誰も頑張れとは言わなかった《週刊READING LIFE Vol.363「頑張って」って言わないで」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
思い返せば私は、頑張れと言われたことが、ない。
正確に言うと、応援の意味での頑張れは言われたことがないと思っている。
私の学生生活を振り返ってみれば、
勉強はできる範囲でそこそこ、赤点を取らない程度にやっていたし
部活は入っていなかったので、応援は常にする側だった。
夏になると、体育館に全校生徒が集められて
全国大会に出場する運動部を応援する集会が行われる。
といっても私は拍手でエールを送るだけ。
全校生徒の前に立って抱負を述べていた運動部の人たちを
自分とはとても遠い世界にことのような気がしていた。
私は運動音痴で、特にチームワークを必要とする競技が苦手だ。
陸上競技はまだいい。
1人で淡々とこなしていけばいいし、タイムが早くても遅くても自分しか困らない。
チームワークが必要となる競技、例えばバレーなんかは最悪。
私はスポーツに興味がなく、そもそものルールがわからない。
けれど、みんなわかっているような前提で授業が行われていく。
上から降ってくるボールを受け止めるのが怖い。
受け止めたところでコントロールもできないから、変な方向へボールを飛ばしてしまう。
コートにいる位置がおかしい、上げるタイミングがおかしい、悪いところを指摘されさらに萎縮し、なにも出来なくなる悪循環だった。
特にバレー部に所属している子は良かれと思って丁寧に教えてくれるが、すぐに貢献できるほどのものなんか身に付くはずもなく、
「ちゃんとやって‼頑張って‼」
というヒステリックな叫びと共に、
親の仇にでも会ったのかというくらいの、周りの人の冷たい目線。
できない理由なんて私が知りたい。
いつしか私は「頑張ること 」から遠ざかってしまった。
出来ないものは出来ないので、ただひっそりと静かに距離をとるのが一番だった。
そんなスタンスでいたからだろうか。
高校3年生、卒業前の、最後の通知表を開いたとき。
3年間担任を務めてくださった先生からのコメントには
「もっと貪欲になってほしい」と書かれていた。
言葉の意味はわかる、でも、先生がこの言葉を私に言った意味を
きちんと理解できないままでいる。
高校は服飾科のあるクラスへ進学し、3年間、洋裁・和裁の勉強をしていた。
文化祭になると、ファッションショーを開催する。
1日目は全校生徒に向けて、そして2日目は一般の方、ほとんどが学生たちの家族や他校の友人たちに向けて行われる。
私は3年生の時に、本番で失敗した。
ランウェイの途中でジャケットを羽織る予定だったのだが、うまく腕を通せず、もたついてしまった。
初日だったので、観覧していた学生たちからクスクス、という笑い声が聞こえた。
途端に恥ずかしくなり、歩幅は早く逃げるようにステージ袖にはけてしまった。
同じステージに出演していた子から
「ねぇ、途中で失敗したよね。なんか笑い声が聞こえたけど」
と、冷たく言われてしまった。
それもそのはず。
この子にとっても、最後のショーだったのだから。
ごめん、と謝ったが、どこか心残りになってしまった。
「最後なんだから、頑張ろうよ」
頑張っていないわけではなかったのに。
そんなふうに捉えられてしまった。
できない、というのはやる気がないと思われてしまう。
短大へ進学し、2年生になった春、教授から生徒たちへ各授業の説明会があった。
私は高校と同じく、服飾関係について学んでいた。
自分に関係する分野の説明になると、1年生の時からお世話になっているゼミの先生が
登壇した。
この先生はいつもピンク色のスーツとピンクの口紅を塗り、ハイヒールを履き、髪型は金色に近いパーマ、というより、ソバージュ、というのだろうか。
前髪はふんわりと盛りたたせており、一瞬、バブリーという言葉が頭に浮かぶような先生だった。
だが、時代遅れ、というよりは現代でも通じる品性と品格を感じさせる装いで、
専門はファッションです、ということが説明しなくても伝わる。
校内ではちょっとした名物先生だった。
授業の説明が終わると、先生は最後に、と切り出した。
「2年生はファッションショーを開催します」
そう、私はまたこのファッションショーへ参加したくてこの短大に進学したのだ。
ショーに参加したい子は、服飾を学んでいなくても参加できた。
未経験でもゼロから学べる変わりに、授業以外のすべての時間を作品作りに充てなければならない。
授業のない日も、放課後も。
私はその説明を聞いたときに正直言って
「できるかな」
と尻込みしてしまった。
高校では授業中に作品を作る時間が与えられていた。
文化祭という学校行事に組み込まれているから、時間も充分にあった。
でも今回は、違う。
ゼミや他の授業もある中、ファッションショーに参加したいという子たちが集まってくる。熱意もセンスもきっと私なんかより数倍高い子。
私の頭をよぎったのは、過去の自分。
「もっと頑張ってよ」
と言われても、期待に応えることができなかった自分。
やっぱり、やめようかな。
悩んでいると、檀上で説明している先生が最後に、と話し始めた。
「参加しようか悩んでいるなら、やった方がいいです。
やらない後悔より、やってから後悔した方がいい。」
私は、この時高校の通信簿に書かれた「貪欲に」の言葉が頭に浮かんだ。
まったく違うはずの言葉に、なぜか
自分がやりたいことを諦めない姿勢とか
不安ばかり浮かんでいつも尻込みしている私の心とか
そういったものをなくして、やってみたらいいんじゃない、という背中を押してもらった気持ちになった。
短大のショー作りは、高校の時には比べ物にならないくらい本格的だった。
布地はわざわざ東京の日暮里にある問屋街まで買いに行った。
たくさんある布地から自分の作品に合うものを選び出せたときはワクワクしたし
他の店舗の、ボタンだけが売られている専門店やフェイクファーだけのお店にも
興味が湧いた。
短大の夏休みは、長い。
2カ月ほどあるこの休みの期間中にパニエを完成させなければいけない。
パニエとは、簡単に言うとドレスのスカートをふんわりさせるために必要な役割がある。
そしてこの布地はとても扱いづらく、ミシンの縫い目がガタガタになってしまったり、ずれてしまったり、失敗がとても多い厄介者だった。
だからこそ、夏休みは毎日、朝から夕方までパニエの製作に取り掛かる。
私たちはこれを、「夏のパニエ祭り」と呼んだ。
ミシンの針は何度か折れ、ボビンに糸が絡まり何度も何度もミシンと格闘した。
誰かが失敗すると、みんな
「あるある 」と声を掛け合う。
私もこの前、と失敗を共有し、うまくいった方法もシェアする。
正直言うと、このパニエはドレスの下に履くものだから少しがたついたり、曲がったり、糸が飛び出ていてもだれも気付かない。
手を抜こうと思えばだれでもできる。
でも、みんな少しでも曲がればミシンで縫った箇所を解き、もう一度、今度こそ、と
ガタガタ縫い直してゆく。
誰も、出来ないから仕方ない、とは言わなかった。
自分の作品のために満足いくものを作る。
私も諦めずにひたすらミシンに向かい続けた。
ファッションショーは、クリスマスに近い12月23日に開催が決定した。
市内で有名な高級ホテルの会議室を貸し切って行われる。
秋になると、ほぼすべての服は完成に近づいてきていた。
そして、舞台練習が始まる。
ショーは、服の種類ごとにグループ分けされる。
1グループは3~5人ほど。
ランウェイを歩く時間は5分ほど。
私は要領が悪い。
BGMのイントロで舞台に出ていくタイミングを覚えられなかったり、ポージングもダラダラ動いてしまうため、もっとキレよく、と先生に指摘されていた。
その度に、グループの子たちも合わせて止まってしまう。
けれどみんな、私を責めることはなかった。
個人の練習では、一緒にBGMを聞いて、入り方を何度も何度も繰り返しやってくれたし
舞台上の動きも、手の位置や顔の向きがみんな揃う様に、タイミングを教え合った。
「もっと頑張って」
と言われることはなかった。
だけど私は、みんなの想いや期待に応えたい、という気持ちで
自宅に帰っても、自分の部屋で何度も練習を重ねた。
ファッションショー当日は、みんなやけにソワソワしてテンションもいつもと違っていた。
ヘアメイクも、メンバーの知り合いの専門学校に通っている子たちにお願いして華やかな舞台に似合うようにしてもらう。
照明や音響は、ファッションを学び、来年はショーに立ちたい1年生の子が担当してくれる。
私の出番は4回、どの回も音楽に合わせ、ポーズをとり、笑顔で歩かねばならない。
今までにない緊張感だった。
始まってしまえば、あとは夢中だった、
何度も何度も、夜遅くまでみんなと練習した。
私たちの連携は、ピッタリだったはず。
輝かしいスポットライトを浴び、ランウェイを笑顔で歩く。
本物のファッションショーのように、ウォーキングをしながらクールなポーズを決めるということはしない。
素人の私たちでは、それは浮いてしまう。
逆に観客の方に楽しんでもらえるよう、笑顔で歩き、服に合わせこの日のために考えた可愛らしいポーズをする。
舞台袖で出番を待っているとき、先に出ている仲間たちの成功を見守りながら、頭の中で自分の動きをシュミレーションする。
無事に戻ってきた仲間たちの安堵の表情に、笑顔で頷き、音が出ないように小さくハイタッチ。
これから共に舞台を歩く、グループの子たちとアイコンタクト。
BGMのイントロが流れ、カウントをとる。
大丈夫、何度も出るタイミングは練習した。
「よし、いこう」
言葉にしなくとも伝わる。楽しい。
最後の演目は、ウェディングドレス。
このときのBGMは、洋楽の有名な女性歌手、クリスマスの時期には必ず耳にする曲だ。
私は今でもこの曲を聴くと、手に汗がでて緊張感がよみがえってくる。
私たちは、最高の舞台であの瞬間、輝いていた。
チームワークが苦手だと思っていた。
でも、この1年ともに同じ目標に向かって進み、笑ったり泣いたりしながら進んだ先に
心地いい一体感があった。
ショーが終わり、初めて私は、応援されていた側だったと気付く。
でも、誰も私に「頑張って」とは言わなかった。
言葉の変わりに違う形で応援してくれていた。
先生はいつも相談に乗ってくれて、素人の私たちをショーに出るまでにしてくれたし
母はいつも帰りが遅い私のために温かい夕飯を作ってくれた
観客席にいた友人たちは、ひたすらにすごいと褒めてくれた。
ショーを共にした仲間たちは、誰もできないことを責めることはしなかった。
むしろ、一緒に悩んだり何度も練習に付き合ってくれた。
同じ目線で「頑張って」くれていたのだ。
頑張れと言われるのはいつだって、できる人、もしくはできる見込みのある人達だけだと思っていた。
出来ない人は出来ないことを責められるだけ。
頑張れが応援の言葉なのだとしたら、出来ていない人にこそ、届けるべきだと思う。
そしてその届け方は、ただ言葉で伝えるだけじゃない。
行動でも示せる。
あの夏の日、私はショーに参加して
チームワークの良さも応援される側の気持ちも、どちらも知ってしまった。
後悔は、もちろんしていない。
≪終わり≫
□ライタープロフィール
立野 亜美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
新潟在住。
日々の暮らしの中で感じたことや、心が少し動いた瞬間を文章にしています。
好きなものは、紅茶、かき氷、カフェ巡り、手帳時間。
最近は「自分らしく生きること」や「小さな行動が人生を変える瞬間」に興味があります。
不器用ながらも、日常の中にある感情や気づきを、等身大の言葉で書いていきたいです。
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