ゼミ

「走れお局」《週刊READING LIFE Vol.373「効率化の先にあるもの」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:まるこめ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

女は絶望した。

 

必ず、この会社で何があろうとも生き残っていくぞと決意していたにも関わらず、だ。

女には、媚を売ることがわからない。女は、とある企業の会社員だ。

日々の仕事に邁進し、時に仲間と酒を酌み交わしながら生きてきた。けれども、今の自分には何ができるのかを察知する力は割と敏感な方であった。

 

今日未明、女は古いパソコンを取り出し、Google検索の波に乗り、よく知りもしない「生成A I 使いこなし方」の検索結果に辿り着いた。

女には、後ろ盾も、派閥も、何もない。

愛する主人とタッグを組みながら、小学生の娘と、1歳になったばかりの2人の娘を育てながら仕事をする、いわゆる「ワーキングママ」である。

女はそれゆえ、短時間勤務を余儀なくされながらも、決して「子持ち様」などと言われたくない一心で「どうすれば時間内に通常勤務分の業務量をこなすことができるのか」を、ずっと考えながら、仕事に取り組んできた。

 

女は、会社にとって「必要とされる人材でいたい」と常に願っていた。

子供を産んで働くということは、そうでない人に比べてどうしても「休む」「業務時間が短くなる」ということが増えてしまう。となると、必然的にキャリアのレールからは外れてしまう。けれども、会社にいる以上は手を抜かずに働いているのもまた事実だ。

子供を育てる女にとっては、「働く」という時間だけは誰にも邪魔されずに生きることができる貴重な時間でもある。そんな素敵な時間をテキトーに過ごすなんてことは、女にとっては許し難いことなのだ。

 

まず、業務のムダを洗い出し、それから手を止めることなく、流れるように業務ができるにはどうすれば良いのかを考えた。

女には、長年培ってきた「黒革の手帳」があった。データフォルダに蓄積してきたWordやExcelのシートたちだ。川の水が、止まることを知らずに流れ続けるように……手を止めることなくずっと仕事ができるよう、自身の手を止めるような出来事があれば、少しでもそれを解決できそうなツールや資料を作ればいい。そんな思いで、作り始めた子供たちは、いつしか自身のフォルダの中に複数のフォルダを生み出すほどにまで増えていた。

 

会社の中でジョブチェンジを複数回していることや、女性であるということも相待って

 

「あのう、ちょっといいですか?」

 

と、頼ってもらえる機会はどちらかといえば、多い。

ましてや、現場で働くスタッフの補佐をしている女は世間一般でいうところの「お局」の枠に、控えめに言って片足を突っ込んでいる。つまり、プレイヤーではないけれども必要とあれば何かしらを「教える」ことも求められるのだ。

 

長年同じ会社に勤めている女は、歳を重ねていくうちにだんだん不安になっていた。

 

女が若かった頃は、仕事のノウハウなんて「考えろ、よく見て、盗め」とよく言われたもんだ。「最初は売れなくていい、とにかく気を遣え」と、気を遣う中から「気づく」力を養い、そこから今の自分に必要なことを「学び」未来の自分の「糧」にしてきた。当時は、本当に辛かったけれど、その時の上司たちには本当に頭が上がらない。

けれども、今そんな教え方をしようものなら「パワハラ」とも取られかねないのだ。

 

女は、我が子へ年が近づいていく新入社員と接する度に

 

最も効率的で

最もわかりやすくて

最も誰が使っても同じように使える資料を、行き詰まるたびに作っては作り直してを繰り返した。自分の業務と並行して。

 

そんなことが「あたりまえ」になるくらいになるほど、タイパを意識してイレギュラーがない限りは定時ダッシュをする生活が板についても、女には拭えない不安があった。

 

「チャット、GPT? なんじゃそりゃ」

 

女はiPhoneユーザーだったので、なんとなくSiriと会話することがあった。その辺りからなんとなく嫌な予感はしていた。もし、こいつらA Iが本気を出してきたらどうなるだろう。私がコツコツと時間をかけて作り上げてきた仕事なんて、あっという間に作ってしまう時がいつかくるのかもしれない、とChatGPTに「冷蔵庫の中身で作れる晩御飯の献立を考えて」なんて指先で認めながら心の中は穏やかではいられなかった。

 

 

けれども、恐れていたことは現実となってしまった。

 

いつも仕事帰りに「あーでもない、こーでもない」と頭を抱えていた献立は、冷蔵庫の中身さえ充実していれば「お任せください!」という頼もしい挨拶と共に、ものの数秒で数品も考えてくれる。かわいい我が子の写真をフィギュアにしてくれといえば、多少見た目が崩れることはあるものの、我が子のフィギュアの画像も作れてしまう。これはいかん、これはまずいことになった。

 

「仕事ができる、の基準がこいつらA Iたちのせいで変わってしまう」

 

女が社会人となって15年余り、さまざまな「仕事ができる人」に出会ってきた。

それらの多くは「実績が残せる人」あるいは「短時間で多くの業務を捌ける人」に二分されてきた。女は前者に憧れていたものの、どうにも手が届かず、自身のライフイベントも重なり後者を目指すことを選ばざるを得なくなった。いずれにしても、本人の努力はもちろんのことではあるが、チャンスに恵まれる運も必要である。女は、運が良くジョブチェンジを経ながら様々な業種を浅く広く知る機会に恵まれていた。そして「子供のお迎え」というデッドラインがあるため、時間に対する意識を持たざるを得なかった。

おかげで、どうにかあと少しで「短時間で多くの業務を捌ける人」へ手が届きそうなところまで見えていた実感があった。

 

それなのに、それなのに……

 

女は絶望した。

 

タイパよく、業務効率化の鬼と化しながら「仕事ができる女」の称号を得るべく手を止めることなく、頭と体をフル回転しながら今日まで働いてきた。

 

けれども、効率化の先には絶望しかなかった。

 

頭を抱えながら、困っている自分や、周りの人のことを思って、心を込めて時間をかけて作ったシートたちは、生成A Iの力を使えば、まるで魔法を使ったみたいに一瞬で作り上げてしまう時代がきたらしい。

それ自体は、なんの問題もなかった。生成A Iに「おねがい」をすることでさらなる業務効率化が期待できるなら、とても喜ばしいことである。

 

問題は「おねがい」したことを、確実に実行してもらうための「呪文」を正しく唱える必要があったのだ。

 

嘆かわしい、ああ、なんと嘆かわしいことだろう。

 

便利な道具が目の前にあるというのに、女はその呪文を知らなかった。

丸腰のまま、生成A Iに「商品の比較表を作ってほしい」と頼んでみた。けれども生成された比較表は、思い描いていたPowerPointの洗練されたスライドのような、写真の折り込まれたものを期待していたのにも関わらず、殺風景な文字の羅列だった。

 

「写真を入れて」

 

「わかりやすく」

 

と、唱えても出来上がるものはますます酷くなり、しまいには当初のお願いとはかなりかけ離れたキメラのような「何か自分でもよくわからない」ものを生成してしまっていた。

 

女は確信した。

「仕事ができる人」の定義が変わる、と。

 

もうすぐそこに「短時間で多くの業務を捌ける人」は、一般的になものに成り下がってしまうだろう。これからは、生成A Iの魔法を使うための「呪文」をいかに多く知っていて、かつ使いこなせる人が「仕事ができる人」になっていくだろう。

 

女はこれまで『走れメロス』さながら、自分の信念を貫くために走ってきた。

それなのに、こんな現実はあんまりじゃないか。

 

「こんなにずっと、走り続けてきたのに」

 

辛い、本当に辛い。

歳を重ねるほどに、衰えている実感がある。

 

一度見たらわかることが、3歩歩けば忘れることもあるというのに、今更どうすればいいのか。

 

立ち止まりたい、楽がしたい、もう「仕事ができる人」なんて諦め……られるわけがない。

 

女は、絶対に歩みを止めることはしなかった。

 

「大丈夫、まだ走れる、まだまだ走れる」

 

長年培ってきた経験が、諦めかけていた女の力を奮い立たせた。

女は知っていた。今は「呪文」が唱えられなくとも、何千・何万回と唱え続ければ必ず唱えられる日が来るということを。

子供が立ち上がって歩きだすように「立ち方」も「歩き方」も、考えずともできる時が来るように……今は泥臭く・地味な作業をひたすらやり続けるしかないのだ。

 

そうなると、女の土俵だ。

 

これまで「理想の効率化」に向けて誰よりも泥臭く、コツコツとだけは続けてきた。

努力は絶対に裏切らない。女にとって、唯一自信を持って言えるところだ。

 

そうとわかれば、膨大な魔術書という名の使い方に目を通し、実践するだけである。

 

今はまだ、献立を考えたり、身近な質問を投げかけたりする程度の魔法しか使えない。

そんな女が、いつか周りもびっくりするような大魔法を使えたら、こんなにかっこいいことはないかもしれない。そして、これまで培ってきた経験をフルに活用すれば、新しい魔法ですら生み出してしまうかもしれないと思うと、女はいてもたってもいられなくなった。

 

女は、未来の自分を想像すると足取りがとても軽くなるのを感じた。

こりゃ、まだまだ走れるな。そんな風に思えることは、時に辛くもあるけれど、とても幸せなことなのかもしれない。

 

そういえば、天狼院書店という名の書店に「魔術書の扱いに長けている人達」がいる、という話を聞いた。

 

これからそちらへと赴き、話が本物か確かめてみよう。

 

【終わり】

 

❏ライタープロフィール

まるこめ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

日常のあれやこれやに思いを馳せながら、ある時はペンを握り、ある時は包丁を握り、ある時はキーボードと踊る。自動車販売会社に勤める傍ら、9歳差の姉妹を育てる兼業主婦リーマン。あぁ、今日も夕飯が決まらない。

 

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