週刊READING LIFE vol.50

年間契約200万の仕事を1ヶ月でクビになった《 週刊READING LIFE Vol.50「「書く」という仕事」》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
 
 

「この話は、なしだ。ごめん。君とは合わない」
説明をしている私の言葉を遮って、クライアントの社長が席を立って、こう言った。
それは、採用のWEBサイトに掲載するコピーのプレゼンテーションだった。
「私は、そんな優しい言葉ではなくて、強く言いたいんだ。君には無理だ」
はっきり言われた。
「みんな、どう思う?」
社長は同席している社員に聞いた。
「社長の言うとおりだと思います」
「私もそう思います」
「コピーが弱いです」
とても統率のとれたいい会社だ。
 
でも、失礼な人だな、とも思った。続けて社長は言った。
「ここまでの作業分、いくら払えばいい?」
もっと失礼な人だなと思った。
とはいえ、とはいえ、である。
「お役に立てず申し訳ありません。お金はいりません」
と言うしかなかった。
2つの嫌な気持ちを抱えながら、電車に乗った。
失礼なことをされた、という腹立たしさ。自分の実力がなかったのだろうか、という悔しさ。
 
「年間200万円で、WEBサイト、パンフレット、すべての販促物のコピーを書ける人をさがしているT社という会社がある。よかったら、やってみる?」
先輩がとある会社を紹介してくれた。フリーランスにとっては、いい話だ。
一発勝負ではなく、安定して1年間契約できる。この収入をベースにほかの仕事をしていければ、少し余裕がでる。しかも、気に入ってもらえれば、何年か使ってもらえるかもしれない。野球でいう複数年契約のようなものだ。
私は、中堅の広告会社をやめて、2ヶ月ほど経った頃だった。不安でいっぱいだった。
実力があってやめたわけではない。このままサラリーマンでいて、いいのか、と思って辞めただけだ。
しかも、前の会社でコピーライターを名乗っていたわけではなかった。CM企画を考えるのがメインのプランナーという仕事の時期が長かった。もちろん、コピーを書くことがなかったわけではない。でも、世の有名コピーライターと言われている人たちからみたら、あなた誰ですか、という感じだろう。
 
それでも、肩書きは多い方がいい。広告全体を統括するクリエイティブディレクター、そして、コピーライター、プランナーを名乗った。そう。肩書きを考えてから、言葉を書き始めたのだ。
 
そんな自分に降って湧いたのが、T社の仕事だった。都内近郊にある、500人ほどの設備会社だった。
まず、社長面談があった。いままでやってきた仕事について聞かれ、答えた。そのあと、会社の中を案内していただいた。
 
「それではまず、採用のためのコピーを書いてもらおうかな。今のサイトには、私の想いのたけが書いてある。それを新しい言葉に変えて欲しい」
社長は言った。
 
サイトのコピーは、よくできていた。会社の成り立ち、戦前から続く伝統、先代から引き継いだ現社長の想い、などなど。これはよい会社に巡り合ったかもしれない、と思い始めたとき、気になる言葉が目に入ってきた。
厳密に書いたら、わかってしまうから、書けないけれど、
「人生にいいことなんかない」という内容の言葉だった。
 
社長の考えはこうだった。
人生は嵐の連続、その苦労を味わうことが人生の醍醐味だ。そう思える人に入社してほしい。
 
このことを強い言葉で、若い人に届く言葉で伝えたい、というのだ。
 
正直、わからなかった。というか、書けなかった。人生は、嵐の連続、そこまでは書けた。
でも、その先が書けなかったのだ。どうしても、希望を入れたいと思った。
苦労を楽しむ。たしかに、60を越えようとしていた社長にとっては、そんな景色が見えるかもしれない。でも、学生生活を終え、これから社会にでようとする若者に、ネガティブなことばかり伝えるのは
いかがなものか。
そんな気持ちがどうしても拭えなかったのだ。
社長の好きな映画を見た、社長の好きな本を読んだ。社長の好きな歌の歌詞を何度も見た。
でも、共感できなかったのだ。
 
「この話は、なしだ。ごめん。君とは合わない」
何度か、プレゼンを繰り返し、こう言われた。
 
数日、ぼんやりした。なにしろ、年間契約のはずの仕事が1ヶ月でクビになったのだ。しかも、無報酬で。自分はやはり力が足らないのだろうか。実力のある人が書いたら、社長を納得させるコピーが書けたのではないだろうか。ネガティブな気持ちが心を占めた。所詮、無理だったのだ。フリーランスなど、無理だったのだ。世の中の誰もが知っているような広告を作っているわけでもないし、広告賞をたくさん獲っているわけでもない自分には、無理だったのだ。自己肯定感は、急降下した。
 
こんなとき、人間は、救われる一言に出会ったりするものだ。皆無だった。
救われる出来事にあったりするものだ。仕事ばかりだった。
少なくとも、救われるきっかけとしての旅をしたりするものだ。時間がなさすぎた。
 
とりあえず、逃げた。重い仕事から逃げた。
数百人の会社の、しかもワンマン社長と対峙するというのは、なかなか重い仕事だ。
社長の考えを理解しなければいけないし、好きなものを知らなければならない、好きになった背景も
知らなければいけない。
 
そういう仕事よりも、もっと具体的な商品をおすすめするような仕事に没頭した。もちろん、そこでも
いいことばかりではなかったが、時々、感謝されたり、反応がよかったり、ということもあった。
そうやって、失った自己肯定感を、取り戻していくことができた。世の中の人を感動させたりすることはない。バズったり、話題になったり、することもない。でも、仕事として成立することで、自己肯定感は取り戻せるものだとわかった。2,3年そんな調子で仕事をし続けたら、T社のこともいつしか忘れていた。
 
「TVCMのコンペに参加してくれませんか」
ある日、紹介で仕事をいただいた。全く初めてのPR会社さんとご一緒した。
「キャッチコピーも書いてもらえるんですよね」
と言われたので、「はい」と答えるしかなかった。
キャッチコピーが重要なプレゼンだと言われた。
薬事法に抵触することなく、でも、消費者が期待できるコピー。
そんなオーダーだった。とにかく書いた。いいものも悪いものも、たくさん書いた。恥ずかしいくらいたくさん書いた。
その中にひとつ、チームのみんながいい、と言ってくれるものがあった。
そのキャッチコピーがいかに効果的か、そこをしっかりと企画書に書いた。
運よくコンペに勝つことができた。
TVCMの制作が始まった。しかし、予想もしない壁が待っていた。
家のシーンの撮影で困ってしまった。撮影場所にちょうどいい、リビングがないのだ。
豪華すぎたり、狭すぎたり、ぴったりくるものがなかった。
 
そこで、久しぶりに、T社のことを思い出した。T社のショールームならば、条件に合うのではないか。数年ぶりに社長にメールをしてみた。すぐに返信がきた。残念ながら、ショールームはなくなっていた。
思い出したついでに考えてみた。
あのとき、どうすれば、社長の考えどおりに、コピーを書くことはできたのだろうか。
いや、書かなくてよかったのだ。
 
広告コピーとはいえ、書けないものは書けない。書きたくないものは、書きたくない。
自分のボーダーラインを越えていたのだ。私のボーダーラインが正解か、不正解かわからない。
でも、フリーランスだからと言って、ギャラがいいからと言って、無理をしなくてもいいんじゃないか。T社社長の考え方は、自分と合わなかったのだ。
 
書くことが仕事になると、2通りの課題がでてくると思う。
書きたいことを書いて、お金をいただけるのか。誰かの言いたいことを代弁してお金をいただくのか。
 
誰かの言いたいことを代弁してお金をいただくことは、なんとかできていると思う。
T社の件があってから、クライアントの考えを形にするということへの切り替えは早くなった。
そして、誰かの言いたいことを代弁することだけでなく、そこに新しい価値を入れ込むことで
お金をいただくことも、毎回ではないが、なんとかやっている。
クライアントの考えをより一歩進めるような提案をしないと、コンペは勝てない。商品の売り上げも上がらない。
 
でも、自分の書きたいことを書いて、お金がいただけるようになれるか。
それはわからない。自分が提供できるコンテンツは書けないのか。
「自分はどうなんだ。何者なんだ」
日々、人様のことを考えていると、この問いがじわじわ湧いてくる。
もういい年なのに。なんとかしたい。だから、この場所で書かせていただいている。
でも、仕事をしながら、書き続けるのも、時間との戦いだ。
連載は大きく遅れすぎ、課題だって満足に出せない。
でも、やめるわけにはいかない。
 
もしかしたら、少なくとも書く仕事において、人生は嵐の連続だ。
そしてわりと楽しい。T社の社長の言うとおりかもしれない。なるほど、これか。
でも、なんだか、悔しい。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.50

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