猫島へ向かうフェリーで、私は武将を見つけた
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:雨宮さよ(5/24京都・通信/スピードライティング講座)
登山やトレイルを歩いていると、時々、自分でも驚くほど想像力が暴走することがある。
先日、みちのく潮風トレイルの宮城県石巻周辺ルートを歩いた。目的地は田代島。猫島として知られる小さな島だ。みちのく潮風トレイルという名前を聞くと、単なる観光目的の遊歩道を想像する人もいるかもしれない。
私も最初はそう思っていた。しかし実際は違った。東日本大震災からの復興プロジェクトとして、多くの人の力によって作られ、守られているロングトレイルだ。
そして私にとっては、少し特別な道でもある。私の実家は青森県八戸市にある。みちのく潮風トレイルの北の起点だ。
子どもの頃から見慣れていた蕪島や種差海岸、そしてリアス式海岸の風景。それらが全国から訪れる人たちの憧れの場所になっていることが、少し誇らしく感じられる。しかし、当時のことを思い出すといまだに少し胸がざわざわする。道路まで打ち上げられた漁船や繋がらない電話、そして真っ暗な夜……。
そんなことを考えながら、私は田代島へ向かうフェリー乗り場にいた。
島へ渡るという行為には、どこか非日常感がある。空港とも違う。新幹線とも違う。船に乗るだけなのに、小さな冒険が始まるような気持ちになる。
乗船を待つ人たちを眺めていると、ほとんどの人が釣り竿を持っていた。なるほど。猫島として有名だが、釣り人にも人気なのだろう。みな慣れた様子でクーラーボックスを持ち、手際よく準備をしている。
その中で、一人だけ妙に目を引く男性がいた。体格がいい。全身真っ黒な装いだ。しかも、ただ大きいだけではない。肩幅が広く、立ち姿に妙な迫力がある。右手には長い銛を持っていた。それを見た瞬間だった。なぜだかわからない。なんというか、森を背負っている感じがした。
もちろん、森を背負っている人などいるはずがない。だが、そう見えたのだから仕方がない。私は思わず、その人を観察し始めた。
そして数秒後には、いつもの悪い癖が始まった。この人、何をしている人なんだろう。漁師だろうか。いや、漁師にしては日に焼けていない。猟師かもしれない。
山の中で暮らし、犬を飼い、薪を割り、自分で獲った鹿を食べているのかもしれない。もしかすると普段はほとんど人と話さないのではないか。携帯電話なんて最低限しか使わず、天気や風の匂いで季節を感じるような暮らしをしているのかもしれない。
いや待て。
ひょっとしたら現代人ではなく、戦国時代からタイムスリップしてきた武将かもしれない。そこで自分でも吹き出しそうになった。武将なわけがない。
現代の世界で、猫島へ向かうフェリー乗り場に武将がいる確率は限りなくゼロである。それなのに私の頭の中では、その人はすでに何頭もの鹿を仕留め、山奥で暮らし、時々だけ人里へ下りてくる人物になっていた。
人間の想像力というのは本当に自由だ。
フェリーが到着し、人々が乗り込む。その男性も乗り込む。私は少し離れた場所から海を眺めながら、まだ勝手な想像を続けていた。
自然を相手に生きる人は、どうしてあんなに魅力的に見えるのだろう。海や山は、人間の都合など考えてくれない。
天候ひとつで予定は変わるし、時には危険とも向き合わなければならない。そんな世界で生きる人に、私はどこか憧れを抱いているのかもしれない。生命力。共に生きる力。自然への敬意。
そういうものを勝手に感じ取ってしまう。いや、感じ取っているのではない。憧れを投影しているのだろう。
実を言うと、こういうことは今回が初めてではない。昔から、知らない人を見ると勝手に人生を想像してしまう癖がある。
喫茶店で本を読んでいる人を見ると、「この人は仕事を辞めて次の道を考えているのかもしれない」と思う。
平日の昼間に公園を歩いている人を見ると、「今日は休みなのか、それとも定年後の生活なのか」と考える。
新幹線で窓の外を眺め続けている人を見ると、「誰かに会いに行く途中なのだろうか」と想像する。
もちろん、当たっている保証はまったくない。むしろ外れている可能性のほうが高い。
本人に聞いたら、「いや、全然違います」と言われることばかりだろう。
それでも考えてしまう。たぶん私は、人そのものに興味があるというより、その人が歩いてきた時間に興味があるのだと思う。
いま目の前にいる人にも、子どもだった時代があり、学生だった時代があり、嬉しかった日や苦しかった日があったはずだ。
そう考えると、見知らぬ人なのに急に身近に感じる。立体的に見えてくる。そして私は勝手に、その続きを想像し始めるのである。
ここまで想像の翼を広げて、ふと気づいた。私はその人と、一言も話していない。なんなら視線すらあわせていない。名前も知らない。職業も知らない。年齢も知らない。家族がいるのかも知らない。
本当に知っていることは、フェリー乗り場にいたこと、銛を持っていたこと、そして体格が良かったことくらいである。あとは全部、私の頭の中で作り上げた物語だ。そう思った瞬間、少し笑ってしまった。
誰でも一度くらいは、目の前を歩いている人に物語をつけたことがあるはずだ。ただ私は、その量が少し多いのかもしれない。他人の人生を想像しているようで、実は自分の価値観を見ている。
自分が何に憧れ、何を美しいと思い、どんな生き方に心を動かされるのか。それが勝手に映し出されているのだろう。
人生には厳しいこともある。苦しいこともある。ニュースを見れば、重たい話はいくらでも流れてくる。だからせめて、自分の頭の中くらいは自由でいたい。
知らない誰かの人生に、美しい物語や楽しい物語を勝手につけたっていいではないか。あの快晴の日の海の上では、特にそう思った。
あの森を背負った男の人が本当は何者だったのか、私は今も知らない。もしかしたら、ただ釣りが好きな会社員だったのかもしれない。
それでも私の中では、今も少しだけ武将なのである。≪おわり≫
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