週刊READING LIFE vol.125

英語という“方言”《週刊READING LIFE vol.125「本当にあった仰天エピソード」》


2021/04/26/公開
記事:住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『ヨーロッパで一人旅をした。
毎日英語をしゃべり続けた。
そして、英語が話せるようになった』
 
まるで、英会話教材の安っぽい宣伝のようだ。
 
でも、確かな感触をもって言える。
こういうことは、実際に、ある。

 

 

 

大学院生のころ、建築を学んでいた私は、ヨーロッパの建築がどうしても実際に見たくなり、1ヶ月かけてヨーロッパの国々をまわってみることにした。
 
行ったのは、フランス、ドイツ、イタリアの三カ国。
スペインや北欧のほうにも行ってみたかったけれど、距離がはなれると移動時間も増える。一ヶ月あるとはいえ、フランスの北から南へいくのだって結構時間がかかる。ドイツからイタリアに行くのだって、馴染みがないからつい、京都から神戸にいくような感覚で考えてしまうけれど、実際にはその10倍くらいの距離がある(もっとあるかもしれないが)。
だから訪ねるエリアをしぼって、滞在時間を増やす方針にした。
 
どうしても見たかったのは、ゴシック建築(教会建築の一種。造形が美しい)とベネチア(イタリアの観光地。水路が入りくんだ町並みは建築的にも惹かれた)とバウハウス(ドイツのデザイン学校。近代の建築に大きな影響を与えた)。
それから近代建築の巨匠といわれる、ミース(ドイツの建築家)やコルビュジエ(フランスの建築家)の建物もはずせない。
あとはただ単純に、日本じゃない国の日常生活を覗いてみたかった。(だから本当は日本でなかったらどこでもよかったのかもしれない)
 
英語は得意ではない。
フランス語もドイツ語もイタリア語も、もちろん出来ない。
だけどまあ、なんとかなるでしょ。
 
不安よりも好奇心が勝ってしまって、勢いで旅の日程が決まった。
 
学生のビンボー旅行だから、泊まる宿はたいてい、数人の客で一つの部屋をシェアするドミトリータイプの部屋だった。
いろんな国の、いろんな年齢の人たちと同じ部屋で生活をする。
 
「どこから来たの?」
「どこを見てまわるつもり?」
「今日はどこに行った?」
「どのくらいこの町にいる予定?」
「ふだんは何をやっている人?」
 
どこにいっても、だいたい同じような会話をする。
 
たぶん、これは長い”挨拶”なんだな、と旅をしているうちに思うようになった。
 
いくつか言葉を交わすことで、お互いに
「私は怪しい人ではありませんよ」
と確認しているような感じがした。
 
ある日、夜遅くに宿に到着したお客さんがいた。
もうみな寝静まっていて、部屋は真っ暗だった。
部屋に入って電気をつけてしまったその人は、瞬間に寝ている人が何人もいることを理解して、「あっ、ごめんなさい」とあわてて電気を消した。
目をつむっていたから顔は見えなかったけれど、その声の雰囲気から、「へんな人が入ってきたわけじゃない」と安心して眠ることができた。
 
会話って不思議だ。
表情だとか、声色だけでも、いろんなことが通じる。
コミュニケーションって、言葉だけでしているのではないのだなと、このとき思った。
 
旅行者は英語が母国語ではない人が多いから、みなカタコトの英語で会話をする。
カタコト同士、知らない間柄同士で大事なのは、「言葉を交わすこと」そのものだった。
会話の中身も、どの言語で話すかも、ことばの上手下手もそんなに重要じゃなかった。
 
だから英語がヘタクソでも、気後れすることなく話せた。

 

 

 

そんななか、ベネチアで韓国人の女の子と知り合った。
同じ部屋に泊まっていた女の子で、話しているうちに意気投合して、ちょっと外に呑みに行こうということになった。ずっと一人旅だったので、誰かと外に呑みに出るのはワクワクした。屋台でフルーツのたくさん入ったジューシーなお酒を呑みながら、その日は夜遅くまで喋った。
その日以来すっかり仲良くなって、部屋にいる間はよくおしゃべりをした。
偶然にも、次に行く予定の町が同じだったので、また同じ宿に泊まる約束をして、再会した。宿の人に頼んで同じ部屋にしてもらい、一緒に御飯を食べに行き、食後の運動に町を散歩しながらおしゃべりした。恋バナから将来の夢、好きな本や家族のこと、とにかくいろんなことを話した。
 
韓国語は、どうも文法の構成が日本語と似ているようだ。
 
日本語は「私は(主語)+美術館に(目的語)+行った(述語)」の順番で話す。
しかも「私は(主語)」はふつう省略することが多い。
英語だと述語が前に来て「私は(主語)+行った(述語)+美術館に(目的語)」という順番で話さないといけない。「私は(主語)」はないと文章の意味が変わってしまうので、省略は許されない。
 
話に夢中になっているとうっかり「私は(主語)」を忘れて、日本語の語順で「美術館に(目的語)+行った(述語)」のように話してしまうことがある。
でも韓国人の彼女には、何が言いたいのか通じているようだった。彼女も同じような間違え方をしていた。お互いに「あ、今間違えたんだな」というのがわかる。
ヨーロッパ系の言語を話す人にこういう間違え方をすると、「?」という顔をされ、意味は通じない。
だからか、ヨーロッパの人たちと話すよりずっと気楽に話せた。
二人で同じ間違いをして、「あ」という顔を同時にし、一緒に笑った。

 

 

 

そんなある日、建物を見ていて、
「How……, it’s beautiful……!!(めっちゃキレイ……!!)」
と頭の中でつぶやいている自分に気がついた。
 
あれ、今わたし、英語で考えていたぞ。
 
彼女とおしゃべりするようになって、英語で話す機会が極端に増えた。
まわりに日本人はいないから、声を出すときはとにかく英語だ。
何かをしていても、感じたことをどう彼女に伝えるか…などと考えているうちに、頭の中でも英語でつぶやくことが増えていった。
 
英語が日常になっていることに気がついた瞬間だった。
 
――すごい。こんなことってあるんだ。
 
よく、他言語を覚えるなら外国人の恋人をつくるとよい、と聞く。
あれは、こういうことだったのか、と思った。
人に何かを伝える前提でいると、自然とその言語で考えるようになっていくのだ。

 

 

 

言語は、じつは思っている以上に簡単にインストールできるのかもしれない。
 
私たちが「英会話」の習得が難しいのは、きっと日常に日本語があふれていて、「英語しか使えない環境」がないからだ。日常的に英語で考える環境にあれば、自然と英語は植え付けられて行くのだと思う。
 
方言と同じだな、と思う。
 
私は今、金沢と京都を行き来して生活している。
京都で過ごす時間が長いと、金沢の友達に「話し方が関西人ぽい」と言われる。
金沢の生活がしばらく続くと、京都の人から「訛ってるね」と言われる。
おそらくわたしは金沢なまりと京都なまりを併発しているのだ。
 
方言とは、特定のエリアでの日常の言葉だ。
 
しゃべり言葉は、まわりの環境に依存する。
だからじつはカンタンに入ってくる。
そして使っていないとカンタンに忘れてしまう。
 
ふだん英語を使う機会がほぼない私は、もうあの頃のようにスラスラとは話せない。
もしかしたら、日本語だって使う機会がまったくなかったら、忘れちゃうのかもしれない。
 
海外暮らしの長い知人が、日本語の「かかと」という言葉が出てこなくて「ここ、なんて言うんだっけ」と足を指差していたことがあった。
母国語であったって、たぶん関係ないのだ。
別の言語をインストールして普段遣いしていると、母国語だって忘れてしまう。

 

 

 

「母国語ではない言葉で考える」ということが、自分で出来るものだとは思っていなかったから、それはとても不思議な体験だった。
母国語ではない言葉で過ごし、「言葉を交わすことと」そのものの面白さや不思議さを身近で感じた一ヶ月間は、本当に濃い時間だった。

 

 

 

一ヶ月後。
日本に戻ってきたころには、すっかり日本語が恋しくなっていて、空港で雑誌を買いあさり、帰りの電車ではずっと日本語を読みまくった。
 
母国語、……やはり強し。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

数年前にお茶をはじめてドハマりする。現在、お茶が楽しい町、京都と金沢で二拠点生活中。

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2021-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.125

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