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夢が責任に変わった日《週刊READING LIFE Vol.366「もう戻れない」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:飯田久枝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

もう戻れない。

そう思ったのは、会社を作った日ではなかった。

法務局に登記をした日でも、会社名の入った名刺を作った日でも、ホームページを公開した日でもない。最初にペットの未来を託してくれた人が現れた日だった。

会社を作ること自体は、思っていたよりも簡単だった。もちろん、手続きはそれなりに面倒だ。定款を作り、登記をし、銀行口座を作り、税務署に届けを出す。初めてのことばかりだった。

けれど、やってみればできる。

会社は、作ろうと思えば誰でも作れる。代表取締役という肩書きも、手続きを踏めば手に入る。少し乱暴に言えば、とりあえず社長にはなれるのだ。

 

私は会社員時代、長く金融業界にいた。毎日遅くまで働き、資産形成をし、最終的には会社員を卒業した。いわゆるFIREに近い生活に入り、もう組織に属して働かなくても生きていけるだけの土台は作った。

だからこそ、自分が本当にやりたいことをやろうと思った。

 

私には、七歳の二匹の猫がいる。猫を迎えたことで、私の人生は劇的に変わった。

猫を迎える前の会社員時代の私は、自己肯定感が低く、「私なんか」が口癖だった。自分をよく見せるために、ブランド物や宝石類で身を固めていた。そうでもしないと、人から褒められないと思っていた。

毎日飲み歩き、酔っぱらってベッドに潜り込み、翌朝また会社に行く。そんな生活だった。

でも、猫は教えてくれた。自分を大きく見せなくてもいい。飾らなくてもいい。自分は自分のままでいい。ただ一緒にいて、だらだら過ごす時間が、こんなにも満たされるものなのだと。

ペット保険のアニコム損害保険の「nekokusei調査」では、猫と暮らし始めて幸福度が高まったと感じる人は99.7%にのぼるという。猫と暮らす人のほとんどが、猫によって人生の幸福度が上がったと感じているのだ。

私は子供の頃から犬を飼っていたので、犬の良さも知っている。それでも、猫は至福だ。きっと猫と暮らしている人なら、この感覚をわかってくれるだろう。

この日々がずっと続いてほしい。そう思っている。

 

けれど、動物と暮らしている人なら、誰でもどこかで気づいているはずだ。

この子たちは、自分では未来を選べない。

飼い主に何かあった時、ペットは自分で病院に行けない。ごはんを買えない。住む場所を探せない。信頼できる人に「助けてください」と連絡することもできない。

ペットは、法律上はモノである。人間の子どもなら、親に何かあった時に守る制度がある。成長すれば、いずれ自立することもできる。けれど、ペットは違う。一生、誰かの手を必要とする「子供」なのだ。

飼い主が元気なうちは、問題は表に出ない。

でも、飼い主が病気になったら。突然入院したら。認知症になったら。施設に入ることになったら。亡くなったら。

その時、ペットはどうなるのか。

この問いが、私の中から消えなくなった。

高齢者でも、ひとり暮らしでも、安心してペットと暮らせる社会にしたい。飼い主にもしものことがあっても、ペットが路頭に迷わない仕組みを作りたい。

そう思って、私はペット後見の会社を作った。

けれど、正直に言えば、会社を作った段階では、まだどこか「私の構想」だった。

こういう仕組みが必要だ。こういう社会にしたい。自分の猫たちの未来のためにも、同じ不安を持つ人のためにも、やる意味がある。

そう語ることはできた。でも、その時点では、まだ引き返せた。

ビジネスがうまくいかなければ、看板を下ろせばいい。会社を閉じればいい。失敗したら、別の道を考えればいい。私個人の挑戦として終わらせることもできた。

会社を作っただけなら、まだ「夢」の範囲だったのだ。

 

ところが、ペットの未来を託してくれる人が現れた。

その瞬間、すべてが変わった。

私は、ただサービスを売ったのではない。その方の大切なペットの未来を託された。そして、その未来を守るための財産、場合によっては遺産を託された。

 

これは、かわいいペットを預かるというだけの話ではない。

「私に何かあった後も、この子を頼みます」

その言葉の奥には、飼い主の人生がある。ペットと過ごしてきた時間がある。誰にも簡単には渡せない信頼がある。そして、自分がいなくなった後も、この子だけは安心して生きてほしいという、切実な願いがある。

 

ペット後見は、契約書を作って終わる仕事ではない。むしろ、契約してからが始まりだ。

飼い主が入院したら、誰が動くのか。施設に入ることになったら、ペットはどこで暮らすのか。認知症になり、判断が難しくなったら、誰が状況を確認するのか。飼い主が亡くなったら、遺された財産をどう使うのか。そのお金は、本当にペットのために使われるのか。その子が病気になった時、治療方針を誰が決めるのか。最期の時、誰がそばにいるのか。

考えれば考えるほど、きれいごとでは済まない。

 

ペット後見には、愛情が必要だ。けれど、愛情だけでは足りない。

法律がいる。契約がいる。お金の管理がいる。信頼できる預かり先がいる。獣医師との連携がいる。家族や親族との調整がいる。死後事務や遺言の知識もいる。

 

そして何より、続く仕組みがいる。

動物を助けたい。かわいそうな子を救いたい。そう言う人はたくさんいる。もちろん、その気持ちは尊い。私も動物が好きだから、この仕事を始めた。

けれど、動物の命を最後まで守るには、気持ちだけでは足りない。善意だけに頼る仕組みは、いつか限界が来る。誰か一人の情熱に頼っている限り、その人が倒れたら終わってしまう。

それでは、託されたペットの未来を守ることにはならない。

 

最初に未来を託してくれた人が現れた時、私は初めてその重さを、頭ではなく身体で理解した。

もう戻れない。

会社を作る前の私には戻れない。ただの猫好きだった私にも戻れない。「こういうことができたらいいですね」と夢を語っていた私にも戻れない。

私は、託された側の人間になったのだ。

 

この仕事の怖さは、普通のビジネスとは少し違う。

商品を売って終わりではない。講座を開いて終わりでもない。一回のサービス提供で完了するわけでもない。

ペット後見は、時間の長い仕事だ。

契約した時点では、まだ何も起きていないことも多い。飼い主は元気で、ペットも元気で、日常は穏やかに続いている。けれど、いつか必ず「もしも」はやってくる。

それは一年後かもしれない。十年後かもしれない。もっと先かもしれない。

その時に、会社が存在していなければ意味がない。

ここに、私は強烈な責任を感じた。

仮に、私の命が先に尽きたとしても。契約してくださった方とそのペットが生きている限り、会社は続いていなければならない。

 

腹を括った。

会社を作った時、私は自分が社長になると思っていた。でも、契約者が現れた時、私は「自分がいなくなっても続く会社」を作らなければならないのだと気づいた。

社長であることより、続く仕組みを作ることの方が大事だった。

 

会社を続けるということは、現状維持をすることではない。

小さく始めた会社を、そのまま小さく抱え込んでいては、守れる命には限界がある。私一人が頑張る形では、いずれ必ず無理が来る。

だから、発展させなければならない。

人を増やす。専門家とつながる。預かり先を確保する。お金の流れを整える。契約の仕組みを磨く。財産が正しく使われる仕組みを作る。飼い主が安心して託せる体制を作る。

 

そして、いつかは、今の株式会社を財団へと発展させたい。

人と動物のために、資金が循環するシステムを作りたい。

これは、私の夢だ。

けれど、誰かが未来を託してくれる前の夢と、実際に託された後の夢は、まったく違う。

以前は、「そうなったらいいな」と思っていた。「いつかできたらいい」と語っていた。大きな理想として、少し遠くに眺めていた。

でも、ペットの未来と契約者の財産を託された瞬間、その夢は夢物語ではなくなった。本気で実現しなければならない未来になった。

財団を作るというと、大げさに聞こえるかもしれない。人と動物のために資金が循環するシステムを作ると言うと、夢が大きすぎると思われるかもしれない。

実際、今の私には足りないものだらけだ。人も足りない。資金も足りない。知名度も足りない。実績も、仕組みも、まだまだこれからだ。

でも、足りないものを数えて立ち止まっている場合ではない。

なぜなら、すでに託されているからだ。

 

ペット後見の仕事をしていると、強く思うことがある。人は、自分の死後のことを本気で考える時、財産の金額だけを気にしているわけではない。

もちろん、お金は大事だ。ペットの生活費、医療費、預かり費用、看取りまでの費用。どれも現実に必要になる。愛情だけでは、フードも薬も買えない。動物病院の会計で「気持ちはあります」と言っても、残念ながら領収書は出ない。

だから、お金の準備は必要だ。

けれど、飼い主が本当に託しているのは、お金そのものではない。

そのお金を、この子のために正しく使ってほしい。自分がいなくなった後も、この子が寂しい思いをしないようにしてほしい。最後まで、誰かに大切にされて生きてほしい。

その願いを託しているのだ。

だから、ペット後見は、お金の管理だけでも、動物の預かりだけでもない。飼い主の人生の最終章と、ペットのその後の時間をつなぐ仕事なのだ。

 

私は金融の世界にいた。お金の力も、お金の怖さも、それなりに見てきた。

お金は、ただ貯めておくだけでは意味がない。誰かの見栄のために使われるお金もあれば、命を守るために使われるお金もある。同じ一万円でも、流れる先によって意味が変わる。

ペット後見で託される財産は、飼い主がペットのために遺す、最後の愛情だ。

そのお金が、正しくペットの未来に届くようにしたい。途中で消えたり、違う目的に使われたり、誰かの善意や都合に任されて曖昧になったりしないようにしたい。

 

そのためには、仕組みが必要だ。

信頼できる人が関わり、記録が残り、お金の流れが見え、ペットの暮らしが確認できる仕組み。飼い主が生きている間から準備し、もしもの時には迷わず動ける仕組み。

私は、それを作りたい。

いや、作りたいでは足りない。

作らなければならない。

 

金融機関に長く勤めたキャリアと、動物を愛する心が、ここでつながった。私だからできる。私がやらなくてはならない。

そう思うようになったのは、契約者が現れたからだ。

最初に未来を託してくれた人は、私に売上をもたらしてくれた人ではない。私に覚悟をもたらしてくれた人だった。

 

あの日から、私の中で何かが変わった。

それまでは、私は自分の人生をどう生きるかを考えていた。会社員を辞め、自分の時間を取り戻し、猫たちと穏やかに暮らし、自分の経験を活かして何か社会に役立つことをしたいと思っていた。

それはそれで、悪くない人生だ。

でも、最初の契約者が現れた日から、私は自分の人生だけを考えていればいい人間ではなくなった。

託してくれた人がいる。その家族であるペットがいる。その子の未来のために遺される財産がある。そして、その願いを受け取った私がいる。

受け取ってしまった以上、知らなかったふりはできない。

もう戻れない。

逃げ道がない。失敗できない。引き返せない。

 

でも、今の私は、恐れ慄いているだけではない。

戻れない場所まで来たからこそ、見える景色がある。

会社を作っただけでは見えなかった。理念を語っているだけでは見えなかった。自分の猫たちの未来だけを考えていた時にも、まだ見えていなかった。

契約者が現れたことで、私は初めて、この仕事が本当に必要とされていることを知った。そして、その必要としている人たちのそばには、自分では未来を選べないペットたちがいる。

だから私は、この会社を続けなければならない。続けるだけでは足りない。私がいなくなっても続く仕組みにしなければならない。

 

株式会社を財団へ。

個人の思いを、社会の仕組みへ。

一人の猫好きの願いを、人と動物のために資金が循環するシステムへ。

夢を、夢のまま終わらせられない。

誰かからペットの未来と財産を託された瞬間、夢は責任になる。

私は、その責任を引き受けた。

もう戻れない。

会社員だった頃にも、ただの猫好きだった頃にも、夢を語っているだけだった頃にも、もう戻れない。

戻りたいとも思わない。

この道の先に、声を出せない小さな命たちが安心して眠れる未来があるのなら。そして、大切な家族のために遺された財産が、正しく使われる仕組みを作れるのなら。

私は、そこまで行く。

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