「59歳の挑戦」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:dan(26年9月ライティングゼミwithAI)
「うっ、分からない」
まだ1問目だぞ。
答えは4択。なんとか2択まで絞れた。
A.テレワーク
C.ワークライフバランス
「どちらでもいいような気がするな」
「う~ん、Aにしておくか」
内なる心の声が止まらない。
ITパスポート試験会場にて、今、試験が始まった!
おいおい、マジか! 気持ちを落ち着かせようと、ペットボトルの水をグイっと飲む。
「あの、そのペットボトルのラベルを剥がしてください」
強い口調で係員から声がかかる。
「えっ、これですか?」わたしは気もそぞろに試験会場に入ったので、持ち込むペットボトルのラベルを剥がす、という受付での注意を怠っていた。
「すみません」と慌ててラベルを剥がし、試験に集中しようとする。
焦る、焦る、早く問題を解かないと。小刻みに震える手で1問目は「A.テレワーク」を押し、次の問題をクリック。
2問目も答え4択中のどれが正解でもいいような意地悪な設問だ。正直、苦しい、これが続くのか、と思うと受験はまだ早かったかと後悔してしまう。
ITパスポート、聞きなれない試験ですよね?
ITの基礎知識を証明する国家試験で、2時間で100問解きます。総合点600点以上で合格です。
わたしのことをIT系のお仕事をされていたんですね。と思われるかもしれませんが、まったく違います。むしろIT音痴です。いやそんな生易しい言葉では足りない。ひと昔風にいうと「おじさんはOA機器が苦手」。まさしくこれだったんです。
新しいPCの設定が一人ではできない。アプリのアカウント管理がさっぱり。会社の部屋を移動するたびにWIFI接続で人を呼ぶ。なんならコピー機すら、両面印刷、出力ソート、ホチキス止めの設定で悩む。自信をもってできるのはメールの送受信くらいでした。
若手社員からは、また岡部さんか~、しょうがないなぁ、と思われていたことでしょう。でも、まぁ、何とか人の手を煩わせてことを済ませていました。数十年も。
昨年、58歳で会社を退職しました。定年退職まであと2年でした。では、なぜ退職したのか? 長―い説明になりますので、ひとまず省きます。
会社を辞めてみてふと気づいたことがあります。当たり前ですが、自分一人なんです。アシスタントがいないのです。わたしは、TV番組や配信プログラムを中心とした映像プロデューサーでした。なので、つねにアシスタントがいたのです。
今思い返せば、全てアシスタントにやってもらっていました。わたしはそれらをチェックしてOKやダメ出しをするだけです。ちょっとした身の回りのことまで。撮影現場で老眼鏡が壊れ、100均までタクシーで適当な間に合わせの老眼鏡を買いに行かせたこともあります。
退職後、ハローワークに提出する申請書類を書こうにも、まともにWordが使えません。Excelで退職後のスケジュール表を作ろうにも罫線すら引いたことがありません。
愕然としました。一人では何もできないのです。
もう「おじさんはOA機器が苦手、てへっ!」という場合ではありません。会社でもただの老害オヤジだったのだと思います。役立たずの自分を何とかせねば! この一心で決意しました。頭の中でロッキーのテーマが鳴り響きました! ロッキーって、まぁ古いですね。
まずは、身体が資本。『脳を鍛えるには運動しかない!』という本に感化され、毎日の有酸素運動を開始しました。同時に月イチのオンライン読書会に参加しました。10月の課題図書はエーリッヒ・フロム『自由からの逃走』です。とんでもなく難解ですが、頑張って読んでいます。「読み」を始めたら「書き」もやらねば、とライティング・ゼミに参加しました。さらに次はハローワークの職業訓練校で、Microsoft 365を学び、WordとExcelのMOS試験(マイクロソフト検定)に合格しました。自分を鍛えなおすことに注力する数か月を送っています。そして、職業訓練校のITの講義でITパスポートというものを知りました。これだ、この試験を受けようと思い立ち、勉強を始めました。ただ、この試験は国家試験です。ITリテラシーゼロレベルからの学習は最低180時間。対策テキストと過去問アプリに毎日必死でかぶりつきました。
何のためにそんな泥臭い努力をしているのか?
リタイアはできない、再就職しようと思ったからです。しかも、映像業界ではなく、一般企業でデスクワークをやってみたくなったのです。
それには、これまでの自分では無理だからです。やってみたくなった、なんてカッコつけている場合でもないんです。住宅ローンや子供の学費など、まだまだ働く理由があるからなのです。
さて、冒頭のITパスポート試験に戻りましょう。
なんと、合格しました!
わたしは1問目からつまづきました。開始1時間がたった頃には、これは太刀打ちできない、無理だ、今回は諦めようと思いました。
試験終了後、数分で得点がPCに表示され、700点でした。
口あんぐりでした。まさか、としか思えませんでした。試験中に再試験の申し込みを考えていたくらいだったので。
「うっ、分からない」が「うぅ、できた」という小さなタメ息に変わったあの一瞬は永遠です。月並みことを言いますが、コツコツ続けたことは無駄にはならない。
ただ自分を信じて猪突猛進!
これが59歳の挑戦です!
≪終わり≫
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