その時は突然おとずれた ―墓じまい―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:刀塚由紀(26年9月 ライティング・ゼミ with AI)
「あたしが死んだあと、あんたたちも遠くに住んでいるから、『墓じまい』していいからね」、元気だったころの母は、そういって笑った。「そうするね。でも、元気なんだからまだまだ先だよ」とこたえた私。その時が突然くるとは夢にも思っていなかった。
2026年7月28日、午後4時27分、熊本で最大震度7(Mj7.1)の地震が起きた。知らせは弟からのLINE。「熊本で地震が起きたらしい」慌ててテレビやネットで情報を集めた。青天の霹靂! 震源地は熊本県宇城市。日奈久断層の真上。元実家のすぐ近くだった。翌日、熊本に住む従弟からLINEが来た。添付されていたのは、全壊したお墓の写真。納骨室の石扉は砕け、骨壺を収めていた石棚も折れ、骨壺は落下してむき出しになっていた。叔母はあまりにひどい状況が気の毒で、私にはとても伝えられないと、息子に連絡を依頼したのだという。従弟は震災の翌日にもかかわらず、雨風を防ぐ応急処置をしてくれていた。
思い出すのは10年前の熊本地震。震度7(Mj7.3)だった。あの時もお墓の石塔は落下し、墓標は倒れ、灯籠や石台が欠けた。けれど近所の若者たちが3人がかりで石塔を持ち上げ、元の場所に戻してくれた。お墓参りの時、「今度地震が来たら、このお墓どうなるかな? きっとまた石塔は落ちるよね。だって、接着してないもの」と私が母に言えば、「そうだね~その時に考えるよ」と母。「その時」が、10年後に本当に来た。
実家はもうない。2025年9月に母が脳梗塞で倒れた。一命をとりとめたものの、回復期リハビリテーション病院で2026年3月末まで療養した。母は、要介護5となり、実家に帰ることはできなかった。弟の住む北陸の地の介護施設へ移った。
実家は、1月に宇城市の「空き家バンク」に登録し、3月に手放すことを決めた。幸運なことに買い手はすぐに見つかり、6月に実家を手放した。熊本に残ったのは、お墓だけだった。母が亡くなったら1~2年後に墓じまいをしよう。そう弟と話し、年に数回のお墓参りを楽しみにしていた。熊本にお墓があることで繋がっていられることが、嬉しかった。その糸が、地震によって突然断たように思えた。
再建するか? 、墓じまいするか? 今後のお墓の管理や金銭面の負担を考え、墓じまいをすることを決めた。単純に遺骨を新しいお墓へ移せばいいという話ではなかった。お墓には祖父母と父の三霊が眠る。まず受入先を決めなければ、何も始まらない。新しいお墓を立てるのか、納骨堂か、永代供養墓か。永代供養にも樹木葬などいろいろな形があることを知った。祖父母は、私の住む地で永代供養墓に、父は、母の療養地の納骨堂へ移すことを決めた。お墓選びの基準は、交通の便、環境、金額、そして宗派。調べて驚いたのは料金の幅で、8万円から30万円までピンキリだった。
お寺を決めて、住職に話を聞いて初めて知ったことがある。墓じまいによる遺骨の移動は、「改葬」といい、墓地埋葬法にのっとった法的手続きが要るのだと。「え~簡単に移動できないのか!」宗派によっては、閉眼供養も必要だという。「なんでもビジネスなんだなぁ」と、驚きつつ手続きを進めた。まず受入先のお寺に「受入証明書」を書いてもらう。お墓は地域の共同墓地だったので、管理寺の許可は要らなかった。宇城市に「改葬許可申請書」を提出し、「改葬許可書」を受領。ここで初めて、遺骨の移動が可能となる。震災で宇城市内のお墓はほぼ壊滅的で、改葬を望む人が多いとのこと。通常2~3日で発行できる許可書が1か月を要した。地元石材店に墓石の処分を依頼したが、1年後という。震災3か月後に訪れた宇城市の被害は想像を超えていた。住まわれている方々のお墓の修復が最優先なのは当然のことだ。
管理している寺はないとはいえ、閉眼供養は必要なのではないか? と思い、実家近くの浄土真宗のお寺に問い合わせたら、「墓じまいに伴う儀式的なことは一切しない」との回答だった。さすが親鸞聖人、徹底した無戒律主義、と苦笑した。
本当に何も知らなかった。60歳を超えて、初めてのことばかり。そうだよね! 墓じまいなんてこれまで考えたこともなかったんだから! 人生が終わるまで、初めてのことだらけ! 選択の日々が続くのだと、改めて認識した。
いよいよ遺骨を移動する日。日帰りができると踏んで、長女と共に朝5時半に家を出た。熊本へは往復約14時間、宇城での滞在は3時間。叔母や石材店の店主立ち会いのもと、遺骨を取り出し、骨壺から骨をジップロックに移して持ち帰った。30年以上たった貴重な先祖の遺骨のはずなのに、袋に収まったとたん、ただの焼けた骨。あの不思議な感覚は、言葉にならない。後日、遺骨はそれぞれの新しい墓へ無事に納まった。まだ墓石の処分は残っているが、墓じまいはひとまず終わった。終われば、なんだかあっけなかった。
故郷にお墓はなくなったけれど、糸は切れてはいない。そこには確かに熊本で生きてきた時間があるから。でも、ちょっとだけつらい。せつない。涙がこぼれた。
この経験が、読んでくださった方の「その時」の助けになれば幸いです。
《終わり》
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