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週刊READING LIFE vol.244

小学校5年生で弟を育てていた私が64歳のいま思うこと。《週刊READING LIFE Vol.244》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/12/18/公開
記事:ひーまま(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「もう死ぬしかないな」
小学校5年生の私は、ある日そう思った。
人生って言えるほどの年月まだ生きてないけど、もう死ぬしかないなってそう思った。
 
私の家は広島市の西のはしにあって、駅まで徒歩で8分くらい。
小高い山のすぐ下に我が家はあった。山の上には「旭山神社」という古い神社があって明けがた6時になると神社から(どーんどーんどんどんどん)と太鼓の音が聞こえてくる。
 
(ああ~また朝が来た。)そう思った。昨日も幼い弟が夜中まで眠ってくれず一晩中おんぶしながら部屋の中を歩いていたんだ。
弟はまだ4か月、やっと首が座っておんぶひもができるようになって本当にかわいい。少しの時間なら一人でお座りもできる。
かわいい弟だけどずっとおんぶして家の中をぐるぐる回ることに本当に疲れていた。おんぶしている間はすやすやと寝てくれるのだが、そっと布団におろそうとするとたちまちおろされることに気が付いて「ふぎゃああ~」と泣くのである。
 
どんなに気づかれないようにおろしても駄目である。
眠い目をこすりながら子守唄をうたう。
「ねんねんころりよ~おころりよ~坊やはよい子だねんねしなあ~」弟は子守唄を聞きながらすやあっと眠ってくれた。
そんな日は寝かしつけ大成功デイだ!
 
そのころ父はホテルマンをしながら開店した夜のお店が忙しく、帰ってこない。母は夕食の準備をしたらすぐにそのお店に出勤するママさんだった。
父も母もお店を終わらせて帰ってくるのは夜中の2時か3時。
少しでも両親を喜ばせたくて、父と母の布団をひいて、お茶づけの準備を食卓の上にしておく。
(今日は早く帰ってこれるかなあ。お茶漬けの用意しといたけどよろこんでくれるかなあ)そんなことを思いながら私も布団に沈没。
 
今思い返せば、10歳の私に赤ちゃんをまかせて、しかもまだ7歳の妹もいてそんな子供3人を置いて行けたものだと首をかしげたくなるのだが、10歳の私は大まじめに「頑張ります。どーんと任せてください」と思っていたのだった。
 
ところが2時3時に寝た子供が朝7時から起きて、自分で朝ごはんを作り学校へいくことはそんな生活が半年も続いたころできなくなっていった。
 
朝になるとお腹が痛くなる。本当にお腹を下してしまう。トイレから出られない。学校に連日遅刻の常習犯になって先生から叱られる毎日。夜寝ていないので学校では眠気が取れなくて思わず授業中寝てしまう。
 
そんな毎日を過ごしていた時である。その事件は起きた。
いつものように眠い目をこすりながら授業を受けていた時、突然に先生が大きな声でこう言った。
「今日、悲しいことが起きました。○○君の持ってきたお金が無くなりました。誰とは言いません、正直にいま先生に手を挙げて告白してくれたら決して怒ったりはしません。いまから全員顔を机に伏しなさい。 今から3分待ちます。お金を取ったものは手を挙げなさい」
 
先生はそう言い放つと教室の中を、こつこつと靴音も高く生徒の間を回り始めた。(そんなことした人おるんかなあ? こんなことして手を挙げることってできるんやろか?)わたしはそう思って机に顔を伏せていた。
 
教室を一回りした先生は「誰も手を挙げませんね。嘘をついても必ずばれますよ。もう少し時間をあげますから、本当に正直に手を挙げなさい」次第に怒ったような声になった先生が、再度教室を回っていく。と思った瞬間。先生は私の横に立って私の背中をつついたのだった。
 
心臓が口から出そうになるくらい驚いた私は(先生は私がお金を取ったと思っているんだ)と思った。
血の気が引いて顔色がなくなっていくのが自分でもわかった。
 
でも事実そんなお金を取ってはいない私は手のひらをぎゅっと握りしめて動かなかった。
 
先生は何度か私をつついたあと。溜息交じりにこう言った。
「本当に情けない、正直な人はこの組にはいないんですね。それでは仕方がないので一人づつお話を聞くことにします」先生は私を一瞥して机にすわった。
 
一人づつ先生の机に呼ばれ、今日の朝から教室のどこにいて誰といて何をしていたのかを問いただされて、中には泣き出す人もいたが、私は育児の疲れで休憩時間も机で寝ていました。ということができなくて真っ赤な顔をして「私はしりません」としか言えなかった。
 
先生は「そうですか、一回あなたの家には家庭訪問に行きます」と告げられた。クラスメイトはひそひそと先生の態度から何かを感じたのだろう、私をちらちら見ながら遠巻きにしていた。
 
(私は弟の世話で夜も眠れてないんだよ。家に帰ったらすぐに洗濯とお風呂を沸かさないといけないんだよ。みんなと遊ぶ時間もないのに誰にも話せないんだよ)声にならない私の心の叫びだった。
 
そして翌日先生は我が家を訪問してきた。
玄関先には父と母。二人とも今から夜のお店に出勤するようなそぶりもみせない。先生は開口一番「最近遅刻ばかりするし、学校へ来ても居眠りばかりしています。宿題もしてきません。家庭ではどんな様子なのですか?」と厳しい口調で話し始めた。
 
私は奥の部屋で弟を抱っこして聞き耳を立てていたが、父も母も先生に同調して「この子はおっとりしててのろまなんです。しっかり言い聞かせますので、家庭にはなんの問題もありません」と伝えていて私は膝ががくがくするような思いだった。
 
(なんで私が子育てしてるって言わないのか? 自分たちは夜のお店をしているって言わないのか?)大人ってそんなもんなのか?
いったい誰を信じて誰を頼ったらいいのか? 10歳の私にはわからなかった。
 
それでも赤ちゃんの弟は目に入れてもいたくないほどにかわいくて、この子のためなら何でも頑張れる。そう思いを新たにしたのだった。
 
誰も相談できない。誰も信じられない。誰も頼れない。
「もう死ぬしかないな」そんな気持ちが沸き上がってきた。
 
その日から私は、どうやって死んだらいいのか? をいろいろ考えてみた。溺死をかんがえて、お風呂の中に顔をつけてみたのだが、あっという間に苦しくって「ぷはあっ!」と顔を上げてしまった。
凍死はどうか? と夜になって妹と弟を寝かしつけた後、裏庭に寝てみた。雪は降っていなかったが寒い冬の日だった。
10分くらい寝ていると、裏山から獣の歩くような音がする。しかも寒すぎて震えが止まらない。あんまり寒いので家に入ってしまった。
 
手首を切ろうとしたが痛すぎたし、ガス栓をひねろうとしたが、思わずガスのにおいに(これは妹と弟まで巻き込んでしまう)とハッとしてやめた。
 
汽車に飛び込むのも、車にとびこむのも勇気が出なかった。
 
最後の手段だ。と二階の窓から落ちることを考えて窓枠にぼんやりと座っていたところ、本当に窓枠から滑り落ちそうになってあまりの恐ろしさから私は思わず窓枠にしがみついた! なかなかよじ登れず苦労して部屋に倒れこんだところで、いったい自分は何をしているのか?! 「死ぬ」ってこんなに大変なことなんだ!
 
怖すぎるし大変すぎる。しかも遺書の一通でも書いておかなければただの犬死にじゃあないのか?
 
と思えて心底「死ぬ」ことのあほらしさを思い知ったのである。
 
それまでも家庭の事情であまりにも苦しくつらかった時に、必ずと言っていいほど「本」が私を助けてくれていた。
いろんなお話が私を勇気づけ、励ましてくれた。
 
その時に読んでいたのがトルストイの「イワンの馬鹿」と宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩だった。
 
イワンの馬鹿を見てみてごらん。どんなに誰から馬鹿にされようといつもしっかり働いて、損得抜きに人のためになるなら何でもあげてしまう。ただの馬鹿じゃない大馬鹿だ。
悪魔さえ退散させてしまうほどの馬鹿が世の中に増えたら、もしかしたら世界は平和になるんじゃない?
 
世界が平和になりますように。というフレーズを私は幼稚園の頃から父に叩き込むように聞かされて来ていた。
広島の意味を考え続けていた父だった。
 
この「イワンの馬鹿」と「雨ニモマケズ」は私の命の恩人だとさえ思う。「馬鹿でもいいんだ」「でくの坊でもいいんだ」と死にたかった私を励ましてくれた。
 
「死ぬ」ことに失敗した私は、中学校に上がると同時に自分の性格を180度変えることにした。これほど死ぬことが大変なのであればどんなこともできるかもしれない。と思えたからだった。
 
子育てで疲れて学校で居眠りをしていた私は、中学からは自分から積極的に友達を作り、人を楽しませる人間になろうと思ったのだった。
 
その時に助けてくれた本がある。「人に好かれる」という一冊のほんで、基本的に人に好かれるにはどうしたらよいのか? が事細かに書かれていて、それを最初から実践してみたのだった。
 
その1は「笑顔」の練習だった。
朝起きたら鏡を見てニッコリ。夕方にはお箸をくわえてニッコリの練習。笑うときにはどんな笑い方がいいのか? 大声で笑う練習というのもやってみた。
その2は挨拶である。
「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」
「今日はいい天気ですね」など、まあ中学生が使えるフレーズは少なかったが毎日練習してみた。
 
その3に人に興味を持つ。相手の喜ぶ話をする。だった。
そこで私はその時のクラスメイト全員に生年月日を聞いて回り。星占いを一人一人調べて、メッセージカードを作った。チャンスを狙ってこれがあなたの星座よ。とカードをプレゼントするのである。
 
この星座作戦は一番クラスメイトにウケた。
さながら私はクラスの専属占い師のようになってみんなの性格や相性を見てあげた。まだ当時星占いはメジャーではなかったのでみんな興味を持ってくれてのである。
 
そうこうして頑張っているうちに、中学1年生の終わりにはお別れのサイン帖にみんながサインを求めてくれるようになり、私はクラス一の明るい性格! と言われるまでになったのだった。
いま64歳という年齢になってしみじみと思うのだが、あの時死ななくって本当に良かった!!! そして死ぬことに失敗して本当に良かった。
 
そして死ぬ気で性格を、クラス一番暗い人間から、クラス一番明るい人間に生まれ変わって本当に良かった。
 
もしかしたら今こうして子供3人に恵まれて、孫が3人いるような人生はあの時終わっていたかもしれない。
それから以降の人生も、波乱万丈、七転八倒の連続だったのだけれど。いまはっきりわかるのは自分だけでは越えてこれなかったような奇跡的な人とのご縁と「本」との出逢いが今の私を作ってくれている。
 
世界は一人一人の「個」でできているんだけど、決して「孤独」の「孤」ではないんだよね。
 
目の前のたった一人の人となら手をつなぐことができる。
たった一人でいい。目の前に来た人を大事にしよう。
そうやって生きてきた64年だ。そうやって世界はだれかと誰かでつながっているんだなと思う。
 
世界はみんなつながっているんだな。と思う今日64歳と11か月。
生きててよかった。家族ができてよかった。そんな今日の良き日です。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ひーまま

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の64歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

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2023-12-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.244

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