ときめきすぎて、捨てられない ―わが愛人たちとの果てなき同居生活―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まつ☆ひで(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)
今夜も新しい愛人を部屋に連れ込んだ。
これでいったい何百人目、いや何千人目だろうか。
私の部屋には、これまでに連れ込んだ愛人たちが所狭しと並んでいる。
棚の中はもちろん、机の上にも、ベッドの枕元にもいる。
部屋の隅には、これから愛されるのを待っている子たちが大勢いる。
「ねぇ、今夜は、ワタシでしょ」
「違う、あたしの番だからね」
愛人たちは、次々と私にラブコールを送ってくる。
「はいはい、すぐに愛してあげるから、ちょっと待っててね」
今夜は、どの子と夜を明かそうか。
ニヤニヤしながら上から下まで舐めまわすように見ていると、後ろから雷のような怒号が聞こえた。
「いいかげんにしなさいよっ! いったい、いつ整理するつもりなの!!」
振り向くと、妻が仁王立ちしていた。
こんなに愛している子たちと別れるなんて、絶対に無理だ。
私が今夜、胸を高鳴らせて連れ帰ったのも一冊の新書だ。
とはいえ、私の本棚は、とっくの昔に限界を迎えている。
奥行きのある棚に、前後二列で詰め込むのは当たり前。
それでも入りきらない本たちが、本棚の横と前に、床から天井まで塔のようにそびえ立っている。
部屋を歩くたびに、ミシッと床がきしむ。
本棚の前を通ると、足の小指が必ずハードカバーの角に激突する。
痛みに悶絶しながらも、私は本に囲まれる幸せを噛みしめていた。
だが、妻にとっては地獄だったらしい。
「この部屋、歩くたびに床が沈んでるの気づいてる? 掃除機もろくにかけられないし」
妻は積読タワーを冷たい目で見上げながら、こう言い放った。
「地震が来たら、あんた確実に本の下敷きになって死ぬよ。月末までに、本棚に入らない本は全部処分して。さもないと、古紙回収の日にぜんぶ出すからね」
ついに、非常事態宣言が発令された。
妻の目は本気だった。
私は黙ってうなずくしかなかった。
そして迎えた日曜日。
私は部屋の中央に座り込み、腕まくりをした。
ふと、昔読んだ断捨離の本の一節を思い出した。
『一冊ずつ手にとり、心がキュンとときめくものだけを残しなさい。役目を終えたものには感謝して手放しましょう』
「キュンとときめくものねぇ……」
そう思いながら、手にとったのは、10年ほど前に買った分厚いハードカバーだった。
「よし、まずはこの子とお別れしよう」
そう思いながら、中をペラペラとめくってみた。
その瞬間、私の指が止まった。
「……あれ? ここ、ものすごく良いことが書いてあるぞ」
当時の自分が引いた赤ペンの線が目に飛び込んできた。
手にとった瞬間、この子を愛したときの思い出が蘇り、
気づけば正座のまま、その本を熱心に読みふけり、あっという間に30分が過ぎた。
「……うん、この子は、捨てられんな」
気を取り直して、2冊目。
途中で読むのをやめていた本だ。
「これは最後まで読まなかったんだから、さよならしてもいいだろう」
そう思って目次を開く。
気になったページを、少しだけ読む。
面白い。
驚くほど言葉がスッと染み込んでくる。
気がつけば20分が過ぎていた。
この子も、残留である。
3冊目は、数年前に買った薄い文庫本だ。
手にとった瞬間、出逢った日のことを思い出し、心臓がドクドクと脈打ち始めた。
残業続きで、ろくに本も読めなかった頃だった。
仕事帰り、ふらりと入った書店の平台で、この子と目が合った。
一目惚れだった。
今、表紙を眺めているだけで、あの日の胸の高鳴りまでよみがえってくる。
「やっぱり、君を手放すなんて絶対に無理だ」
こんな出逢いをした愛おしい人を捨てるなど、血の通った人間のすることではない。
本棚の一等地へ戻そうとした瞬間、勢いよく、部屋のドアが開いた。
妻が腕を組みながら、上から見下ろしていた。
私の額からツーッと汗が伝う。
妻が低く、静かな声で言った。
「……で、何冊減ったの?」
私は本を抱きしめたまま、震える声で答えた。
「いや、あの……全部。全部に、ものすごくときめいちゃって……」
「わかってるわよね。約束だからね」
そう言いたげな目をして、妻は無言でドアを閉めた。
パタン。
乾いた音が、部屋に響き渡った。
私にとっては、すべての本が愛おしいのだ。
悩んだときも寂しいときも、いつもそばにいてくれた大事なパートナーなのだ。
もう、断捨離なんてどうでもいい。
たとえ、本当に本の下敷きになって死ぬような日が来ようとも、本望だ。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
宅配便だ。
妻の冷たい視線を背中に感じながら、私は荷物を受け取った。
今日もまた、新しい愛人がやってきた。
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