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週刊READING LIFE vol,113

届けたいから、選ぶんだ《週刊READING LIFE vol.113「やめてよ、バカ」》

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2021/02/01/公開
記事:記事:森本雄大(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「やめてよ、バカ」
 
ふとした瞬間だった。
そう言い放った後、僕は慌てて口をふさぎたくなった。
 
また余計な一言を言ってしまった。そう思わずにはいられなかったからだ。
 
余計な一言で、人との関係がこじれてしまったという経験は少なからず誰しもあるんじゃないだろうか。
ただ自分の気持ちを伝えたいだけなのに感情が高ぶって、上手く伝えられない。
その結果、失敗してしまう。
 
僕自身今まで、何度もそういった失敗をしてきた。
 
特に自分の中で印象的だったのが、大学3年生の冬の出来事だった。
このことをきっかけに、本気で言葉との向き合い方を考えるようになったのを覚えている。

 

 

 

寒空の下、冷たい手をポケットに突っ込んで歩く。

大学生活にもすっかり慣れ、新たな旅立ちに向けて就職活動も本格化してきたころだった。
この時の出来事を、僕は忘れもしない。
 
当時僕は、大学のクラスで仲がいい友達のグループがあった。
いわゆる「いつめん」ってやつだ。
 
2年生まではずっと一緒で、しょっちゅう遊びに行ったり、誰かが誕生日の度に集まってお祝いをしたりしていた。
しかし3年生になるとゼミが始まり、自分の研究やサークル活動に没頭したかった僕は
段々と友達との距離が離れていくように感じていた。
 
極めつけには就職活動が始まり、ゼミと面接を繰り返す日々。
今まで仲が良かった友達の誘いに、快く乗れないことも増えてきた。
 
「ごめん、ゼミと就活が忙しいから、旅行はパスで頼む!」
 
学生最後の思い出を作りたい友達の誘いを、僕は断り続けた。
やらないといけないことに追われて、自分にとって大事なものが分からなくなってきているかもしれないと思った。けれども、どうしたらいいか自分にも分からなかった。
 
そんな中12月中盤に差し掛かると、一人の友達と僕の誕生日が近づいてきた。
例年のごとく女の子が誕生会を企画してくれたのだが、就活が立て込んでいた僕は
今それをしている場合じゃないと思ってしまった。
 
誕生日会といっても、祝うのが本質ではないんだと今なら思える。
そういった会があることによって、それぞれ別々の目標を持ち始めた仲間がまた集まることができる。ある意味絆をつなぐきっかけになるんだ。
 
友達のことが好きだという想い。
友達を喜ばせたいという想い。
 
だからいつも率先して、女の子は誕生会を企画してくれていたのだと思う。
けれども余裕がなかった当時の僕は、そこまで考えを働かせることができなかった。
 
「来週誕生日会やるよ~! もーりーも来るよね?」
 
友達がグループラインで呼びかけてくれる。
話が持ち上がったのは少し前だったが、忙しさにかまけて返事を返していなかったのだ。
 
すぐに返そうとしたが、スマホを操作する指が止まった。
色々な考えが、ぐるぐると頭の中を高速回転する。
 
(待てよ。来週は面接がびっしり入ってる。第一志望の会社もある。そんなときに夜通し誕生日会なんてしてる場合じゃないだろ。これで寝坊したり、万一落ちたりしたら一生後悔する。というか、マジでそれ今やることか?)
 
どうしても万全で面接に臨みたいと思った僕は、その誘いに乗ることができないと思った。
 
そして、何とか都合をつけるという仲間たちの空気をぶっ壊し、こうラインを返した。
 
「ごめん俺は厳しいかな。面接に備えてゆっくり体休めたい。
自分の人生だし、失敗しても誰も責任取ってくれないと思うからさ(笑) 」
 
今思うと、本当にもっと言い方があっただろうと思う。
 
空気を害された友達は、その冷え切った空気を温めなおすかのように、
僕への非難を始めた。
 
「いや分かるけど……」
「テンションがた落ちだよ」
「最後の(笑)が煽ってる感じがして腹立った」
 
仲間内から非難を一挙に浴び、いたたまれなくなった僕は逃げるようにラインのグループを抜け出した。このままここにいることはできないと思った。
 
「さっきのはあんま気にすんなよ。向こうも熱くなったところあると思うし。
間違ったこと言ってないんだからさ。」
 
一人の男友達が心配して連絡をくれた。
すがりたい想いもある中、意地を張って僕は突っぱねた。
 
「俺は間違ったこと言ってないし、これで離れていくならそれまでの人だったってことでしょ。嘘ついてまで俺は合わせたくない!」
 
そう吐き捨てたものの、心の中はざわざわしていた。
 
相手の想いを、ちゃんと考えられていただろうか。
自分の思いは確かにあった。でもせめてもっと伝え方を変えられていれば。
 
そう思っても、時間は巻き戻ることはない。
誕生会に行かないという事実と、寂しくなったラインのトーク画面が残るだけだった。
 
(誘った側としては寂しかっただろうな・・・・・・)
 
寒空の中、後ろめたい気持ちで歩みを進める。
見慣れたグレーの空が、今日はいつもより沈んでいるような気がした。
 
その後友達がフォローしてくれたり、自分なりに謝って関係は修復できたが、
今でも自分の中で「悪いことをしたな」と心残りになっている。
伝え方ひとつで、関係なんていくらでも壊れてしまうのだということを思い知った。

 

 

 

ただひたすらに悩む。
 
ただ自分の気持ちを伝えるというだけで、なぜこんなにも難しいのだろう。
 
自分の中には大事にしたいことがあって、それは自分では正しいと思っている。
 
でも自分の考えが正しいとかどうとか、そんなことは関係ないみたいだ。
思いの丈を込めた言葉を発すると、人を不快にしたり傷つけたりしてしまう。
 
気持ちを人に伝えようとすると、上手く言葉が出てこない。
皆の言葉が癒しを与えるものなら、僕の言葉はよく切れるナイフなのだろうか。
 
無理難題を突き付けられたようで、そんな問題集なら破り捨ててしまいたいと思った。
 
もう誰にどう思われてもいいや。このまま一人でいたほうが楽だ。
 
そう思いかけて、僕は我に返った。
これは自分が嫌われていいやとかそういう問題じゃない。自分の言葉で嫌な思いをしている人がいるんじゃないか。
 
なんで自分の言葉は、こんなにも鋭くとがってしまうんだろう。
 
もっと人のことを考えて発言しないといけないという気持ちがすごい勢いで湧いてきた。
振り回したナイフをしまう術を覚えないといけない。
今の自分なら、しまえるようになれる気がしていた。
 
色々悩んで考えたのは、自分は人の立場に立って考えられていなかったのではないかということだった。
 
その上で自分の都合の事とか、自分がどう思われるかとか、そんなことばかり考えてきた。
そんなことじゃ、人のために言葉を使うことなんてできるはずがない。
 
深呼吸をして我に返る。
 
「なぜこの人は、この発言をしてきているんだろう」
 
当たり前だけど、大事なこと。
この時から、特段深く考えるようになった。
 
誕生会に誘うのは、皆に会いたいから。ただ恒例で何も考えずに集まろうとしているわけがない。それに、そういった集まりに対しての価値観も人それぞれだ。
自分だけが正しいなんてことはない。
 
「正直は一生の宝」ということわざがある。
 
正しいことは正しい。自分がそう思うなら、自分を曲げてまで嘘をつく必要はない。
ずっとそう思って生きてきた。
 
だって、その方が楽だったから。
 
自分の思っていることを何でも口にすれば、気持ちがいい。
我慢だってしないし、自分のしたいことをできるけど、本当にそれでいいんだろうか。
 
自分に嘘をついてはいけない。
でも自分は、本心を包み隠さず言うということが正義だと思っていないか?
自分の気持ちよさに溺れて、陰で傷つけた人のことを忘れていないだろうか。
 
大事なことを忘れかけていた。
自分の意思を持つのは大事だけど、それで人を傷つけてはいけない。
 
少しの一言を大切にしていこう。そう思った。
 
苦労していた就活も無事決まり、人間関係の中でもっと成長したいという思いから営業職を選んだ。
散った心の桜から、小さな芽が再び芽吹き始めていた。

 

 

 

それからの僕は、友達との時間もなるべく大事にした。
あの焦りが嘘だったように、特別な存在なんだと思えた。
 
そして時間が経ち、大学を卒業。
春からは晴れて社会人になった。
 
営業の仕事をしていると、多くの人と関わる。
色んな人と接し、価値観が雑多になる中でも、大学での失敗は自分の心に刻まれている。
 
どんなに気持ちが高ぶったときでも、相手のことを考えて言葉は選らばないといけない。
 
頼りないナイフの鞘を持って、冒険に旅立つ。
しかし何年か進むと、中々の強敵が現れてくる
 
職人気質のお客様に日々僕は頭を悩ませることになった。
 
普段は何とか対応してきたが、あるときに大きな納期トラブルで頭を抱えた。
電話口で容赦なく、お客様が怒鳴り声を浴びせてくる。
 
「だからこの日までに欲しいって言ってんだろうが!! 図面にも内容書いてあるだろ!
なんでわからねぇんだ!」
 
依頼もコピーがかすれて読めないような図面を送ってくる。
話しても口頭で説明してくるばかり。
自分に専門知識が足りず、上手く対応ができない。
 
そういった状況で納期がどんどん間に合わなくなり、大きなトラブルに発展してしまった。
 
「おめぇ今すぐ現場来いよ!! あぁ!?」
 
感情のマグマが噴出したお客様の怒鳴り声が響く。
電話口で怒鳴られ続けているうちに、僕の中でも何かが切れた音がした。
 
(自分も適当な依頼してきやがるくせに。ふざけんじゃねぇ)
 
押さえつけようとしたが、無理だった。
 
「そんなの嫌ですよ」
 
お客様に僕は反論していた。本来やってはいけない。
けれどもその時は、言わずにはいられなかった。
 
「何だと!? こっちが冗談っぽくいってりゃ調子に乗りやがって!!」
 
火に油を注ぎ、大げんかになる覚悟をした。
けれどもその時、同じ失敗を繰り返してはいけないと思った。
 
お客様は何でこんなに怒っているんだろう。
確かに雑だけど、ちゃんと知識のある営業マンなら対応できていたかもしれない。
どうしても現場で物が必要で、一番焦っているのはお客様なんだ。
 
間に合わないという気持ちで収拾がつかなくなっていると思い、心を落ち着けてこう伝えた。
 
「生意気言ってすみませんでした。納期がタイトでお力になりたいですけど、そう頭ごなしに怒鳴られると寂しいですよ」
 
必死で頑張っているのに、そんなに怒られると辛いということを伝えたかった。
適当かわからないが、自分なりにひねり出した答えだった。
 
けれどもその瞬間から、場の空気が変わった。
 
「そりゃあ、頭ごなしっておめぇ…… そんな現場まで来いなんて冗談だよ。本気にすんなって! 何とかしてもらいたかったんだよ。悪かったよ」
 
冷静になったお客様から、本音の言葉が出てくる。
 
「色々言っちまう時もあるけど、本気にしなくていいからな。俺に言い返してくるなんて大したもんだ。お前さんに馬鹿にされたもんで、まいっちまったよ。まぁ納期の件、何とか聞いてみてくれよな」
 
その声にはどこか笑い声が混ざっている。
相手のことを考えて話して、歩み寄れてよかった。そう思った。
 
「僕の方こそ生意気言ってすみませんでした。何とかならないか、もう一度メーカーに聞いてみますね!」
 
人を傷つけるナイフでもなく、自分のための自己保身でもなく、真正面から向き合うために言葉を使えた。
持っていた頼りない鞘は、ちゃんと立派なものになっていたんだ。
 
これからも言葉とうまく付き合って、歩んでいこうと思った。

 

 

 

人を優しく包んだり、時には傷つけたり。
言葉に正解なんてないのかもしれない。
 
けれども相手のことを考えれば、傷つけそうになった時、
そっとその刃を鞘にしまえるんだ。
 
「やめてよ、バカ」
 
そう言うのは簡単だ。
 
けれども僕は、「やめて欲しいな」と言えるような人でありたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
森本雄大(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

千葉県在住。
社会人3年目を迎え、自分探し中の青年。
高校の部活での挫折体験から、大学では心理学部に進む。
等身大の自分を表現できる文章に魅力を感じ、ライターズ倶楽部に入部。
「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じてもらえる文章を書くのが目標。

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2021-02-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,113

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