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週刊READING LIFE vol.134

悪あがきの、どこが悪いの?《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》


2021/07/12/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
最近、特にこれを買いたいという目的がなく、何も考えずにふらふらと書店に寄る時は決まって「今日もやばいんじゃないか」というフレーズが頭をよぎるようになった。
それというのも平積みコーナーの本を眺めながら「表紙買い」することがとても多いから。
 
その日書店を訪れた私は、またしても1冊の本に目が止まった。
ブレイディみかこ著『ワイルドサイドをほっつき歩け ─ハマータウンのおっさんたち』(筑摩書房、2020)である。
いつも思うのだけど、ブレイディさんの著書は人の目を釘付けにするのが本当に上手い。まずはタイトルだ。適度に外国語、カタカナ語を取り混ぜたタイトルは、見た人に中身を容易に想像させる。日本人が持つ外国コンプレックスを十二分にくすぐることを恐らくは目的としたタイトルの付け方も絶妙だ。たぶん編集者さんもアイデア豊富なんだと思うけど、そこで「本を買わせる」までしっかりコンプリートさせちゃうところが憎いじゃないか。
 
そしてお次は表紙である。これまた日本語と外国語の両方が配置されており、しかもカラフルで楽しそう、ポップでわくわくする感じがよい。しかも装丁に出ているおっさんが本当に街中をウロウロしているような感じだったので、めちゃくちゃ引っかかりがあったのだった。
辛気臭い世の中に生きる身として手軽にわくわくしたい気持ちと、原因不明の胸騒ぎの両方をこの本から感じ取った。まんまと装丁の罠にハマった私は「ワイルドサイドって何?」「ハマータウンって何?」と、「?」をたくさん抱えながら本を開くことになる。
 
2018年〜2019年頃のイングランド南部、ブライトンを舞台に、数名のおじさんたちとその周辺の人々が登場する。ここに出てくる男たちは皆、1955年くらいを中心に生まれた世代。日本でいうならば65歳前後、定義としては「老人」に入るのかもしれないが、日本もそうだけどイングランドの男たちも一様に、その年齢よりもずっとずっと活動的だ。
 
労働者階級に属する彼らの生態は多様だ。
人生も折り返し地点を過ぎているというのに、今更ながらの就職活動をする人。若い子を後妻に据えたはいいけどその後が結構怪しい人。毎日現れてうんちくを垂れまくるけどいなきゃいないで物足りない人。どのエピソードも笑えて頷ける。
 
そして読みながら思うのだ。
彼らは皆、己の人生にあがいている。
もちろん、読む側の私もだ。
 
結構な年月を生きたのに「私はまだ若い!」などと、他の人からしたらみっともないことこの上ないようなことを今更言うつもりはない。
そんなつもりもないけど、でももし誰かに「おばさん」などと言われようものなら、たぶん全力で頭に来るであろう。
 
『ワイルドサイドをほっつき歩け!』に出てくるおっさんたちと私との共通点はそんなところなのかもしれない。彼らだって恐らく「おっさん」なんて面と向かって言われるのは面白くないに決まっている。

 

 

 

専業主婦はやめて、また外で働いてみようか。
そう決心したのは14年前のことだ。
 
結婚して続けて子どもが産まれたから、目の前のことで本当に精一杯で、どこかに預けてまた働こうなんてことは夢にも思わなかった。とにかく私はこの子たちに責任がある、育てなければということで頭がいっぱいだった。
 
子どもたちが赤ちゃんの時は一挙手一投足を見守って、幼稚園や小学校に行けば行ったで毎日の様子に一喜一憂していた。世界には自分の子どもしかいないんじゃないかというくらい、子どものことを見つめてきた自信だけはある。でもたっぷり見つめていればそれだけうまいこと子どもが育つわけでもない。その時々の年齢や環境に応じて、子どもたちについて悩んでいたことはたくさんあった。
 
上の子が小学校で、何もしていないのにちょっとしたからかいの対象になることが多くあった。今で言えば「いじり」だろう。いじめに遭っている子がいじめられているところを先生に見つかったりしたら、周りの子が、
「先生、俺たちいじめてなんていないですよ。いじってるだけだから」
と言い訳をする、あれである。
 
おとなしい上の子は、時々やんちゃなグループに放課後遊びに誘われていた。友達が増えたからいいのかなとほっとしたのも束の間、彼らは放課後にバッティングセンターやゲームセンターといった、小学生の身分にしてはお金がかかりすぎるような遊びにばかり行っていたことがわかった。
 
「あんたたち、ゲーセン行ってるの? 小学生がそんなところに入っていいの?」
「一応子ども料金はあるけど……」
「でも、毎日そんなところに行っていたらお小遣いなくなるでしょう。それにお母さんは小学生がそういうところに出入りするのは良くないと思うな」
「うん……」
「もし本当は行きたくないんなら、断ったら?」
「うん、そうするわ」
 
上の子も自分には向いていない遊びだと思ったのだろう。毎日ゲームセンターへ誘われるところを少しずつ断ることが増えた。そんな日が少し続いた時に事件は起こった。
 
「……痛い」
 
帰宅してきた上の子が、苦しそうに漏らした。
 
「どうしたの?」
「お腹が痛い」
「どうして? いつから? トイレは行った?」
「違うんだよ」
「どうしたのよ」
「殴られたんだよ」
「えっ! どこ? 見せなさい!」
 
私は子どものシャツをめくった。胃の下あたりがうっすらと紫色になっている。
 
「誰がやったの?」
「あいつらだよ。俺がゲーセン最近行かないからって、時々ぶったりしてくるんだ。今日、体育の授業がサッカーだったんだけど、俺がミスしたらその時に何発も殴られたんだ」
 
私は殴った子の名前を聞き出し担任に報告したが、加害者の親たちは謝るどころか全員しらを切った。「遊んでたんじゃないですか?」などと平気で知らん顔をして、自分の子は悪くないと口裏を合わせて白々しくいう母親たちと私は対決したが、担任から問い詰められて「もう、いじらない」と相手の子どもが言ったんだからそれでいいじゃないか、そう夫に諌められて私はそれ以上彼らを追求することをやめた。
 
この一件は大いに私を疲れさせた。子どもが産まれて、ただひたすらに自分のことをさておいて子どもを見てきた時間ってなんだったんだろう。そう思うようになった。
私がいくら気を配ったって防げないことは起こる。今までの子どもへの心配の数々が虚しく思えて仕方がなかった。そんな時に友人がこう言った。
 
「完璧に子育てしようとして疲れ過ぎちゃってるんじゃない? 子どものことが気になって仕方ないならそこから心を外したら? 仕事とかしてみたら?」
 
心配することと引き換えに、自分のことは全く後回しだったことにも気がついた。今世間で何が流行っているのかもよくわからなかった。働いてみたら少しは気が紛れるのかもしれないな。子どもも中学に上がったらもう手を離してもいい年頃だし、自分のエネルギーは自分に使いたい。そう思い、就職活動をしていった。
 
長いことブランクがあった主婦上がりの人を簡単に雇うところはそうそうない。
社会から断絶されていた間にPCが登場し、事務職に求められるスキルも大きく変わっていた。私はWordやExcelを勉強しながら就活をした。何社落とされたかわからないくらい履歴書を書いた記憶だけはある。パートで採用されたり、短期の仕事をしたりしながら私は正社員で雇ってもらえる仕事を探すようになっていた。
 
それはまるで、何度も何度も現れる鋼鉄の高い壁に向かって突進していくような挑戦だった。正社員の仕事に落ち着くまでの10年間は、意地になって世の中に対して立ち向かっていったように思う。振り返ると、面接で落とされれば落とされるほど、悪あがきをしていたような日々だった。

 

 

 

『ワイルドサイドをほっつき歩け ─ハマータウンのおっさんたち』の登場人物たちのエピソードを読むと、うまく行かなくても、時に倒れても自分流を通そうとするところに妙にシンパシーを感じるのだ。
 
働いても働いてもどういうわけか豊かになれない。どうしても酒がやめられない。老境に差し掛かった年齢での恋路が思うように行かない。やっと一息ついたかと思えば病魔が襲う。いつも街で会う時には強気で陽気に空いばりしているようなおっさんたちにだって、一通りの悩みはある。何歳になっても、超えたくても越えられない壁が存在するのだ。
 
今でこそ私は安定した職に就いているけど、それでも課題や問題は降りかかってくる。生きている限り、何もないことはない。むしろ続々と現れる人生の瓦礫を避けながら、つまずかないように退けながら歩いて行かねばならないのだ。おっさんたちの話を読むにつけ、振り払っても振り払っても襲いかかってくる問題に悩むのは私だけじゃないんだと、どこか同志を得たような気持ちになる。
 
おっさんだろうがおばさんだろうが、年齢を重ねて生きていくとはそういうことなのだろう。いつの間にか齢をとってしまった私たちだけど、それでも若い人たちに年寄り呼ばわりされたくはないし、人生の波に立ち向かう気力だけはまだあると思いたい。勝手に人を社会のステージからどけないで欲しいし、どかされないだけの底力は残っているはず。今抱えている問題を「もうこのへんでいい」と諦めてしまったらそれまでなのだ。
 
次々と現れる運命を変えるために、何かいい方法はないか。最後の最後まで自分らしく、ワイルドに生きていこうとするおっさんたちは世の中に悪あがきをしているのが、読んでいてなんだか嬉しく、頼もしくもあり、どこか彼らを自分の姿と重ね合わせているのだ。悪あがきの、どこが悪いの? もしも誰かに生き方を笑われたら、胸を張ってそう言おうと思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「誰ともかぶらない文章が書きたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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