「そんなの関係ねえ」は魔法の合ことば
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:國分厚彦(ライティングゼミ 2026年5月コース)
「ここで打たなきゃ終わりだからな、頼むぞ」
中学校2年生時のクラス対抗ソフトボール大会、俺たち2年1組は、3組との試合を、0対3のスコアで最終回を迎えていた。1試合目は、野球部の主力メンバーを複数擁する優勝候補の2組に1対10のスコアでボロ負けし、この試合も敗北すると最下位、予選敗退が決定する。
俺は、回の先頭打者としてネクストバッターズサークルに向かう前、同級生からそんな声を掛けられた。俺は何も返答しなかった。返せないほど、集中していた。
マウンドに立つ相手投手のS君は、飄々とした表情で投球練習をしていた。彼もまた、野球部の主力選手の一人だった。前の打席で先制打を打ち、この試合も完封ペースで快投を続けており、気分良さそうにマウンドで投球練習を終えていた。
「ここでどうやって攻撃しようか」
ここまで完璧に抑えられているS君のフォーム、相手のポジションを考える。なかなかに打ち崩すのは簡単ではなさそうだ。ただ、これまでの練習、仲間からの期待を考えると、このまま両手をあげて降参し、最下位に甘んじるような真似は絶対に嫌だった。
ぐだぐだ考えても、いい答えは思いつかない。このままバッターボックスに向かっても、いい結果は望めなさそうだ。
「バントでもするか? でもあの守備見たら厳しいし、そんなに関係ないかな……ん? 『そんなの関係ない?』」
この瞬間、俺は閃いた。閃いてしまった。
そしてその閃いたアイディアを実行するため、ネクストバッターズサークルの中で素振りするのをやめた。
当時、『エンタの神様』全盛期で、とりわけ小島よしおの『そんなの関係ねえ』のネタが大ブレイクした時代だった。同級生の中でももちろん小島よしおのモノマネをする輩が複数人いたが、名誉ながら(?) 俺は小島よしおのモノマネが同級生の中でも特に似ていると一部界隈で評判になっていた。あちこちで小島よしおの真似をしては、同級生、後輩たちから爆笑と失笑混じりの笑いを掻っ攫っていった。
「もしかしたら、ネクストバッターズサークルの中で、小島よしおのネタをやれば、何かうまくいくかもしれない」
ネクストバッターズサークルの中で、俺はバットを置いた。服を脱ぐ気にはなれなかった。服が無意味に汚れるし、着替えるのが面倒だからだ。
そして、マウンドのS君の方を向いて、全力で小島よしおのモノマネを一通りやった。
「最終回だよ〜ウィ〜〜! 今のところ〜〜ウィ〜〜〜!! 0対3で負けてるよ! でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!! そんなの関係ねえ!!! はい、オッパッピー!!」
ネタをやり終えて、そのままバットを持って、バッターボックスの中に向かった。S君や同級生たち含め、他の人たちの反応は全く覚えていない。ただ、余計な力が抜けて、不思議な感覚が宿ったことは覚えている。
S君の一球目は、外角低めに外れたボール球だった。やや動揺しているように見えた。前の回より、打てない印象は、ない。
次のボール、内角低めにボールが来た。「来た!」と思う前に、俺の体は反応していた。
アッパースイングですくい上げるように、思い切り振り抜いた。芯に当たったようで、手元に、今までの練習でも経験のない手応えがあった。
打球は、切れることなく、そのままホームランのラインを超えていった。今まで抑えられていた俺たちのチームに、初めて点が入った。
そこから、俺の次の打者、さらにその次の打者までホームランが飛び出し、一気に3対3の同点にまで追いついた。結局攻撃はここまでとなり、その裏の回も0点で抑え、試合自体は引き分けとなった。しかし、試合後、「お前の小島よしおが流れを変えてくれた」「オッパッピーホームラン」と仲間内で評判になった。
奇跡はこれでは止まらなかった。
我々の戦いぶりに奮起した2組のメンバーが、「得失点差で1組を2位にするぞ」と奮起し、3組を15対2のスコアで下し、得失点差で我々1組は2位に滑り込むことができた。
予選を辛くも突破した我々だったが、決勝リーグで3年生のチームには敵わず、7対2のスコアで惨敗してしまった。しかし、この2点も、最終回の2アウト2塁の場面でネクストバッターズサークルに立った俺が「小島よしお」の真似をして、そこから相手のエラーがらみで取った2点であった。
閉会式の中で、友人たちが、「オッパッピーパワーやべえな」「お前のおかげでホームランが打てた、ありがとう」と口々に振り返っていた。
その様を見て、俺ははにかんだ。そして、心の中でつぶやいた。
一昔前に甲子園で一世を風靡した、済美高校の『やればできるは魔法の合ことば』になぞらえて
「『そんなの関係ねえ』は魔法の合ことば、だな」と。
あのソフトボール大会から、もう20年近く経過する。
俺は、医学部に進学し、社会人になり、この20年間で逆境に立たされることも多々あった。その度に、心の中で「そんなの関係ねえ」と呟くことで、なんとか乗り越えてきた。
特に、大学2年の時、「そんなの関係ねえ」の真価に気づく出来事があった。
当時、6年間で一番厳しいと言われる解剖学や生理学の試験を目前にしていた。膨大な試験範囲、うず高く積み上がる分厚い教科書やプリントと格闘し、連日図書館の中で徹夜して勉強し続けても終わりが見えず、自分の部活動なども重なり、心が折れそうになった。
試験当日の午前3時、ふとトイレで用を足した後、ソフトボール大会のことを思い出し、洗面所に映る無精髭と腫れ上がった顔をしている自分に向かい「そんなの関係ねえ」と一言つぶやいた。すると、不思議と「全部終わらせないと」「落ちたらどうしよう」と不安になっていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。勉強に戻ると、不思議と肩の力が抜けて、なんとかなる気がしてきた。1つずつわからないことを潰していき、結果試験に合格することができた。
「そんなの関係ねえ!」は、自分を鼓舞して状況を打開する「やればできる」のような魔法の合ことばではなくて、「失敗したらどうしよう」「打てなかったらどうしよう」という余計な肩の力を取ってくれる魔法の合ことばなのだ。
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