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週刊READING LIFE vol,114

さあ、タブラオへ《週刊READING LIFE vol.114「この記事を読むと、あなたは〇〇を好きになる!」》


2021/02/08/公開
記事:冨田裕子《READING LIFE編集部ライターズ倶楽部》
 
 
音楽は呻きから、踊りは雨乞いから始まった、という話を聞いたことがある。
抜け出しがたい苦しみの中にあり、やり場のない感情が呻きとなって発せられ、それがやがて歌になったという。踊りも同様に、厳しい干ばつが続く中、天に助けを求める気持ちを動作にして、やがて踊りになったという。
平和な日本で暮らす私にとって、生きて行くために雨を求める必死さを感じることはできないが、雨を求めてただじっと祈るよりも、全身に力を込めて動かし踊りたくなる気持ちは、想像に難くない。この説によると、赤道直下など、厳しい環境で暮らした民族で、歌や踊りが発達してきたと言われている。
 
スペインの民族舞踊である「フラメンコ」も、そうして発達した芸術の一つだ。
今や世界的に有名な舞踊の一つであるフラメンコは、かつてジプシーが移動しながら独特の音楽を育み、やがてスペインに定住し、生活に密着した歌、踊り、音楽として精練することで、誕生した。日常の中で歌い、踊り、祝い事でもみんなで歌って踊ってきた。スペインで権力による迫害を受け、貧しい生活を送りながらも強い生命力で生き抜いてきた民族の芸術と言える。フラメンコの歌は「魂の叫び」と言われるほど情熱的で、踊りも足を激しく打ち鳴らしたり、鬼の形相になることも珍しくない。
 
そんな遠い国の民族舞踊であるフラメンコだが、実は日本は、ご当地スペインに次いで、世界第2位のフラメンコ人口を誇っている。この小さな島国である日本が、である。
そして、かく言う私も、その一人だ。
 
なぜこの日本で、そこまでの人気を得ているのか。
はっきりした理由はわかっていないが、そこで表現されている奥深さや重さには、日本舞踊や雅楽に通ずるものがあるように感じる。女性が好みやすい衣装や、カルチャースクールでもよくクラスが開催されるなど、何歳からでも始めやすい環境も理由にあるかもしれない。私自身も最初は、「スカートの衣装なら、下半身デブが目立たなくてちょうどいいや」くらいの気持ちで始めた。しかし今では、なんて果てしないものに手を出してしまったのだろうと思うほど、フラメンコの奥深さ、難しさを実感しながらも、その心を揺さぶるリズムや音楽に、身体は反応せずにいられない、仕事が立て込もうが子供が生まれようが、決して離れることができないほどになっている。スペイン人のように踊ることはできないが、会社の机の引き出しに絶えずストックされているチョコレートのように、日常になくてはならない楽しみになっている。
 
スペインには、日本と特別な繋がりもある。スペインのアンダルシアにある「コリア・デル・リオ」という都市には、「ハポン」という姓を持つ日本人の子孫と言われる人たちが、600人暮らしている。「ハポン」はスペイン語で「日本」を表す言葉であり、1614年に日本からやってきた遣欧使節が現地に留まり、その子孫たちにつけられた姓であると言われている。フラメンコが誕生したのが19世紀半ばと言われいてるので、フラメンコが生まれる前の段階で、日本の何かしらの要素がそこに組み入れられているのかもしれない。2013年には、当時の皇太子であった徳仁親王殿下が、遣欧使節派遣400周年を記念してコリア・デル・リオを訪問されたのをきっかけに、現地で日本文化が注目され、日本酒を造るビジネスが伸びているという話もある。
 
苦しみの中を生き抜く過程で生まれたフラメンコ。
力強い歌や踊りは、国境を越えて、日本で生きる私たちの心を揺さぶる。
その魅力は、一体何だろう。
 
フラメンコと聞くと、真っ赤なドレスを着て、口にはバラを加えていたり、両手にカスタネットを持って鳴らしていたり、足を激しく打ち鳴らすことをイメージされる方が多いだろう。昔、それをそのまま表したような、フラメンコの演出をしたテレビCMもあった。
しかし実際は、バラを口にくわえることはなく、踊りで飛ばないように頭にしっかりと固定する。カスタネットを使う踊りは存在するが、メジャーではない(ちなみに私が通っている教室では扱わない)。足を激しく打ち鳴らすこともあるが、足をほとんど打たずに、身体の動きだけで見る人を魅了してしまう素晴らしい踊り手もいる。
 
素人なりに10年以上フラメンコに取り組んできた私が感じているのは、フラメンコで追求しているのは、技の「上手さ」ではないということだ。難しい超速の足技ができることは確かに「すごい」が、本当に心を揺さぶるのは、単純なリズムを、とてつもない重さをもって延々打ち鳴らす時だったりする。言葉にならない感情が、心の奥深くから湧いてくるのは、踊り手が何の技もなく歌に身を投げ出し歌と一体化している瞬間だったりするのだ。クラスでも、振り付けを正確にこなすことはほとんど求められない。何よりもフラメンコのリズムを身体の中心で感じ、それを起点に身体が動くことを徹底せよと、繰り返し指導される。腕の角度や身体がどちらを向いているかはどうでもよい、それよりも、「感じていないことをやるな」と言われるのだ。フラメンコは、感じなければ動いてはいけない。技術以前に、表現の根本を感じられるかどうか、その深さや太さを、追及しているのだと感じる。
 
そして、フラメンコを観るとき。それは、美しいものを鑑賞する穏やかさとは程遠く、人間の心にあるドロドロしたものを吐き出す姿を見て、そこに共感するような、生々しい感覚だと思う。観ているうちに気付くと、しばしば眉間にしわが寄っていたり、口角が下がっている。決して嫌なものを観ている感覚ではない。自分の奥深い感情に気付き、フラメンコを味わいながらその感情を味わっているような気持ちになる。
 
周りに合わせて言いたいことを我慢したり、「普通」からはみ出さないように気を付けることの多い日本人は、もしかするとかなりの感情を抑え込んでいるのではないか。フラメンコのようなドロドロ全開のものに触れることで、抑えていた感情に気付いたり、共感したり、私のように踊りたくなってしまうのかもしれない。
 
そして他の踊りと大きく違うのは、即興で演じられる、ということだ。
私達のような練習生は、もちろん決まった振り付けで練習し、リハーサルで歌とギターと確認したうえで踊るが、プロのライブでは、リハーサルすらせずにぶっつけ本番が当たり前だ。曲が始まると、歌、ギター、踊りが、空気を読みながら共通のリズムに乗って、今ここでしかない瞬間を紡ぎ続ける。同じ曲でも、全く同じに歌われることはなく、踊られることもないと言っていい。一つの曲にも、いくつもの歌があり、どの歌が来るかはその時その瞬間にならないとわからない。だからこそ、その瞬間しか体験できない、素晴らしい化学反応に出会えるのだ。
 
フラメンコが見られるのは、「タブラオ」と呼ばれる、板の間の舞台を持つレストランだ。さあ、タブラオに出かけ、そこでしか出会えない瞬間を体験してもらいたい。気付かなかった自分の感情に触れ、心の奥で何かが消化できるかもしれない。そして、フラメンコを好きになり、やってみたいと思うかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
冨田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

会社員。大学より舞踊を始め、社会人になってからフラメンコと出会う。たちまちフラメンコの魅力にはまり、15年。ここ数年は、都内タブラオでライブに出演することも。一児の母。

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2021-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol,114

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