週刊READING LIFE vol,114

笑わないお姫様を笑顔にさせるカリソン《週刊READING LIFE vol.114「この記事を読むと、あなたは〇〇を好きになる!」》


2021/02/08/公開
記事:小石川らん(Reading life編集部ライターズ倶楽部)
 
 
友人二人と一緒にパリを旅行したときのこと。旅の最終日、アルバイト先の同僚に持っていくお土産を探していた。小さくてたくさん入っているものがいい。無難なのはパッケージに「Pairs」「Champs-Élysées」なんて書かれた土産物感満載のチョコレートだが、どうせなら「何これ? さすがパリだね! お洒落で美味しい〜!」なんて言われるものがいいと思った。
 
古いガラス屋根のアーケード街、ギャラリー・ヴィヴィエンヌ通りを抜ける。ひたすらにお土産物になりそうなものを売っている店を求めて、ジリジリと暑い太陽が照りつけるなか歩き回っていた。
 
「ヨーロッパは湿気がないから日本より過ごしやすい」なんていうのは本当だけど、本当ではない。確かに湿気はないけれども、日本よりも確実に太陽に灼かれている感じがする。私たち3人組は日陰を求めて、もはや誰も言葉を発することなく歩いていた。
 
そのお店は、もうどこだったのかも憶えていない、なんの変哲もないパリのどこかの通りに現れた。オレンジ色の装飾の、いかにも「パリのお菓子屋さん」という外装で、私たちは「ここにめぼしいお土産がありそう」というよりも、日陰を求めて「ぼんじゅ〜る」とひと声かけつつ、扉を開けた。
 
カウンターの前にはケーキが並んでおり、店の中にはクッキーやらマカロンやらチョコレートやら「お菓子」と言って思い浮かべそうなものが全て並んでいる感じだった。きっと近所に住んでいて、甘いものが食べたいと思ったらここに来るんだろうなと思えるぐらい、とにかく品揃えが豊富だった。
 
いかにも観光客という出で立ちのアジア人の3人組は、きっと生菓子なんて買わないだろうと思われたのだろう。店員は私たちをちらちと見て「Bonjour」とだけ言葉を返し、店の奥へ引っ込んだ。
 
友人二人は私の土産物探しに付き合わされて、ほとほと疲れ果てているのが見て取れた。口には出さないが、これ以上私の「何かお土産になりそうなものを探して」という『失われた時を求めて』並みの、当て所もない真夏の散歩にこれ異常付き合わせるのは申し訳ない気がしてきた。
 
あれほど土産にこだわっていたが、ここは観念してチョコレートやクッキーでお茶を濁そう。そう思ったときに目に飛び込んできたお菓子があった。
 
3センチほどのアーモンドの形をしたお菓子であった。赤、黄、紫、白、黄緑、茶、オレンジと色とりどりだった。
 
私は隣にいた友人の一人に「これなんてお菓子か知ってる?」と尋ねた。その友人は当時ロンドンに住んでいたので、ヨーロッパのお菓子については私よりも知識があると思ったからだ。
 
ところが「知らない。なんだろね」とのことだった。
 
3人のなかで一番食いしん坊で、とにかく食べ物に関する知識が幅広いもうひとりの友人は、さっきから私に付き合わって歩かされていたため、いささか不機嫌だった。声を掛けづらかったので彼女には尋ねなかった。
 
どうしてもきれいな色のお菓子が気になった私は、それを一つ食べさせてもらうことにした。
 
以前、ゲストに呼ばれた芸能人が、レギュラー陣にお土産を持ってくるというバラエティ番組があった。昔から好きでよく食べているお菓子をお土産にする人もいれば、デパ地下を巡って一つ一つ試食して選ぶなんで人もいた。そのエピソードからは「心のこもったお土産感」が感じられて、私もいつかやってみたいと思ったのだ。デビューはここ、パリだった。
 
ロンドン在住の友人に頼んで、「一つ下さい」を店員さんにお願いしてもらった。
 
店の奥にいた店員はけだるそうな感じで、カウンターの中からトングでそれをつまみ上げた。たくさんある色の中から、一番地味だと思った茶色のソレが私と友人の手の平の上に置かれた。
 
表面のカリッとした食感と、中のペースト状のものの、柔らかいがザラッとした舌触りが妙に癖になった。クッキーやマカロンのようにはっきりとはしていない、ほんのりとした甘みが口に広がった。放っておいたらいくつでも食べてしまいそうだった。
 
「うまい……」
「うん。なんだか分からないけど美味しい……」
 
私は名前も知らないお菓子を2箱買うことにした。1箱の中には20個づつぐらいのソレが、色とりどりに詰められていた。
 
不機嫌をこらえながら、店の奥でオレンジピューレのチョコレーがけを眺めていたもう一人の友人が、私を買い物をしたことに気付いて声をかけてきた。
 
「何買ったの? 見せて!」
 
「これだよ」
 
と、アーモンド型のソレが入ったショーケースを指差した。すると友人は
 
「あぁ。マジパンかー。美味しくないよねー」
 
と意地悪く言った。散々連れ回されて不機嫌になった彼女のささやかな復讐であった。
 
「……美味しかったもん」と友人から目をそらしながら答えて、私たちは灼熱のパリの街へ再び繰り出した。友人の機嫌を取るために、どこか冷たいものが飲めるカフェへ入らなければならないと思った。
 
その日の夜、ホテルで「マジパン」とは何かを調べた。画像検索すると、ホールケーキの上に乗ったサンタクロースや、くまやうさぎが表示された。
 
これかぁ。これは確かに、子供ころは弟と奪い合ったけど、今単体で食べたいと思うほど美味しくはないやつである。昼間買ったソレは、名前は分からないが、とりあえずマジパンではないということだけは分かった。

 

 

 

パリから帰ってきて数日後、何回目かのシフトに入ったときにバイト仲間から尋ねられた。
 
「ねぇねぇ。あのお菓子なんていうの? バックヤードのところに置いてあった小石川さんのお土産!」
 
すると隣りにいたもうもう一人も
 
「私も気になってたんだよね。妙に癖になるの。初めて食べた」
 
と声を弾ませていた。
 
私の味見は確かだったらしく、お土産のソレはバイト仲間たちから好評だった。「お洒落で美味しい、さすがパリ!」と思ってもらいたいという私の企みは大成功だった。
 
しかし私にはソレの名前が分からずじまいだったので、「いやぁ分かんないんですよ」と答えると、二人ともがっかりそうな顔をしていた。
 
あの謎のお菓子はなんなのか。名前が分からないので調べようもなかった。お菓子のパッケージに書いてあったのかもしれないが、当時なぜかその発想が浮かばず、その後1年間ぐらいそのお菓子は私のなかで謎のままだった。
 
しかし検索すればなんでも分かる現代社会において、分からないことがあるのはなんだか素敵な気がした。ましてや異国で出会ったものである。あのアーモンド型の癖になるお菓子の食感や控えめな甘さは私の舌の記憶に長く残り続けた。
 
ソレが何というお菓子なのか判明したのは、パリの旅行エッセイを読んでいたときだった。筆者のイラスト付きで、パリで食べた美味しいものが紹介されていたページに、あのアーモンド型のお菓子が登場していた。
 
「パリで食べたカリソンというお菓子です。元々はプロヴァンス地方のお菓子で、幸運を呼ぶお菓子と呼ばれるらしく、結婚式などで振る舞われるそうです」
 
名前がわかればこっちのものである。あれは一体何からできたお菓子だったのか。
 
カリソンのあの独特の柔らかい食感は、フルーツの砂糖漬け、オレンジの花の水、アーモンドパウダーを混ぜ合わせたペーストである。なるほど、舌先にザラリとしたのはアーモンドパウダー、口の中に香りを残したのはフルーツやオレンジの花だったのである。
 
表面のカリッとした食感はアイシングだった。ペーストを焼き、両面にグラスロワイヤル(アイシング)を施す。カラフルなのは食紅を混ぜているからだ。
 
アーモンド生地の柔らかい食感と、アイシングのカリッとした2つの食感が楽しめるのもカリソンの魅力だ。
 
フランスのお菓子といえば真っ先に思い浮かぶのはマカロンであろう。「マカロン」と名の付くお菓子はたくさんあるのだが、多くの人が思い浮かべるのは「パリ風マカロン」である。パリ風マカロンもアーモンドパウダーを使ったお菓子だが、メレンゲが入っているためカリソンとは食感が異なる。さらにジャムやクリームを挟んでいるため、十分な甘さがある。
 
素人目にはマカロンよりも簡単に作れそうなカリソンだが、練って焼くだけにも関わらず、成型するのに手間がかかるため、日本ではほとんど店頭で見かけることはない。
 
フランス国内に至っても、「カリソン」と名乗るには厳格な製法に基づいて作られないとならないらしく(フランスは製法と名称にとてもこだわるのだ)、その後何回か渡仏して、お菓子屋さんを覗いたががほとんどお目にかかることはなかった。
 
そんなわけで、私がカリソンを食べたのはあの夏の日の、友人と半ば喧嘩状態だったお菓子屋さんの中だけである。しかし私は「好きなお菓子は?」と聞かれれば「カリソン」と答えている。フランスかぶれが過ぎる気がするが、それほど美味しかったのだから仕方がない。
 
さて、このカリソンという名前。由来はいくつかあるらしく、「カリス(聖杯)の形をした船」という意味で「カリソン」という説、「やさしいキス」を意味する「カラン」来ている説がある。色々調べていくなかで、私が最も素敵だと思ったのは以下の説である。
 
「15世紀、笑顔を見せないお姫様と結婚したプロヴァンスの王様が、彼女の笑顔を見るために作らせたお菓子がカリソンだった。あまりの美味しさに顔をほころばせたお姫様は『これはなんというお菓子ですか?』と王様に尋ねた。王様はプロヴァンスの方言の「ディ カリン スン」、「抱擁」と答えたことから、このお菓子の名前がカリスンとなった」
 
私もあのとき、機嫌を損ねた友人にこのカリソンを食べさせたら、彼女の機嫌が直って笑顔を見せてくれたのだろうか?
 
皆さんも旅先で、そして運良く日本でカリソンを見かけたら是非とも食べてみてほしい。その上品な甘さは、紅茶にも緑茶にもぴったりだ。そして私も、そろそろ2度目のカリソンを食べたいものである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小石川らん(Reading life編集部ライターズ倶楽部)

華麗なるジョブホッパー。好きな食べ物はプリンと「博多通りもん」と、カリソン。

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2021-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol,114

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