週刊READING LIFE vol.134

「いい娘」「いい家族」のカタチにハマらないように《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》

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2021/07/12/公開
記事:すじこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あ、もしもし、急にごめんね。実は、あんたの住んでいるアパートの住所を知りたいから口頭で教えてくれる?」
母親からそんな奇妙な電話が来たのは年も師走の12月頃の話だ。
 
急用で、私の住所を知りたい?
 
新手のオレオレ詐偽だろうかと、一瞬実の母を疑ってしまうほど奇妙な電話だ。
しかも、焦っている様子。
 
「ど、どうしたの?」と当然のことを聞いたが、
「理由は後で話すから教えて!」と怒られた。
理不尽だ。理不尽すぎると思いつつ、私は現住所を教えた。
伝え終わると、「ありがとう」と言い残し、一方的に電話を切った。
 
かくして、突風のように訪れた母の電話は、私の現住所を奪い、去って行ったが、よくよく考えれば、実家に私の賃貸契約書が保管されているので直接、私に聞く必要がない。
だとすれば、出先で急に私の情報が必要になったということになる。
 
益々怪しい。
 
母に何があったのだろう?
そんなことを思っていた最中、母からLINEが来た。
 
「さっきはごめんね。実は、書類に緊急連絡先を書かなきゃいけなかったから助かったよ」
 
しょ、書類!?
「急用」、「個人情報」、そして「書類」。
 
詐偽に紐付ける単語が順調に揃いつつあるこの状況に動機が止まらない息子の心情に反して母のラインは随分フランクに見えた。
 
「え、なんの書類?」恐る恐る返した。
返答はすぐに来た。
 
なんだ、なんだ、なんの詐偽だ。
恐る恐る、メッセージを開く。
 
「あ、実は今月から、実家を出て違う場所に暮らすのよ。その新しい場所の賃貸を借りるために必要だったの」
 
え、ちょっと待って、実家でるの!?
寝耳に水という便利な言葉があるが、まさにそれである。
 
「ちょっと待って聞いてない。いつ家を出るの?」
とラインはしたものの、夜になるまでその返答は来なかった。
 
「実家を出る」という言葉は友人からはちょくちょく聞いていた。
その言葉には、単に「住処を変える」という意味だけではなく、”親元から巣立つ”や、”独立する”など複数の意味が込められていると思う。
だから、私は、友人に労いの意味も込めて「頑張ってね」と声をかける。
私も、4年前、いろんな人に労いの言葉を頂いた。
それほど遠くの街に引っ越す訳でもないのに母親は涙も浮かべ、私を見送った。
その母が、まさか実家を出るとは。
 
私の実家は母の実家でもある。
と、いうとややこしいが、簡単に言えば祖母と2世帯住宅で暮らしていた。
私が中学生の時に祖母が暮らす母の実家に一家で引っ越したのだ。
それまで、私と母を含む一家は、祖父母と一緒に暮らしていなかったが、祖父の死を期に移り住むことになった。
 
「おじいちゃんが生きてる間に一緒に暮らすことができなかったのを後悔している。だからせめて、おばあちゃんが生きてる間には一緒に暮らしたい」と母たっての希望で移住の踏み切った。
 
やはり、娘というのは、孫を連れて親元で暮らすことが親への恩返しと思うものなのだろうか。
世間一般の女性がどう思っているのかは私にはわからないが、少なくとも私の母はそれを恩返しと感じていたようで、その恩返しを父にできなかったことを悔やんでいた。
同じ後悔をしたくないと思った娘の行動は早く、実家を2000万円かけ2世帯で住めるように改築し、祖父が死んだ翌年には一緒に住むようにした。全ては準備が整った。
整ったのだが、一つだけ問題があった。多分、今回の「実家出る」騒動も引き金はそれである。
 
夜になって電話がきた。
あいさつも早々に私は
「なんで引っ越すの?」
と聞いた。
すると母は
「おばあちゃんと暮らすのに限界が来た」
と答えた。
やっぱり。
 
そう、母と祖母は相性が悪い。
血が通っているんだよね?
と血縁関係を疑ってしまうほど相性が悪い。
それは同居をする前からわかっていた。
何しろ、結婚した理由の一つとして、「早く実家を出たかったから」が入っているぐらいだ。
相当、祖母と暮らしが憂鬱だったのだろう。
 
その後も母に行くつか質問をし、なんとなく概要が見えてきた。
どうやら、祖母は母に食事、洗濯、家事全般を押し付けていたようだ。
祖母が弱っている人間ならば仕方がないがまだ元気な人間である。
元気なのに何もしないのが癪にさわったらしい。
さらに家事全般を押し付けるだけではなく、小姑のように家事にケッチをつけてくるらしくその度に喧嘩になっていたとのことだ。
 
祖母と母の生活リズムも噛み合わないのも衝突の要因である。
母は、朝から夕方まで働き、夜から深夜までがプライベート時間という働く人には当然のリズムだが、年金暮らしの祖母には、そのリズムは気持ちが悪いらしい。
生きてるベクトルが違うのだからリズムが違うのは当然である。
そうすれば、両者歩み寄ればいいのだが、実際問題、労働者と年金受給者が完璧に分かち合い共存するのは難しいかもしれない。
 
一昔前は専業主婦が多かったのもあり、比較的に祖父母とリズムが合わせやすい方が多い時代だったが働く女性が主流の世の中ではやはり厳しいものがある。
 
もちろん、母も娘として恩返しをしたかっただろう。
しかし、母には母の人生がある。
ジレンマだ。
母親と話しを終えた後、私は少し考えた。
 
今は祖母から離れて気持ちが晴れているが、きっと母のことだ。
時間が経てば「最低な娘」と自分を被疑するに決まっている。
別に一緒に暮らすことが、「最高の娘」というわけではないのに。
 
何か、「最高の娘」の呪縛から解く方法はないかと、思っていた時ある本の存在を思い出した。
 
それが、「生きるとか、死ぬとか、父親とか」だ。
この本はコラム二ストであるジェーン・スーさん(以下、スーさん)が父親との暮らしについて綴ったエッセイだ。
21年3月より、ドラマ化もされたので名前だけは聞いたことがある方もいるかもしれない。
作品自体18年に出版されたが、ドラマ化を期に今年(21年)に単庫本が出版された。
 
物語は父親が都内マンションに引っ越すことを娘に告げるところから始まる。
一見して良さそうな物件を提示した父。
引っ越すのは構わない。構わないがスーさんには気がかりなことがあった。
「お父さん、家賃は?」
スーさんが尋ねると、父の年金では賄えないほどの金額が出てきた。
つまりは、スーさんに資金援助を申し立ててきたのだ。
 
予想的中だ。何しろ父は事業に失敗し、借金がありこんな家に住む余裕がない。
呆れたを通り越し、笑えてきた娘のスーさんはある提案を持ちかけた。
 
「いいけど、君のこと書くよ」
そう、父という生態を書くことで資金援助を承諾したのだ。
つまりこの本は、父の家賃補助のため書かれた本と言っても過言ではない。
なんと斬新なやり方。
 
物語はスーさんと父親の決して楽しいだけではないリアルな親子関係が赤裸々に描かれており、単なるファミリーストーリーじゃ出せない、リアルで共感できる場面が散りばめられている。
またその共感できる場面こそが、社会で生きる上で皆、感じる不満だったり、居場所のない気持ちだったりする。
それこそ、「いい娘問題」だ。
スーさんの母はすでに他界しており、ひとり娘のスーさんとしては父と一緒に暮らすことが「いい娘」の使命と感じるようだが、それは難しい。
だから代わりに資金援助という形で父の暮らしをサポートしているようだ。
「いい娘」でいたいが、現実は難しい。
そんな声が作品から聞き取れ、その声がまさに私の母の悲鳴と合い重なった。
 
スーさんも一度は同居を試したようだが、やはりライフスタイルが合わず、お互いのフラストレーションが溜まる一方だったらしい。
血が繋がっていても所詮他人。
お互いに生活リズムがあり、それを壊すものは例え親であっても害悪でしかないのだ。
 
「一緒に暮らせないからって金で解決とか娘としてどうなの?」
と思う人もいるかもしれないが、今を生きる上でお互いが健康でいられるのがスーさんの場合「資金援助」という形だっただけのこと。
「いい娘」にかたなどはなく、お互いが健全でいられる形であれば、それがベストなのだ。
 
私の母も、「いい娘」の古い考えに固執して自分を傷つける癖がある。
親子なんて所詮他人だ。
お互いの思ったことが全て一致するわけではない。
だからこそ、お互い歩み寄りながら、両者にとってベストな形で親子の関係性を築き上げることが重要なんだとこの本を見て思った。
 
親子関係に悩んだらぜひ読んでほしい本だ。
私も今度母に勧めようと思う。
 
あれから半年。母は祖母から離れて少しづつ自分の生活を取り戻しているようだ。
祖母も祖母で、自発的に家事をして前と比べ随分生き生きしているようだ。
やはり、「一緒に暮らす」が「いい娘」だと思っていたのは母の勘違いだったようだ。
 
私もそのうち母との関係について見つめ直す時が来るのだろうか。
今はお互い働き盛りなので同じベクトルの上にいるが、親が引退した際は、きっと今と価値観やリズムが違ってくる。
その時私はちゃんと「いい息子」でいられるだろうか。
いい親子関係が作れるだろうか。
 
それはきっと誰も教えてくれない。
なぜなら、お互いが歩み寄って築かないといけないものだから。
親子とはお互いの言葉を交わさないと作れない。大丈夫、その時間はまだある。
 
とりあえず、今月実家に帰ろうと思う。
私の緊急連絡先を書いた母が住む新しい実家に帰ろうと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
すじこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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