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週刊READING LIFE Vol.29

予兆は事前に起こっていた。ただ気が付かなかっただけだ《週刊READING LIFE Vol.29「これがないと、生きていけない!『相棒アイテム』」》


記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

フォークソング『神田川』の世界を知っている世代にとって、すぐ後のヒット曲『ルージュの伝言』の歌詞には、多少なりともショックを受けた。何がって、風呂場(多分、鏡)に口紅で捨て台詞を書いてしまうからだ。それまでにも海外の映画等で何度か、そういった情景を観た覚えはあったが、それが日本でも通り始めたことに驚いたのだ。
当時の日本は、単身者用の住宅には風呂など付いてはおらず、下手するとトイレや洗面所、果てはキッチンですら共同だったりした。また、男子学生の中には、二食の賄(まかない)が付いて、2・3人が一部屋で生活する学生寮で暮らしている者も居たりした。
そんな時代でも、連絡は主に電話だった。手紙しか連絡を取る手段が無かったのは、昭和中期までだ。またこの時代、電話といえば屋内に在る固定電話か公衆電話のことを指していた。インターネットやメールはおろか、携帯電話ですらSFの世界だった時代だ。
当然、風呂無しアパートが主流の時代は、自室に電話を持っている者など皆無だった。当時、一人住まいの友人のところに遊びに行った時等、テレビ、それも白黒テレビが在っただけでも豪勢に見えたものだった。アパートに共同のアンテナなど設置されてはおらず、ラジカセに付いている様な簡易なアンテナで、しょっちゅう乱れる映像を当たり前に思って観ていた。
電話が無い為、連絡に苦労した。寮や、気の利いた大家さんのアパートは、呼び出し電話といって、大家さんの電話を使わせてもらうことが出来たが、それでも深夜や早朝は無理だった。
我慢していた訳では無かったのだ。まだ時代が、そこまでしか行っていなかっただけなのだ。
 
その点、自宅住まいの者は電話で簡単に連絡が取れた。しかし、困った点もあった。特にガールフレンドが、自宅住まいだった時には。
先ず、電話でカノジョとの連絡は取れるのだが、こちらから掛けた時に、カノジョの父親や兄貴に出られた時には、毎回冷や汗をかいたものだった。その上、自宅住まいということは門限が有るので、夜遅くまでデートすることが出来なかった。また、長電話をして始終叱られたものだった。
私はその対策として、学生になり初めてまとまったバイト代が入った時に、自室に自費で固定電話を敷いた。外国映画で見たシーンを想い出し、ケーブルは一番長い10mのものにした。電話を掛けながら自室を歩き回るシーンが、妙にオシャレに観えたからだろう。
もっとも、私の自室は6畳しかなく、10mのケーブルはいつも丸まっていたが。
 
昨今では、固定電話を持たない若者が殆どらしい。誰もがスマホを持っているので、仕事以外で使用することがないので納得だ。
しかし、私は今でも固定電話を敷いている。理由は二つ有り、固定電話が仕事と共用なことと、Wi-FiをNTTのものを使っているからだ。当然このところ、電話が鳴ったためしは無い。例え鳴ったとしても、妙な勧誘電話ばかりだ。
こうなってくると、オレオレ詐欺に代表される特殊詐欺を防止する為に、老人の固定電話所有を無くしてしまえと言っていた、評論家の暴論も何となく理解してしまいそうになる。
 
昨年引っ越した私だが、その手続きの殆どを電話で済ませた。
引っ越して来た共同住宅は、ケーブルテレビが敷設されている物件で、後で聞いたことだが、通常は固定電話も同じケーブルを使って持ってくるのが普通だそうだ。ところが、NTTとの個人契約という形で、独自の線を持ってくることも可能らしい。私は、よく確認せずに個人契約を結んだ。
また、ケーブルテレビのチューナーが、私の様な多数のレコーダーを同時に作動させる様なテレビマニアには、全く相性が悪いということに、引っ越しを済ませてから気が付いた。この処理に気を取られて、この後に起こる大事件に気が付くのに、余計な時間を費やすことになってしまったのだった。
 
ケーブルテレビが敷設されている建物は通常、電話やWi-Fiも共用のケーブルで持ってくるそうだ。テレビレコーダーを自由に使いたい私の様な者には、協調アンテナという、建物独自のアンテナが設置されているらしい。ただこれは、分譲の集合住宅の話であって、私の様な賃貸物件に住む者には叶わぬ話のようだった。仕方なく私は、個人でBS受信用のパラボナアンテナを購入し設置した。
その間各所に問い合わせた時に、
「電話線を使って、テレビアンテナを引き入れてはどうか」
との提案を受けた。しかしながら、ケーブルテレビの物件だった為か、テレビアンテナを引き入れることが出来ないことを知らされた。この為、パラボナアンテナを自費負担せねばならないとの結論に達したのだった。
この時、Wi-Fiのこと等、全く頭には浮かばなかった。
 
ただし、私が借りた部屋が、運悪くDoCoMoの電波が届きづらい場所に当たっており、Wi-Fiを使って携帯の電話を増強する装置を置いてもらった。
このときも、まさか最悪の事態の原因になることに気が付くことは無かった。
 
年が明けてしばらくした日だった。
夕刻に帰宅してみると、どこか様子がおかしかった。電灯は点いたし、テレビも点いた。ところが、PCを立ち上げメールチェックをしようとしても、いくら経ってもつながらなかった。Wi-Fi用のルーターかモデムの故障かと思い、行きつけのPCレスキューショップに電話してみた。新型のルーターを無料で受け取れるとのことだったので、家にある全てのPCとスマホを持って早速向かうことにした。
携帯の電波が飛び飛びだったのも、ルーターのせいでWi-Fiがつながっていない為と、勝手に判断してしまっていた。
 
ショップで新しいルーターを受け取り、PCその他の設定をしてもらった私は。安心し切って帰宅した。早速ルーターをつなぎ、PCを設置した。私のPCは、デスクトップ型だ。
ところがだ、やはりPCがうまくつながらないのだ。どうしたものかと思い、ショップに電話を掛けてみた。対応してくれたスタッフに説明すると、
「山田さん。もしかして、電話がつながってないじゃないんじゃないですか?」
と、虚を突かれることを言われた。そんな訳は無いと思いながら、固定電話の受話器を上げてみると、やはり受話器からは何の音もしてこなかった。
既に時計の針は、20時に達しようかとしていた。この時間では、どこの故障受付にも問い合わせは掛けられない。私は、これまでにない位の不安な夜を過ごす羽目になった。
天狼院への提出物の締め切り日で無かったことが、せめてもの救いだった。
 
固定電話は、次の日には故障個所が治り、無事使えるように復旧した。Wi-Fiや携帯電話も今まで通りつながっている。
思ったことがある。昨夜の大事件にもかかわらず、騒ぎ立てたのが私一人だったということは、50世帯近くが住んでいるこの集合住宅で、個人で電話契約している者が私一人だと証明されたことだ。または、電話は勿論、Wi-Fiを常時使っている人がほとんどいないことにも驚いた。
 
そして私は改めて、固定電話こそが私にとってMustな相棒だと気付かされた。
テレビでは丁度、8年前の震災の報道をしていた。なんでも、災害時には携帯電話より固定電話の方が安定してつながるそうだ。
これからも私は、この相棒と一緒に生き続けることだろう。
 
今後は、相棒の機嫌や具合が悪くなる予兆にも、十分に気を付けていこう。

 
 
 
 

❏ライタープロフィール
山田THX将治(山田 将治 (Shoji Thx Yamada)

READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり

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2019-04-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.29

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