週刊READING LIFE vol.86

教養を身に着けることが、大人になるための第一歩となった《週刊READING LIFE Vol,86「大人の教養」》


記事:ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
高校生の時、カナダに語学留学をしていたことがある。
大学までの一貫校に通っていたわたしは、高校卒業直前の1月から3月の期間に時間があり、そのタイミングで3ヶ月ほどの語学留学をすることにしたのだ。
 
留学するとなるとシェアハウスに住んだり、ホームステイをしたり、いろいろな形式で滞在先を選ぶことができるが、このときわたしはカナダのとある夫婦の家にホームステイをさせていただくことにした。
2人ともよく働いていて仕事が忙しいのに、ディナーは必ず一緒に食べてくれるとても素敵な夫婦だった。
 
ありがたいことにわたしは、「毎晩ディナーの場でたくさん会話をして3ヵ月でどれぐらい伸びるか見ていこうね」とファザーとマザーに言っていただいていたので、自分からもたくさん会話を振っていかなければならなかった。
 
「今日、友達と図書館で勉強してアイスクリームを食べたの」
 
「大学のアイスクリームショップ? 学生に人気だよね。何味を食べたの?」
 
「バニラ味だよ。石の形をした面白いチョコレートがあって、それをトッピングしてみんなで食べたんだ。見たことある?」
 
「あるある! 僕もそのチョコレートが好きだよ」
 
最初の頃は、わたしがその日一日過ごしたなかで印象に残ったことや、楽しかったことを、日記を書くかのように話していた。ファザーもマザーもニコニコしながら聞いてくれたので、つたない英語でも頑張って話すことができたと思う。
 
1ヶ月もたつと、話せる言葉や使える表現も増えてきて、話に深みが出てきた。わたしのホストファザーはいろいろな知識を持っていて、話がとても面白い人だったので、しだいにわたしがその日あったことを話すというより、ファザーが話題を振ってくれてそこから会話を広げていくということが増えてきた。
 
ファザーは、カナダの歴史の話から最近流行っているスポーツの話まで、会話の引き出しが豊富で教養のある人だった。ファザーは常にいろいろなことに興味を持っており、自分に足りない知識があることを恥じずに気になったことはたくさん質問する。答えると、毎回感心してそれをまた自分の知識として蓄えていき、人とコミュニケーションをとるときにいかすのだ。
 
自分の話すことに興味を持ってもらって嬉しくない人はいない。わたしの場合、日本について聞かれることが多かった。かつ、ファザーがすでに知っている日本の文化について話すこともできたので、知ってくれていることが嬉しくて楽しかった。
 
「日本にはどんなお祭りがあるの?」
 
「着物ってどういう時に着るの?」
 
「お正月って何をするの?」
 
このように、相手の話すことに本気で興味を持ちながらも、相手に合わせたコミュニケーションをとって会話を選んでいくことのできるファザーをわたしは心から尊敬していた
 
ファザーからの日本に関する質問に対して、わたしは一生懸命答えていたのだが、ひとつ、上手く答えられなかった質問がある。
 
「日本はすごく人が多いイメージなんだけど、東京の人口ってどれぐらいなの?」
 
東京の人口……?
そんなこと、考えたこともなかった。考えてみれば自分の国の首都の人口ぐらい、知っていて当たり前のことなのに、わたしは答えられなかったのだ。
 
わたしが考えていると、ファザーは言葉を続けた。
 
「カナダの人口より、日本の首都圏の人口の方が多いらしいから気になって」
 
「そうなの!?!?!」
 
むしろ、ファザーの方がわたしより日本の人口について詳しかった。
あの小さな首都圏の方がこの大きなカナダという国より人口が多いなんて、信じられなかった。日本はとんでもない国である。ちゃんと調べてみると、カナダの人口は約3700万人で日本の首都圏の人口は約3800万人とのこと。全然知らなかった。
 
これをきっかけにわたしは、自分の国である日本のことを全然知らないことに気づき始めた。
 
語学学校に通っているといろいろな国の人に出会うが、みんなそれぞれ自分の国を愛していて、自分の国の政治事情や歴史、国の制度に当たり前に詳しい。
 
「国からお金をいただいてここに来させてもらっているから、本当に感謝しかないんだ」
 
「私の国では複数の言語を習うのが当たり前なんだけど、教師が不足している言語もあるから、その部分を助けられる教師になりたくて。そのために今大学で勉強してるの」
 
国の今の状況、求められている仕事、それをふまえてやりたいことや学びたい学問。
語学学校の生徒の多くは、それらのすべてにとてもはっきりと答えることができた。
 
「ハルカは大学でどんなことを学ぶの? 専攻はなに?」
 
「政策科学っていって……政治とか法学とか社会学とか、いろいろなことを幅広く学ぶんだよ」
 
「へぇー、じゃあハルカは政治に詳しいんだね。それを勉強して、ハルカは将来何になろうと思ってるの?」
 
こういった会話をするたびに、わたしは自分の未熟さを痛感して苦しくなった。わたしは政治に詳しくないし、将来なりたい職業が決まっていて大学に行くわけじゃない。なんとなくここでいいかと思って決めた学部に、なんとなく行くだけだ。そこで何を重点的に学ぶか、将来何を目指すかということは大学に行ってから考えればいいと思っていた。
 
なんなら、日本の大学生は文系のゆるい学部に入っているとあまり本腰を入れて勉強しない人も多い。だから大学は人生の夏休みだと言われていて、自分のやりたいことを自由にやれる期間になっているのだと思う。もちろんそうじゃない人もいるのだけれど、授業に行かずサークルだけ行って遊んでいても、最低限出席してテストで良い点をとりさえすれば、単位がとれてしまう環境もあるのが事実だ。
 
自分の国が〇〇な状況で、〇〇な仕事が必要とされているから、〇〇の勉強をして将来は○○の職業に就きたい。
 
この「〇〇」に言葉をすべて当てはめられるほどの強い意思をもって、大学に進学する人はどれぐらいいるのだろう。あるいは、意思があったとしても大学入学後もそれをキープし続けられる人はどれぐらいいるのだろう。少なくとも他国に比べると、日本には圧倒的にそういう人が少ない気がした。
 
なぜこんなに自分の国について知らなくても違和感を持つことがなかったのか。
なぜ自分がこの先何をしていくか、世の中的には何を求められているのか考えたことがなかったのか。
 
ホストファザーや語学学校の友人と話すたびに、そう感じることが多くなった。みんな、自分の国のことについてちゃんと知っていて、社会のなかでの自分の在り方に意思を持っているのに、わたしにはそういうものが何もない。それなりにちゃんと勉強して生きてきたつもりだったけど、これだけ知らないことがあるということは、知識が不足していて失礼なことをしていたことが今まであったのかもしれない。もしかしたら自分は教養がないとされる人間なのかもしれない、と留学を通して気づいた。
 
3ヶ月目に入り帰国が近づいてきたとき、ホストファザーや語学学校の友人にあって、わたしにないものはなんなんだろうと、本格的に考えるようになった。
彼らは様々なことに詳しくて、いつも強い意志を持っていて、仕事に対する姿勢も前向きで丁寧。
いわゆる、教養があるされる人たちだった。
考えれば考えるほど、自分はそういうところからはかけ離れている気がした。
 
そしてある日、ふと気づいた。
わたしは自分の年齢に甘えていたのかもしれない、と。
 
18歳。
日本では未成年とされる歳。
いろいろなことの責任が、自分ではなく親にある。
 
自分の人生を自分でどうこうしようとしなくても、学校というレールに乗っかって勉強をしていれば、それなりに楽しく賢く生きることができる。
自ら新しい知識をつけようとしなくても教えてくれる先生がいるし、ちゃんとしている気になれる。
日常的にコミュニケーションを取るのは同年代の子どもたちと先生ぐらいだから、深く考えずにしょうもない話ばかりしていても許される。
 
でも、語学学校の友人やホストファザーはそうじゃないのだ。
彼らはもうみんな大人で、自分の人生の責任は自分にある。
社会に出れば知識を持っている前提で仕事に入らなければならない。だからこそ、社会で活躍できるようになるために、必要な知識を選んで自分で勉強していかなければならない。それに上司・部下とか、取引先の偉い人とか、年齢の離れた人とコミュニケーションをとることも増えてくる。仲良くなるためには、最低限のマナーとどんな人とでも楽しく会話ができるコミュニケーション能力や幅広い知識が必要だ。自分の人生を守っていくのは自分だということがわかっているから、生きていくなかで必要な知識を適宜身に着けて、必要な場でそれをきちんと表に出すことができるのだ。
 
わたしは、まだ自分の人生に自分で責任を持てていない子どもだった。もちろん精神的に自立していれば、年齢は未成年でも社会で生き抜くための教養が身についていたり、自分の将来について意思を持っていたりする人もいる。ただ、わたしはそうではなかった。それが年相応なのかそうでないのかはわからないけれど、少なくとも18歳はカナダの一部の州では成人とされる歳。ほかの国でも18歳で成人となる国の方が多く、日本では子どもでいられても、世界で18歳は大人だった。だからこそ、知識を問われる質問をされたり、将来をどう考えているか聞かれたりすることも、よけいに多かったのだと思う。
 
それでも、この3ヶ月を通して自分の意志でどうにかしなければいけないことにもかなり向き合うことができた。
異国の地で、ひとりでバスに乗って、ひとりで授業に向かう。
学校の研修ではないので、授業の時間割以外に1日の決められたスケジュールもイベントもない。
誰とどう過ごして、どこに行って何を学ぶかを決めるのはすべて自分だった。
だから自分で目標を立てて、ホストファミリーや語学学校の友人と話せるようになるために語学をたくさん勉強した。日本の歴史やカナダの歴史も、自分のことやカナダで生きる人のことを知るために学び始めた。
 
「ハルカ、英語がすごく伸びたね。見違えるほど変わったよ」
 
帰国直前、ファザーはそう言って褒めてくれた。3ヶ月間、わたしの英語がどれぐらい伸びるか見てくれていたホストファミリー。様々な知識を持って相手に合わせたコミュニケーションをとることの大切さを教えてくれたファザー。それをニコニコ見守りながらいつもおいしいディナーを作ってくれていたマザー。2人には感謝しかなかった。
 
すっかりカナダが大好きになってしまって、日本でもカナダについての勉強を続けていると、カナダは昔から移民の多い国であることから、多文化主義で多様性を尊重する政策を採用していることがわかった。日本人だからといって浮くことがなかったのは、語学学校の生徒だからというだけではなくて、このような背景もあったからなのだと思うと面白かった。
 
ホストファザーがわたしにそうしてくれたように、今度カナダ出身の人に会ったときは、勉強したカナダのことを話しながら、カナダについてのいろいろなことを質問してみよう。そんなことを思った。
 
自分の人生に責任をもって自分の在り方を明確にし、社会で生き抜くためには、目の前の人と楽しくコミュニケーションをする力がいる。そして、そのコミュニケーションの土台には正しい言葉遣いやマナーはもちろんのこと、相手に合わせた会話内容を選ぶための様々な知識がいる。だから、わたしたちは教養を身につけなければならない。
 
ホストファザーや語学学校の生徒から学んだ教養は、わたしが大人になるための第一歩につながる「大人の教養」だった。この出会いがあったからこそ、自分が何を学ぶべきか、何を身に着けるべきかを考えられるようになって、大学もただ単位を取ることを目的とするだけではなくきちんと学びを得て卒業することができたと思う。
 
といっても、わたしはいまだに大人になりきれておらず、人間的に未熟だったり知識が浅かったりするところがあるから、これからもその時々で自分に必要だと思った知識を適宜身に着けるようにしていきたい。そして、「教養があるね」と言われる素敵な大人になりたいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ゆりのはるか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西出身、東京在住。24歳。社会人2年目。
Webメディアで広告制作の仕事をしている。
趣味はアイドルを応援すること。
幼少期から文章を書くことが好きで、2020年3月からライティング・ゼミを受講し始め、現在はライターズ倶楽部にも所属している。

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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