のかけらを味わっている。建物もお店も全然違うのに、場所が同じというだけでなぜか落ち着く。カフェというわりには、店内にはお年寄りも多く、「おそらく地元に長く住む人たちで、みんな昔はダイヤモンドシティに通っていたんだろうな」と思われる。そんな人たちと同じ空間にいるだけで、妙な連帯感を覚える。

 

結果論だけど、結婚していた時についていた仕事は8年続いたから、一人暮らしでも十分やっていけたかもしれない。節約生活は変わらなかったかもしれないけど、自分一人の機嫌をとればよくて、ダイヤモンドシティの近くに住めていたなら、そっちの方がはるかにイージーモードだったのでは。

 

そう考えると「あのとき、別の選択をしていたら」と思わずにはいられない。合わないものに合わせ続ける努力は、結局何にもならなかったから。

 

かつての私は、実体のない不安や自己不信から自分を締め付け、大好きな場所へ行くことすらも自分に許さなかった。過去の選択を変えることはできない。でも過去の痛みがあったからこそ、「今この瞬間の幸福感を選びとる」ことの重要さがわかるようになった。

 

今の私は、大好きな街へ行き、自分の喜びのためにお金と時間を使い、自分の本音に耳を傾けようとしている。

 

さらに現在、わたしが生まれ育ち、両親が住み続けた実家も売却して更地にする計画が進行中だ。「更地」という現象は、自分の心の一部も更地にしていくものだな、と思う。有るものはいずれ無になる。受け入れるしかないことが、人生にはいくつもある。

 

それでも、新しい環境の中で「今感じる安堵や喜びを大事にする」こと。それが生き続けていく上で、とても重要なのではないかと、今の私はそう思っている。

 

《終わり》

 

 

 

 

記事:maruha (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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