週刊READING LIFE vol.249

ショートケーキは私のお守り《週刊READING LIFE Vol.249 香り》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/2/12/公開
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
「料理って得意じゃないのよね」
口癖のように母は言う。母方の祖母はいくつもレシピを考案して家族にふるまう人だった。それが普通として育った母は「アレンジ力の低い自分は料理が苦手」と思っているようだ。娘の私からしたら単なる思い込みではないかと思う。
母は友人の家に遊びに行ったときに出てきた料理が「美味しかったから」とレシピを聞いて作ったり、外食した際に「こんな食材の使い方があるのね。今度やってみるわ」と言って数日後に我が家で再現したりする。
味はどうかというと、全体的に薄味で食べるとほっとする味だ。新しいレシピのときは「初めての料理」と気がつくものの、母が作ったことを感じさせる何かがある。「おいしい」とか「まずい」という言葉では表現できない、私にとって身近で無くてはならない味だ。
 
料理に苦手意識があるため、母はお菓子作りも積極的にはしなかった。
私には0歳のころから付き合いのあるサトちゃんという幼なじみがいるのだが、サトちゃんのお母さまはいつもお菓子を作る人だった。サトちゃんの家で遊んでいると「3時のおやつよ」と声が掛かる。手作りのクッキーやケーキはどれも美味しかった。夏はアイス替わりにと凍らせたバナナをもらうこともあった。バナナの熟した甘ったるい香りとネチョッとした食感が苦手だったが、冷凍バナナからほのかに感じる甘い香りとシャリシャリした食感は大好きだった。
 
サトちゃんの家から帰る度に「今日は手作りのクッキーをもらったよ」「サトちゃんのお母さんが作るチーズケーキおいしかった」「なんでお母さんはお菓子を作ってくれないの?」と私がうるさく言うので、根負けした母はオーブンを買ってお菓子を作ってくれるようになった。パウンドケーキや蒸しケーキなどシンプルなものが多かったが、我が家でも手作りのお菓子が食べられることが嬉しくて「オーブンでお菓子作って!」とよく催促していた。

 

 

 

そんな母だが、欠かさず年に5回作るお菓子があった。イチゴのショートケーキだ。
我が家はみんな冬生まれで、父が12月、母と姉が2月、そして私が1月だ。家族の誕生日に加えクリスマスには必ず母のお手製のショートケーキが食卓に並ぶ。もちろんスポンジから作られたショートケーキだ。母が結婚当初に通っていた料理教室で教わったレシピで、今は姉と私が引き継いでいる。
 
材料はいたってシンプルで薄力粉80グラムに砂糖120グラム、そして卵5個と香り付けにバニラエッセンスと少量の油だ。
 
薄力粉を粉ふるいにかけてダマが無い状態にしておく。できあがったらすぐ火に掛けられるよう、鍋を弱火で温めておく。
 
卵は卵白と卵黄に分ける。スポンジを作る上で一番重要でやっかいなのがメレンゲ作りだ。メレンゲのでき具合がスポンジのふくらみに大きく影響するからだ。メレンゲ作りに取りかかるとき、母はいつも「絶対に水が入らないようにしなきゃだめなのよ。卵黄も入らないようにね。そうしないと固まらなくなっちゃうから」と口をすっぱくして言う。歳を重ねて母から姉や私に作り手が変わって何年経っても毎度同じことを言う。
 
ハンドミキサーを使えば簡単なのだが「片付けるのが面倒くさい」と言って毎回泡立て器を使っていた。作り手が代替わりしても「ケーキは泡立て器で作るもの」という考えが定着していて、あったはずのハンドミキサーはどこかに消えてしまった。きっと引越しのときに捨てられてしまったのだろう。
 
必死に泡立て器で泡立てるのだが、卵5個分の卵白はなかなか固くならない。ボールに泡立て器があたるカシャッカシャッという音がキッチンに鳴り響く。途中砂糖を加えながら奮闘を続けること数分、でき具合を確かめるためにボールを逆さにしてみる。すこしでも垂れそうになったら、まだまだの証。さらにカシャッカシャッと泡立て器を鳴り響かせながらメレンゲ作りに勤しむ。
もう一度ボールを逆さまにしてみる。まったく垂れないのを見て「ツノが立ったね」と母が言ったらメレンゲのできあがりだ。
 
メレンゲ作りでクタクタになりながら、今度は卵黄の泡立てに精を出す。砂糖を加えてカシャッカシャッと泡立てていくうちに卵黄がオレンジ色から黄色に変わったらできあがりだ。卵白ほど気を遣わずにできるのがありがたい。
 
メレンゲに卵黄、薄力粉を混ぜ込んでいく。ポイントは切るように混ぜることだ。木べらで大きく切るように混ぜながら空気を含ませていく。コトンコトンと木べらがボールに当たる優しい音を響かせながら、均等に混ざり合うように仕上げていく。途中でバニラエッセンスと油を垂らし、よく混ざったのを確認して完了だ。
 
型に流し込み、空気を抜くために数センチ持ち上げて机に落とす。
温めておいた鍋にそろっと入れ、1時間から1時間半程ごく弱火で焼いていく。母曰く「スポンジケーキは絶対ガスで作るほうがいい。ガスだとフワッと膨らむの。あのフワッとした感じはオーブンでは出せない」らしい。なので今でも我が家ではガスでスポンジを焼いている。
 
1時間程経つと甘くて優しい香りが立ちこめてくる。どこで火を止めるかは母の勘だ。火の番は今も母の仕事でお任せしている。
 
ふっくらと膨らんだスポンジを鍋から出して外気に触れさせ、少ししぼんだところで品評会が始まる。「今回はいい感じに膨らんだね」「思ったほど膨らまなかったね。なんでだろう」「泡立てが足りなかったなか」「焼いてるときはいい香りしてたよね」
どんなときも「でも味は一緒だもんね。いいでしょ!」となり、夜まで置いておく。
 
誕生日もクリスマスもケーキを食べるのは夕食後と決まっている。
「今日はケーキがあるからね」を合い言葉に夕食は食べ過ぎないように気をつけ、食後のまったりタイムを挟まずにデコレーションに取りかかる。
 
日中メレンゲ作りで疲れた体に活を入れ、今度は生クリームの泡立てだ。
大さじ一杯の砂糖と香り付けのブランデーをたらりと流し込み、カシャッカシャッと生クリームを泡立てていく。ここ数年の我が家のブームは流れ落ちるような柔らかい生クリームだ。以前はしっかり泡立てていたが、今はスポンジに少し染みこむくらいが舌触りもよく好評だ。
 
母や姉に比べ腕力のある私が生クリーム作りに取りかかる中、姉がイチゴの準備をする。ケーキの中に入れるように薄く切ったものと、ケーキの上に乗せるように半分に切ったものを準備し、余ったイチゴは私の口の中に消えていく。生クリーム担当のご褒美だ。
 
スポンジの側面に切り込みを入れ、二つに分ける。台になる方に生クリームをたっぷり載せ、薄くスライスしたイチゴを並べていく。蓋をするようにもう片方のスポンジを上に載せ、生クリームを塗っていく。売られているケーキのように真っ平らにクリーを塗ることができず、波立ったような出来栄えになるがご愛敬だ。上に載せるように切ったイチゴを均等に置いたら完成だ。
 
一緒に楽しむお茶の準備をしながら、ケーキを切り分けていく。
本来であればホールの状態でお祝いをした後入刀するのだろうが、いつからか食べられるようにセッティングしてから「おめでとう」というスタイルに変わった。
 
「甘い物を食べ過ぎると体に良くない」と言って甘いものを控えている父も手作りのショートケーキは別物のようで、しっかりと食べる。まずはケーキ半分を四人で食べたあと、おかわりタイムが始まる。いつもは夜のスイーツを控えるようにしているが、このときだけは我慢せずに食べるようにしている。なんと言ったって年に5回しかない楽しみだ。
以前は翌日に残ったケーキを楽しんでいたが、今は一人暮らしをしているため食べた後自分の家に帰るので、その時しか食べられない。そんな理由もあり遠慮無くおかわりをしている。
 
市販とは違い、手作りのスポンジケーキは空気を多く含んでいて軽い。取り分けるときや食べている最中に倒れそうになる。そんなときは「お行儀悪いかな」と思いつつ、手で抑えながら食べている。気がつくと香ばしさとほのかな甘みの混じったスポンジの香りが手に付き、食べた後も自分からショートケーキの香りがして幸せな気分になる。
 
「今日もショートケーキ食べられて良かった。歳をとると億劫になってケーキ作りとかできなくなっちゃうのよね。でもお姉ちゃんとあなたが作ってくれるからケーキを楽しめてお母さん嬉しいわ。今度いつ帰って来られるの? 待ってるわね」母の優しい笑顔に見送られながら、一人暮らしをしている家に戻るため寒い夜道を帰る。
 
会社は実家から通える距離のため、どうしても一人暮らしをしなければいけない理由はない。末っ子の私に甘い家族のもとにいると、いつまでも自立できないと思い家を出た。
一人暮らしで苦労したり寂しくなることはない。そう遠くないところに家族が住んでいるということもあるが、一人でいることが苦にならないタイプなのだろう。楽しく過ごしている。
 
それでも暗い夜道、寒空の中光る星たちを見ながら歩いていると寂しい気持ちになる。広い世界に自分が一人でポツンといるような錯覚を覚える。そんなとき、指についたショートケーキの香りがふっと漂ってくると「私は一人じゃないんだ。だって楽しく一緒にケーキを囲む家族がいるじゃん」と温かい気持ちになる。自分が家族に大切に守られていることを感じる。

 

 

 

私がカフェでケーキを頼むときやテイクアウトするとき、ショートケーキを買うことはほぼ無い。数日前テイクアウトしたときも一番人気がイチゴのショートケーキで二番人気がモンブランと紹介されていたが、迷わずモンブランを購入した。
 
なぜだろうと考え辿り着いた答えは、私にとって「ショートケーキは家で作るもので買うものではない」からだ。
市販のショートケーキのスポンジはきめ細やかでしっとりとした食感に作られていて、クリームは芸術的な美しさで均等に塗られている。ケーキに載っているイチゴは真っ赤で甘みが強く形もよい。キラキラ輝くイチゴの赤色、積もりたての雪を彷彿とさせる生クリームの白色、生まれたてのひよこのようなスポンジの白みがかった黄色のグラデーションは美しい。ケーキの王様と言っても過言では無い。たくさんのケーキが並ぶ中でも異彩を放っている。
 
それでも私はショートケーキを選ばない。
 
私の中では母が若かりし頃に習ったレシピで作るものがショートケーキであり、暗い夜道を歩く私を元気づけてくれる芳ばしく甘い香りを放つショートケーキこそ私の求めるショートケーキなのだ。
 
もうすぐ母の誕生日だ。そしてその二週間後には姉の誕生日がある。今年も手によりを掛けて、ちょっと不格好だけど家族の大切な誕生日を祝うショートケーキを作ろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)

兵庫県生まれ。千葉県在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を絶賛受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。

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2024-02-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.249

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