勤続○○年がうらやましいカエル《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》
2021/04/19/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
私は「転勤族」ならぬ、「転職族」である。
社会人になってからはや20年が過ぎて、今までの職歴を見直してみると両手で数えきれないほどあり、我ながら驚いてしまう。
・アパレルメーカーでの営業・営業事務
・通信会社でのコールセンター業務
・私立大学での広報事務アシスタント
・官公庁での窓口業務や庶務
・スポーツ関連会社での総務事務
・システム開発会社での経理事務
・人材サービス業でのコーディネーター
・マスコミでの中途採用担当
等々、短期間のものも含んで挙げれば、もうきりがない。
転職活動をする時に一番困ることは、履歴書の「職歴欄」が圧倒的に足りないことである。
最近はパソコンで入力したものを提出してもOKという会社も多いのでありがたいが、私が昔、転職活動をしていたころは、手書きが主流だったし(字を見て判断されることが多い)、エントリーシートなるものもなかったので、履歴書を書くだけで右腕が腱鞘炎になるんじゃないかと思うほどだった。
転職してしまえばあとは仕事に慣れるだけ。
周りの人から見ると、私はどうやら新しい職場になじむことがかなり早いのだそうだ。
配属されてたった一週間しか経っていなくても、
「なんか、もう何年もいるみたいですね」とか「すでにベテラン感が出てる」と言われることもある。
しかし、人の言葉の裏をすぐ読みたがる私にとっては、
「なに? それって私の態度が大きいってことなの?」だの、
「あー、もしかして、この前の全体会議でのあの発言がマズかったのかなぁ……」とあれこれ思い悩むのだが、どうやらそうではないらしい。
職場で浮いていないことはありがたいことであるが、実は本人にとってはけっこう長いこと課題となっているものだった。
最近の言葉で言えば「過剰適応」ということになるだろうか。
現在、日本人の2~3割が該当すると言われているくらいだから、割と多いと個人的に思う。
これは特に病気ということではなく、状態の名前なのだそうだが、少し無理をして周りに合わせてしまうことを指している。
たとえば、
1. 頼まれると断れずに、いろいろ抱え込んでしまう
2. 他者に本音や弱音を見せることができない
3. 休みの日にスケジュールを入れないと不安になってしまう
4. こうでなければならないという気持ちが強い
5. 疲れてしまうほど、人に合わせてしまう
など10項目があり、3つ以上あてはまると「過剰適応」の予備軍なのだそうだ。
(一部出典:心理面接室O.C.WORK)
これを見てくださっている方は、上記の中で当てはまるものがあるかどうかをフラットな気持ちで選んでみていただきたい。
参考までに言うと、私は1と4と5の傾向が強い。
自分ではさほど強く意識していないつもりだったが、休みの日に偶然このチェック項目を見て、「あら、私まさに予備軍じゃないの」と思ってしまった。
新しい職場で仕事を始めると、1日でも早く慣れたいという「いい子ちゃん気質」が、ひょこっと顔を出し始める。
まだ慣れるのは早いんじゃないのと思いながらモグラたたきをする私と、それでもめげないモグラのもう一人の私がせめぎ合って毎日を過ごす。
一人っ子の私は喧嘩が苦手だし、下手くそである。ゆえに、人との衝突をできるだけ避けたい、人の期待を極力裏切りたくないという気持ちの表れから、つい過剰に職場の雰囲気に適応しようとしてしまう。
たとえ、そこが心底合わない職場だと思っていても。
その職場の雰囲気が合おうが合うまいが、月曜から金曜を全力で駆け抜けて、金曜の夜は完ほぼ抜け殻状態、帰りのバス停をうっかり一つ乗り過ごしてしまったり、土曜日は昼過ぎまで寝るということを長いこと繰り返していた。
そして、しばらくして人間関係も構築でき、日々の業務もこなせるようになってくると、
「なんだか、頑張りすぎて飽きてきた……」という思いがふつふつと湧き上がって来て、そろそろ転職したい、今の職場ではもう頑張れない、となるのである。
ある時、私を学生時代からよく知る勤続10年以上の友人にはっきりと言われた。
「あのさ、私思うんだけど。チカコって100%目指しすぎなんだよ」
衝撃だった。
100%目指して何が悪いんだ、と心底思ったからである。
仕事は頼まれた以上キッチリやり遂げなければ「ならない」
期待されているのだから、それ以上の結果を出さなければ「ならない」
長いことそう思っていたし、これは変えられない自分の信念だとすら思っていた。
「え? 100%目指さなくていいの?」と私。
友人は続けて言った。
「あのね、仮に100%を求められたとしても、70%できれば十分なわけ。
チカコの思う100%と、仕事を頼んだ人の100%が完全に同じなわけないじゃない。
70%でやってみて、もうちょっとって上を要求されたら、そこからもう少しがんばればいいんだから。
フルマラソンの距離を短距離のペースで走ったら、カラダが持たないでしょ?
いい? それが少しでも長く仕事を続けるコツよ」
ちょうど、その年の春からランニングを始めていた私にとって、友人の言葉はストンと腑に落ちる表現だった。
そうだ、私は1週間を短距離走(といっても、運動神経はたいしてないのだが)のペースで思いきり走っておきながら、しんどい、きつい、なんでこんなつらい思いをしなくちゃいけないんだ? と言っていたのと同じだった。
それは、カラダ持たないはずだわ……。
ペース配分できないランナーは、集団からどんどんおいて行かれるよなぁとぼんやりと思った。
それからの私は、できるだけ70%のペースを目標に仕事をするようになっていった。
すると、どうだろう。
100%を完全に守ろうとしていた時の仕事の仕上がりが、たいして遜色ないということに気づいたのだ。
しかも、少しだけ力が抜けたせいか、心にも余裕ができてきた。
同僚からふられる雑談にも、ちょっとしたユーモアを交えて返すくらいの余力を残せるようになってきた。
「~しなければならない」の呪縛がほんの少しずつではあるが、薄皮を一枚一枚剝ぐように取れていったのである。
その様子を見た友人からは、
「なんか顔つきが、前より険しくなくなってきたね」と言われるようになった。
きっと私は、必要以上に眉をしかめ、思いきり速いペースで走っていたのだろう。
私は思った。
一つの会社で長く働ける人とそうでない人の違いは、うまくペース配分ができる人なのかもしれない、と。
無理に人に合わせようとせずに、自分はどうしたいかを考える。
そして、現在の状況の中で、できることとできないことを客観的に判断する。
それを自分の中で悶々としながら抱え込むのではなく、周りの人にわかるように明確に伝えることができるということが、周りの人とうまくやっていける、ひいては長くそこで働くことができるのだろう。
冒頭で述べたように、私は転職経験が多いため、恥ずかしながら一つの会社で6年以上働いたことがない。
それゆえ、同世代の仲間たちが「勤続○○年表彰」など会社から表彰されているのを見ると、本当にすごいなぁと思ってしまう。それだけ会社にとって、必要な人材として長く認められたわけだし、たとえ給料面や人間関係で苦労をしたとしても、それを乗り越えてやってきた賜物なのだから。
最たるものは私の父で、高校を卒業してから一つの会社で定年(当時は60歳が定年だった)までほぼ休むことなく勤め上げた。そんな父親を私は心から尊敬している。
特に若いころは辞めたいことが何度もあったそうで、「退職願」をスーツやバッグに忍ばせながら毎日通勤していたと、今は笑いながら話してくれるが、それでも私にはそんな辛さをおくびにも出さなかった忍耐力は、私には一生真似ができないことだ。
その忍耐力は残念ながら遺伝しなかった。今からオプションで付けれるものなら、お金を出してでも付けたいものである。
ただ、転職経験が多くてよかったこともたくさんある。
まずは、いろんな業種を経験したことでそれぞれの業界の特性や、働く人のパターンをこれでもかというくらいたくさん見ることができた。
同じ会社にずっといる方から見れば、私の転職経験は興味深いようで、守秘義務違反にならない程度にいろんな話題に事欠かないため、ランチや飲み会では重宝される。
また、仕事を辞めても長くつながっている友人が多く、このコロナ禍でも新しく起業した人や、私と同様に転職して新しい仕事で活躍している人がおり、話を聞くたびにいろんな刺激を受ける。コーディネーター経験のおかげで仕事内容や労働環境についての相談を受けることも多い。
とはいえ、簡単に転職をするというのはあまりオススメしない。
なぜなら、転職して給料がアップするというのは稀なケースだからである。
よほどの高いスキルがあるか、ヘッドハンティングされるほどのマネジメントや経営経験がある人に限られていると思う。
日々を落ち着いて凪のような気持ちで暮らしたい方はぜひ、今の仕事を続けたほうがいいと思うが、自分の中に少しでも「ワタシ、井の中の蛙かもしれない」と感じる気持ちがあれば、転職という一つの選択肢として考えていただくのもありである。
大海を見ることができるって、結構スリリングで面白いですよ。経験者のカエルとしては。
□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
長崎県生まれ。福岡県在住。
主に人材サービス業を経験する中で、人の生き方に大いに興味を持つ。
自分自身に取り入れることが出来るものと、自分から発信できるものを探す日々。
天狼院書店の「秘めフォト」、「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」をきっかけに、
事務として働きながら、ライティングの技術を学んでいる。
休みの日にカフェでぼーっとしながら、行き交う人々の様子を観察することが趣味の一つ。
この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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