ユーチューブの呪い
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:鐵谷知会子(2026年8月開講 ライティング・ゼミ福岡)
ある時、ユーチューブでPさんというスタイリストを知る。彼女は私とほぼ同い年で、体形をカバーする着こなしを教えてくれるし、ハイブランドの洋服とノーブランドの洋服とのミックスもカッコよく着こなす。そんな彼女のスタイルは私にとって、もはや神! 私はPさんのユーチューブに夢中になった。
長年、ブランドメーカーに勤めていた彼女は海外品のセレクトも担当していたらしい。彼女のユーチューブを見ながら思わず「流石です!」とか「九州とは激しく違う!」とか叫んでしまう。そんな彼女が洋服のブランドを立ち上げ、お披露目ライブが始まると即ワンピースと冬物コートの購入を決めて人差し指でポチリ。私は今、まさに幸せホルモンに浸っている。
いよいよPさんブランドが私の部屋に到着。急いで袋を開けて試着する。「あれ?」冬のコートだから少し大きめを頼んだが、体が浮いて見えるサイズ感。あるあるだが試着をせずに買うインターネットショッピングでは、こういう小さな悲劇が起こる。鏡の前の私をもう一度チェックすると、思ったよりコートの丈も長い。そういえばPさんは身長167㎝のモデル体型で私は162㎝の撫で肩なのだ。ワンピースも、やはり大きい気がしたが交換したところで今度は洋服が入らなかったりするかもと、なんだか面倒で手元に置いておく事にした。だがPさんブランドのサイズは私に合わない事を悟りPさんブランドは諦める。ところが、それから半月後、今度はPさんが自分の私物を紹介していた。それは、あるブランドの青山店限定モデルのバッグ。目にした途端、
「素敵! 欲しい! 持っているだけで垢抜けまっしぐら!」
と訳のわからない衝動に突き動かされ、そのブランドの青山店に電話をしてみる。
「お電話有難うございます。そのバッグは確かに青山店限定モデルでございまして、ご来店のお客様にしかお買い求め頂けないお品物でございます。誠に申し訳ございません」
と丁寧にお断りされてしまう。
そうですよね。そういう事ですよね。そのコンセプト、わかります。マーケティングですね。はい承知しておりますと理解はしたが、この位では私の情熱は収まらない。思い付いたのは、よくあるインターネットのフリーマーケットである。サイトを覗くと中古だが美品だと注釈のついた、あの青山限定モデルのバッグを見つけてしまう。
中古だといっても数万円。その値段に一瞬、躊躇するが情熱が勝る。人差し指で購入ボタンをポチリ。そして私は、又しても幸せホルモンに浸りきる。一人暮らしだからお金の使い道を誰にも責められたりはしない。私は一人、部屋の中で小さくガッツポーズをとった。
1か月もすると、今度はライフスタイルという言葉が気になりユーチューブでシンプルライフを強調しているお洒落なXさんを見つける。断捨離の苦手な私は、Xさんの様に年間25着で過ごすことも出来ないし、ハイブランドのバッグをお手入れしながら10年以上も愛用等していない。要はどう身体をひねっても真似すら出来ない現実。でもある日、知る人ぞ知るスーツケースを教えてくれた。軽くて、アクセントになっている革のベルトがシックなスーツケースである。このスーツケースでXさんはフランスに出向いたりするのだ。このさりげない彼女の様子は、ますます私をXさんに夢中にさせた。そうだ! このスーツケースでなら、どこに泊まっても恥ずかしくない。いや、このスーツケースが私を新しい何かに出会わせてくれるのだ! またもや根拠のない情熱が私に宿る。どうやったって、写経をしたって、このスーツケースが勝手に私を見知らぬ世界に連れていく事はない。そういうアンビリーバブルな事は、ハリーポッターにしか起こらない。しかし、一度回りだした私の情熱のエンジンは止まる事を知らないのだ。すぐさまフリーマーケットのサイトを覗くと、奇跡です。ありましたよ、中古だけど美品。何の迷いもなく人差し指で購入ボタンをポチリ。大人の買い物は高くつくが一人暮らしだから誰からも指図されないし、誰からも冷静になるよう諭されない。私はただ、幸せホルモンにひたすら浸る。
あれからPさんから購入した洋服は友人にあげたし、お出かけに青山限定モデルのバッグを使おうとしても洋服とのバランスが悪いとか散々悩んで使えない。気を取り直してスーツケースを引っ張り出すがコロナ禍で行く所も無ければ、購入した事を自慢する友人もいなかった事に気付く。そう、私はフランスに用事はない。
もはやマーケティングターゲットの申し子。いや、もはやユーチューブの呪いとしか思えないこの3つの出来事は、私の持つ底知れない物欲と自己肯定感の低さを露呈するストーリーだ。だから誰にも言った事はない。でも2000文字のネタのためには恥ずかしい事こそ重要だとゼミで教えられた。
そうだ、私は私を持て余している。
≪終わり≫
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