週刊READING LIFE vol.48

カインが教えてくれた国際社会《 週刊READING LIFE Vol.48「国際社会で働く」》


記事:田澤 正(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)
 
 

皆さんお元気ですか?
 
今、ハーバードに来て1ヶ月が経ちました。この後、1ヶ月でMC・MPAのサマースクールが終わり本格的な授業が始まります。
ここの修士の学生は平均年齢40歳、皆がそれぞれ全世界で、それぞれの分野でプロフェッショナル。強いパブリックマインドを持っています。
 
今後世界で通用する人材を目指し、取り組んでいきます。
今後は国連機関での活躍を視野に、成長して生きます。
 
では。
 
フェイスブックに流れて来た友達の投稿。
 
国際社会で働くというのは、こういう感じなのかな。国際社会で働くためには、こうした学びがなければいけないのか?
 
いや。違う。
自分の中での「国際社会で働く」は違う。
国際社会で働くと言われてリアルに思い出すのは、違った。
カインの事を思い出す。
 
カインとは、20年前に出会ったベトナムから来た陽気な男。彼こそ、自分にとっての「国際社会」
 
当時。自分はあるメーカーの営業職としてつくば市に暮らしていた。
 
当時のつくば学園都市。
走っても、走っても同じ並木道。
赤い看板のラーメン屋さんばかり目に付く。
遊ぶ場所もあまり無い地方都市。
中心街から離れた1Kのアパートに1人暮らしていた。
 
新入社員。初めての一人暮らし、初めての土地。
初めての仕事。
毎日の激務。朝から晩まで追われていた。
 
逃げ場が無い。
ストレスを発散する場所も時間も、友達もいない。
つくばでの一人暮らし。
彼女も。
 
ただ、毎日、仕事をしてラーメンを食べる日々。
もう限界だった。少し心も壊れていたと思う。
 
会社で唯一心を許せた先輩がいた。
「家にいてもつまらないだろ」
「友達と飲むからお前も来い」
 
心を痛めていたが、家で塞いでいるのは嫌なので
誘いに乗って飲みに行く。
 
連れて行かれたのは、工場跡地みたいな場所の
掘立小屋みたいな場所。まじか。ここ大丈夫か。
 
中に入ると、陽気な音楽をかかり、ワイワイ騒がしい。いるのは東南アジア系の人ばかりだった。
 
最初はビビって、物怖じしていた。
 
なんなんだここは。もう帰ろう。
なんで先輩がここに連れて来たのか分からなかった。
 
先輩から「こいつカイン」と紹介される。
 
カインはカタコトの日本語だが
 
「元気ナイネ」
「ドウシタ」
「イッパイ飲ンデ イッパイ食ベテ イッパイ笑ッテ」
「一緒ニオドロウ」
 
と声をかけてくれた。
 
初めての見知らぬ日本人。そんな自分に全く警戒心はなく昔からの友達にように接してきた。
元気がないことを心配し、一緒に踊ろうとおどけていた。
コイツはなんだ。なんで親切にしてくるんだ。
怪しい。
最初は圧倒され引いていた。
 
よく分からなかったが、彼が底抜けにいいやつで本当に自分のことを心配していることに気付くのに時間は掛からなかった。
楽しい時間を過ごした。
嫌なことも忘れて。
素性もお互いわからない事もあり、陽気なカインの前では、変に遠慮せず素の自分に戻れた。
 
「あいつ出稼ぎで来てタイヤ工場で働いてるんだ」
先輩が教えてくれた。なぜ先輩が知り合ったのかは覚えていないが。カインと先輩は仲が良かった。
 
その後も何度か掘建小屋に遊びに行った。
陽気なカイン。その友達。
いつも元気がない自分を応援し、心配してくれた。
外国の方とあまり接してこなかった自分には、カルチャーショックだった。
 
日本人と同じ。いやそれ以上に親切で。
よく知りもしない自分を、昔からの友達のように
接してくれるカインという男。
 
安い賃金だが、真面目に働き国に仕送りをする。
朝から晩まで異国で働き、夜だけ同郷のみんなと
過ごす日々。
 
彼と知り合い。
日本に住んでるとか、ベトナムから来たなどは
個人レベルでは全く関係無い。
あくまで人と人という感覚を初めて知る。
 
ある日先輩から電話がかかって来た。
「カインが捕まった」
 
彼は、就労可能期間を過ぎた不法滞在者として検挙されたという話だった。
先輩は色々手を尽くしたが。
結局カインは日本にいることは叶わずに強制送還になったと後で聞いた。
 
それ以来彼には会っていない。
 
彼は犯罪者となってしまったが、自分にとっては
掛け替えのない友達だった。
 
今、日本にも多くの海外から来た方達が働いている。外食や小売。人手不足の業種では、海外から来た方が働いているのはもう当たり前。
日本人と遜色ない言葉、接客、仕事。
 
日本で暮らし働いているが、もうすでに自分の周りが「国際社会」なことに気付く。自分の職場にも、中国からきた新入社員が入って来たり。
 
この国際社会で働き、生きて行く時。
 
別に英語も出来ないし、ハーバードで学ぶような素養も無い自分。
 
でも、全然引け目は無い。自分にできることはカインがしてくれたような、優しさ。国とか出身とか境遇を超えたところで、人として接してくれる
感性。インターナショナルマナーは、カインに教わった。
 
これからも自分の周りに広がる国際社会。もし、仕事に疲れ、悩み元気がない若人がいたら。
 
国とか関係なく、一緒に踊ろう! と話しかけようと思う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
田澤 正(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県横浜市出身。
横浜にこの人ありと言われた鳶職の頭が祖父。
大学教授の父と高校教師の母の間に次男として生まれる。

某製薬会社勤務。

音楽、コーヒー、雑貨、本。何気ない日常の景色を変えてくれるカルチャーに生かされて来た。
そんな瞬間を切り取りたいと天狼院ライティングゼミ参加。現在ライターズ倶楽部所属。

趣味はコーヒードリップ、カメラ、ギター演奏。
フィルムカメラは育緒氏に師事。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.48

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