人を辞めさせてしまう僕が、山の頂上で2つの景色を見た時
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:奥津光佳(ライティングゼミ・2026年5月開講/通信・4ヶ月コース)
ザッ……、ザッ……、ザッ……。
時間は午前3時。木々のすきまから見える空には、チカチカと星が光っている。私たちは男2人で真っ暗な山道を歩いていた。
どうして深夜の山の中にいるのか。それは私が30を超える年齢になったことと関係してる。
初めて就職した小さな会社に勤め続け、今では中堅と呼ばれるくらいの経歴になった。中堅くらいになると任される役割がある。それは人材育成である。私は育成というものがとんでもなく苦手であった。
「奥津は人をダメにする」社長に何度そう言われたかわからない。後進を育てると言うのは、簡単なことではない。おそらく多くの人がどう育てたらいいのかということで悩んでいるのではないか。
その中でも私が悩んでいることは「甘やかしすぎる」ということであった。良かれと思って、後輩の手伝いをする。できるだけ成功させてあげようとアドバイスをする。
こうすると後輩たちには好かれる……とは言い切れなくても、少なくとも嫌われはしない。いい先輩ぶることはできる。その結果何が起きるのか? 1人では立てなくなるのである。「奥津さんがいないと!」「1人だと不安です」頼られるこっちは気持ちがいい。しかし、冷静に見ると、いつまで立っても独り立ち出来ない。それではいけないと厳しくしてみると「もうついていけない」と去っていく。
振り返ってみると自分の後ろには誰もいない。人が辞めることが続くと育てることが嫌になる。後輩が入ってくるたび、どう距離を取るか考える。何かを教える度に「こうするとまたダメにするんじゃないか?」とビクビクする。
いい先輩を演じたい根底には、後輩に嫌われたくないという下心がある。大変な業務を手伝う、困っていたら気遣う、ことあるごとに助言をする。そうしていたら、ほぼ確実に嫌われはしない。育ちもしないかもしれないが。
そんな自分の悪癖には気づき始めていたが、今までのやり方を簡単には変えられない。なんとなく後輩たちとは距離をとりながら、仲良くなりすぎず、つとめて無害であるようにと気にするようになった。
そんな風に働いていると、この4月に新しい後輩が入ってきた。名前は仮にAくんとしよう。彼は、決して器用なタイプではなかったけど、コツコツと真面目で熱心だった。真面目で熱心であるがゆえに、私にもたくさん質問を投げかけてくれる。普通に考えたら良いことだが、その時の私からしてみるとやりにくい。あんまりアドバイスしすぎてもダメかなぁ……と思いながら話していると、どうにも歯切れが悪い。
モゴモゴしていた私を見かねたのだろ。社長が「おい、奥津、Aを山に連れていってやれよ」と言った。補足だが、この社長は私が新卒で就職した時から、散々育ててもらった恩師であり、私に本格的な登山を仕込んだ人物でもある。
まぁ、社長がそう言うならと思い、私はAくんを山へと誘った。
登った山は長野県の北アルプスと呼ばれる山々の一つである焼岳である。標高は2455mと高く、ゴールデンウィークを過ぎた5月も中頃だと言うのに、頂上付近には冬の間に溜め込んだ雪が積もって氷になっているという山だ。
そんな山をA君と一緒にえっちらおっちらと登っていく。初めは平坦な道で気軽に歩いていけるが、頂上に近づくほどに気温が下がり、残雪に覆われていく。
「全然大丈夫です!」Aくんはそんな風に言ってくれるが、氷に固められている道は、簡単には歩けず、四つ這いになって這いずるように登る。
いきなり大変なところに連れてきちゃったかなぁと内心やや反省しつつ、Aくんを手助けしながら登っていく。滑り落ちそうになる道で、何度も転びながら、2人で登っていく。
はぁはぁと息も絶え絶えになりながらようやく頂上に着いた時、ちょうど朝日が差し込んだ。
「あぁ、本当にきれいだぁ……」と呟くAくんを見て、急にふと昔の自分を思い出す。
自分もこんな瞬間があった。初めて社長が連れていってくれた登山で、最後は立ち上がれずに、手をつきながらヨロヨロと登って、ようやくたどり着いたあの景色。
遠くの、本当に遠くの山々まで見える広大さ、どこまでもどこまで突き抜けるように青い空。ただただ、自然の壮大さに圧倒されてながらポカーンと眺めていた自分を笑いながら見ている社長。
そんな、数年前の景色が鮮明に立ち上がる。
そうか、自分が奪っていたのは「感動」だったのだ。
目の前のAくんと過去の自分が重なる。
山登りと仕事はよく似ている。スタートがあってゴールがある。大きな違いはその過程をとりのぞえてしまえるかどうかだ。
山は頂上というゴールに着くまで、自分で歩き続けなければならない。仕事はいくらでも過程を肩代わりをできる。難しい部分はこちらでやってしまって、簡単な部分を後輩にやってもらったら無事に仕事は終われる。
でも、多分、そこに「感動」はないのだろう。感動は打ち震えるようなものばかりじゃない。あー、やりきったーと言う安堵、やったぜというような小さな達成感、終わらせたという清々しさも感動だ。
感動がなければやりがなんて見出せない。人が自分の前から去っていくのは当たり前だった。
そんなことを先輩が考えているとも知らず、Aくんは目の前の景色を無邪気に味わい続けている。
感動するためには過程が大切だ。自分の足で、震えながら、息を切らしながら登った先に感動がある。
自分の足で登るという過程を奪えはしない。だからこそ、登りきった景色を、たった今隣に並んで眺めている。
後輩と同じ景色を味わいたい。そんな気持ちで明日から自分も隣を歩いてみよう。
≪終わり≫
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