週刊READING LIFE vol.132

多分、通じていると思う。だって、《週刊READING LIFE vol.132「旅の恥はかき捨て」》


2021/06/29/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「あー! 英会話を勉強しよう」
 
近頃では、ビジネス上でも頻繁に英語を話す必要が生じている為か、英会話を勉強している人をよく見掛ける。また、学生の内に留学等を経て、英会話を習得済みの若い方も多い。
学生生活を遥か昔に終えてしまった私達世代は、英語を取得する必要性を感じていなかったものだ。その後の社会人生活で、翻訳家や通訳でも目指さない限り、英会話を勉強する切っ掛けが無かったからだ。
そこで、英語を勉強しておけばと後悔するのは、もっぱら、海外旅行をして不便を感じたり、旅行先で出逢った人とスムーズなコミュニケーションが取ることが出来なかった時となる。
 
ところが私の場合、一般の方とは反対に、海外旅行をするたびに、
「ま、英会話を勉強する必要は無いか」
と、思ってしまう。
それは、特に私が英語を堪能に話せる訳ではない。私の英会話力は、片言程度だ。
何しろ、英語の勉強といえば、中学・高校時代の文法重視英語しか経験していないのだ。
勿論、英語が話せたらなぁと思うことも有る。しかしそれは、精々、博物館学芸員の話がもう少し理解出来れば知的な会話も可能だったかもしれないとか、サンタモニカの海岸で水着美女をナンパ出来たかも知れないとか、余り褒められたものでは無い。
その反面私には、少しだけ利点もある。それは、人並外れて映画、特にアメリが映画を観ているので、英語を聞き取る耳は少しだけ準備出来ていることだ。
そしてもう一つ、私は基本的に旅行というものを殆どしない。昨年・今年は無理だが、他の方々の様に、夏に為ったからといってリゾートでバカンスを過ごす習慣が無いのだ。
それは、日頃の生活でも同じで、特段の用事が無い限り都会を出ることは滅多に無い。
 
それは、たまに出向いた海外でも同じで、行先といえば映画館か美術館・博物館、ボールパーク(球場)にショッピングと、東京でも全て賄えそうな所ばかりだ。
必然的に、聞き慣れた英語で間に合ってしまうので、さらに英語を勉強しよう等とは考えなくなってしまうのだ。
私は、趣味の範囲しか旅をしていないのかもしれない。
そうなると、話題にも事欠かないし、アメリカ独特のジョークだって使うことだって可能だ。
片言だけど。
 
しかも、特にアメリカでは、
「牧師さんも、新聞はスポーツ面から開く」
と、言われているので、スポーツの事を知っていると、見知らぬ人とも話が通じ易くなる。
例えば、こうだ。
「どちらからいらっしゃったのですか?」
「はい、ミネソタから来ました」
という、中学の英語の教科書に出てきそうな会話も、
「今年のツインズ(MLBのチーム)は如何ですか? 日本のケンタ・マエダ は御役に立てていますか?」
等と言えば、途端に親しい空気に一変するものだ。
 
昔、こんな経験をした。
 
40年程前、学生だった私は、アルバイトでお金を貯め、人生初の海外旅行に出掛けていた。行先は勿論、アメリカ合衆国。但し、ハワイの様なリゾートでも、イエローストーン国立公園の様な観光地でもなかった。
私が選んだのは、アリゾナ州のツーソンという街だ。近くに映画で有名な『OK牧場』が有り、近郊のツームストンは、実際のロケ地となったところだ。
西部劇好きの私は40年も前に、今で言うところの“聖地巡礼”をしていたのだ。
 
ツーソンは大きな街ではあるが、私が訪れたのは8月の上旬のこと、現地は摂氏40度はあろうかという猛暑だった。日中は殆ど人通りが無かった。
それもその筈、アリゾナ州南部は、MLBのキャンプにも使われる地域だ。アメリカでは、“避寒地”として別荘が在ったりもする場所だ。
現地に到着した私は、少しでも暑さに慣れようと夕刻から外出することにした。
商店が並ぶ一角迄来ると、なになら騒がしい店を見掛けた。スポーツバーだ。
当時、日本には無かった形態だ。私は、興味本位で中を覗いた。
店内では、MLBの試合がテレビで中継されていた、多くの人が、ビール片手に観入っていた。
すると、カウンターの中に立っていた腕にタトゥが入った髭もじゃのバーテンダーが、
「Come in !」
と、私を手招きした。
私は、一瞬躊躇した。全くの下戸だからだ。
それでも、中継のタダ観はみっともないし、暑さで喉も乾いていたので私は意を決してスポーツバーに入った。
 
「ビールか?」
タトゥで見た目は怖そうなバーテンダーだったが、優しそうな目線で私に問い掛けてきた。
「アイスティーは有りますか? それと、水も下さい」
「有るけど、酒は呑まないのか?」
バーテンダーは、初めて見るであろう東洋人の若者を怪訝な表情で見詰めていた。
私は、自分が下戸であることを説明しようかと思ったが、英語の語彙不足を感じ断念した。その代わり、
「私は仏教徒なんです。日本から来ました」
と、ホラと共にジョークでかわした。
嘘は万国共通で嫌われるが、ホラなら勘弁願えるだろうとも思っていた。
 
テレビで中継されていたのは、ボストン・レッドソックス対ニューヨーク・ヤンキースの伝統の一戦だった。試合は、レッドソックスのフランチャイズ、フェンウエイパークで行われていた。
私が、観慣れないフェンウエイパークを、直ぐにそれだと思ったのは、レッドソックスの試合だったからではない。世界最古のボールパーク、フェンウエイパークはレフト側が非常に狭く、ホームランの多発を懸念して11mものフェンスが、レフト側にだけ設けられている。
通称『グリーン・モンスター』というフェンスだ。つまらぬ知識も、時には役に立つものだ。
試合は緊迫した投手戦となり、特にヤンキースのエース、ロン・ギドリーが、レッドソックス打線をキリキリ舞いさせていた。
 
白熱した試合に、手持ち無沙汰になったバーテンダーが私に話し掛けてきた。
「日本でも野球は盛んなのかい?」
「勿論、日本人なら誰でもルールを知ってるよ」
「でも、ヤンキースやレッドソックスの事は知らないだろ?」
「そうだね。でも僕は、フレッド・リンの学生時代を知ってるよ」
と、レッドソックスの中心打者の名を挙げてみた。
これはジョークでもホラでもなく、実際、日米学生野球で来日したフレッド・リン選手のバックスクリーン越えのホームランを、私は神宮球場で観ていたのだ。
 
「へぇー、大したものだ」
バーテンダーは、気分を良くしたようだ。
彼は更に、
「日本にも、ベーブ・ルースを超えたホームランバッターが居るだろ? たしか、何とか・オーとかいう」
「あぁ、サダハル・オーね」
「そうそう、凄いものだね」
田舎のバーテンダーでも、外交辞令はわきまえているらしい。
私も外交辞令で、
「でもね、日本のピッチャーは、ロン・ギドリーみたいな強い投球は出来ないよ」
と、返してみた。
彼は更に、
「それでも、ルースを越えたんだろ?」
と、たたみ掛けて来たので、私は、こう返してみた。
「それと、日本のボールパークは狭いんだ。特に、オーさんのフランチャイズ・後楽園球場の広さは、丁度、フェンウエイパーク位だよ」
と、テレビの画面を指差して言ってみた。
そして、怪訝な表情のバーテンダーに、
「ただし、without Green Monsterだけどね」
と、付け加えてみた。
「without Green Monster!!」
彼は大笑いをし、近くに居た常連客らしき男性達に、何やら早口で説明していた。
それは多分、
「この、日本からやって来たYoung Boyは面白いぜ。日本のボールパークは、グリーン・モンスターが無いフェンウエイパークみたいだってよ!」
と、私のことを紹介してくれたのだろう。
そして、多分、
「ただ、この坊やは、酒が呑めないよ」
とも付け加えてくれた様だ。
常連客達は、
「俺の奢りだ! ビールを吞め」
とは言わずに、次々とハイタッチしてくれた。
 
多分、若き日の私の英語は、十分に通じていなかったと思う。
しかし、ジョークだけは通じた様だった。
 
ジョークと言えば、旅先でこんな経験も有る。
アリゾナ州ツーソンで私のジョークが通じた(らしい)約30年後の2008年、50歳を手前にした私は、単身ニューヨークに出掛けた。
目的は、その年が最後のシーズンとなるヤンキースタジアムを再訪することだった。丁度、日本の松井秀喜選手が、ヤンキースの中心打者として活躍していた頃だ。
『ベーブ・ルースが建てた家』の別名を持つ旧・ヤンキースタジアムは、クラシックモダンな独特の雰囲気がある。丁度、ニューヨークの縮図の様な感じだ。
マンハッタンから地下鉄に乗り、イーストリバーを越えブロンクス地区に入ると、ヤンキースタジアムが見えてくる。地下鉄の駅が、スタジアムに隣接して設けられている。
我慢の無い私は、試合開始2時間前に地下鉄を降り立っていた。スタジアムの外で、食事を済ませようと考えたからだ。
 
ヤンキースタジアム駅周辺のガード下には、観客相手の飲食店が立ち並んでいる。どこも、店内よりも外で飲食する客が多い形態の店だ。
私は、その中の一軒で、チーズバーガーとアイスティーを購入した。ガード下に並べられたスタンディングテーブルは、どこも一杯だった。
その中に、私と同年配と思われる男性が、一人でビールを呑んでいるテーブルが有った。身の丈2mはあろうかと思えるその大男は、私と目が合うと、
「どうぞ」
と、言う様に誘ってくれた。
「Thank you」
と、礼を言って私はテーブルにチーズバーガーとアイスティーを下した。どちらもアメリカンサイズだ。結構重かった。
「日本からですか」
「はい、東京から来ました」
そう言ったきり、学生の頃から全く進歩していない私の英語力では、会話が続かなかった。彼は何とか、簡単な語彙を使って私に話し掛けてくれたが、私は一向に聞き取ることが出来なかった。
 
「ミスター。そのキャップの“ND”って、どんな意味ですか?」
私はたどたどしい英語で、彼のキャップに付いていたロゴの事を尋ねた。ヤンキースの“NY”では無かったのが不思議だったからだ。
彼は帽子を取り、
「あぁ、これかい? これはノートルダムのロゴだよ」
と、教えてくれた。
「ノートルダム大学?」
私は、声に出さずに頭で考えていた。そして、思い出して、
「ファイティング・アイリッシュのかい?」
今度は、声にして彼に言ってみた。“ファイティング・アイリッシュ”とは、ノートルダム大学フットボールチームのニックネームだ。
私は丁寧にも、“ファイティング・アイリッシュ”のアイコンのポーズもしてみた。
「そうだよ! よく知ってるな!」
身長2mの中年男は、同年代の東洋人に驚きの声を上げた。
私は更に、
「ジョー・モンタナは、史上最高のQB(クォーターバック)だと思うよ。彼のスーパーボウルでの活躍は、全部テレビで観戦したよ」
と、有名なOBの名を出して会話を繋いだ。
無駄な知識だって、役に立つのだ。
ノートルダム大学出身の大男は、古くからの友人を見る様な表情に変わっていた。
 
「ところでさぁ、オカジマって、日本でも優秀なピッチャーだったのかい?」
彼は私に対し、急に親し気になりMLBの話題を振ってきた。“オカジマ”とは、ヤンキースのライバル、レッドソックスに在籍していた日本人投手だ。松井選手を始めヤンキースの打者達は、岡島投手を大の苦手にしていた。
「いや、普通のサウスポーピッチャーだったよ。ただ、日本に居る時からキャッチャーを見なかったけどね」
と、岡島投手のフォームを茶化してみた。
彼は、益々興が乗ってきて、
「日本にもっと良い、ピッチャーは居ないのかな」
と、私に聞いてきた。
その時、私は、前日買い求めたヤンキースの選手名鑑を思い出していた。そして、またしても余計なジョークを思い付いていた。
 
選手名鑑には、各選手の成績・体格・出身地に加え、長所と短所も書かれていた。
例えば松井選手の長所には、
『長打力が有り、チャンスにめっぽう強い日本のゴジラ』
と、あった。短所には、
『英語が不十分で、インタビューにも通訳が同席』
と、身に積まされることが書いてあった。
ヤンキースの人気者・キャプテンのデレク・ジーター選手は、長所には、
『ヤンキース史上、最もシュアなバッター。一番の人気者』
と、あった。短所には、いつまでも独身のジーター選手を皮肉って、
『ガールフレンドが多過ぎ!』
と、ジョークとしか思えないことが記されていた。
 
私はそのことを思い出し、日本の良い投手を聞いた同世代のニューヨーカーに、
「若い投手だけど、一人いるよ。ダルビッシュ有という名の投手だ」
と、答えた。
「ダ・ル・ビ・ッ・シュ? 変わった名だなぁ」
「あぁ、父親がイラン人なんだ。今だとちょっと弱点だね」
9.11テロ以降、中東人に対する風当たりの強さを考えて私はそう言った。
続けて、
「でもね、ダルビッシュは背が高いし投球も強い。変化球も多彩で、低目のコントロールも良い」
と、ヤンキースで活躍出来なかった日本人投手や、レッドソックスで苦戦している松坂大輔投手を引き合いに出して話した。
興が乗った私は、更に、
「しかも、デレクに引けを取らないハンサムボーイだ」
と、続けてみた。そして、
「でも、大丈夫だ。彼は結婚(前妻)していて、子供も居る」
と、ジーター選手の短所を補足で使うジョークにしてみた。
機嫌が良くなった彼は、
「そうかい。ダルビッシュだな。覚えとくよ。いつかキャッシュマン(ヤンキースGM)に話しておくよ」
と、ジョークを返してくれた。
 
気分が良くなる試合前のひと時だった。
私は彼に礼を言い、別れを告げスタジアムの入場ゲートへ歩を進めた。
 
アリゾナとニューヨークで私が言ったジョークは、多分、通じていたと思う。
だって、会話を交わした彼等は、一様に笑顔に為ってくれたから。
 
でも、もしかすると、片言で発する私の英語ジョークは、旅の恥として置いてくるのに、丁度いい代物だったのかもしれない。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th&39th&40th Season三連覇達成

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2021-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.132

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