週刊READING LIFE vol.134

東京という地元に縛られる貴族たち《週刊READING LIFE vol.134「2021年上半期ベスト本」》

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2021/07/12/公開
記事:小北 采佳(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「なぜ人は上京するのだろう」と最近よく考える。
上京とは、一般的に「地方で暮らす人が首都・都に行くこと」とされる。つまり、「地方の人が東京に行くこと」だ。
 
私自身も、地元山形から東京に上京してきた。
山形を出て東京に行きたいと言ったとき、母親はあまりいい顔をしなかった。娘が遠くに行ってしまうことへの寂しさや、生まれ育った山形を大切にしてほしいという思いがあったようだ。
「なんでそんなに東京に行きたいの?」
と母親からたびたび聞かれたが、その時は自分でもその理由をうまく説明できなかった。
 
ただ、若者がどんどん少なくなり、年々活気がなくなっていく地元よりも、東京がキラキラした場所に見えたのは間違いない。
地元の商店街は、郊外にできたイオンモールに客をとられて人影もまばらになっていった。そんな地元とは違って、いつも混雑していて活気のある東京の繁華街は、雑踏の中をかき分けて歩くストレス以上にワクワクをもたらすものだった。それに、おしゃれなレストラン・雑貨屋・美術館・博物館・公園など、遊び場がたくさんあり、日本中、あるいは世界中から人が集まってくる東京に一度住んでみたかった。
 
それに、東京に行くことで、この先の自分の可能性が広がると感じたのも大きな理由であった。実際、大学選びにしろ職場選びにしろ、東京にいる方が圧倒的に選択肢の幅は広がる。もしも高校を卒業してから山形から出ないとすると、大学は山形大学、そして就職は山形銀行か山形県庁、というレールをたどっていくことになる。でも、東京にいれば他の道がたくさんあるし、その中には、山形にいては実現できない道もたくさん含まれている。これからの人生、地方に住んでいることで、自分が持てる選択肢の数が、そもそも少なくなってしまうのは嫌だった。
 
つまるところ私は、活気ある東京への憧れと、自分のこれからの人生の可能性をもっと広げたいという野心を持って、東京に来たのであった。
上京しようと思う人の大半は、きっと私と同じ理由で東京に来ているのだろう。

 

 

 

そんな私が東京に住み始めて5年目の今年、ある本と出会った。
山内マリコさん著の『あのこは貴族』だ。
 
地方から上京してきた美紀と、東京生まれの箱入り娘である華子という、境遇の全く違う2人の女性が、幸一郎という男性をきっかけに巡り合う話だ。
この小説では「東京出身者が東京で生きるということと、地方出身者が東京で生きるということ」が、大きなテーマの1つになっている。
 
あるサイトでこの本のあらすじを知って、読んでみたいと思ったのが手に取ったきっかけであった。
文章のテンポがよく、ストーリーもおもしろすぎて、ほぼ一気に読み切った。本当に、こういう本が読みたかったと感じた。こんな感想を持てる本には、正直なかなか出会えない。

 

 

 

特に地方から上京してきた人にとっては、美紀の生き方に共感できる部分が多々あるように思う。
美紀は地方出身で、猛勉強の末に慶應義塾大学に合格。大学進学のために上京するが、実家が経済的に困窮し、学費を払うことが難しくなってしまう。美紀はキャバクラやホステスなど、いわゆる夜の仕事を転々としてお金を稼ぐが、大学は結局中退する。そして20代半ばごろまではホステスとして生計を立てていく。
 
慶應義塾大学への在学中、美紀は「本物の金持ち」の子の存在を知る。
「本物の金持ち」とは、何世代も続く裕福な家庭に生まれ育ち、地元東京で何不自由ない暮らしをしてきた人々のことである。彼らの多くは慶應大学の小学校からエスカレーター式に大学まで進学しており、同じような境遇の学生たちといつもキャンパス内でつるんでいた。
そんな学生たちの中に、幸一郎という男子生徒がいた。幸一郎の家は歴代当主が政治の世界にも進出している名家であり、小学校から慶應。美紀は幸一郎に一度だけ授業のノートを貸したことがあったのだが、基本的にエスカレーター進学グループのメンバーには近寄りがたく、いつも遠巻きに見ていた。
美紀は英語が話せるようになりたくて慶應の文学部に進学したのだが、慶應には親の仕事の都合で海外生活を送ったことがあり、英語がすでにペラペラの帰国子女がごろごろいることを知る。ここで美紀は、自分がいくら努力をしても、彼らのような「本物の金持ち」との間には、生まれながらに埋められない大きな溝がある、と感じるのであった。
 
慶應を中退して何年かのち、美紀は六本木のバーで働いているときに幸一郎と偶然再会し、そこから彼と交際するようになる。交際といっても、幸一郎は家柄も出身も自分とは違う美紀と正式に付き合う気がなかった。そのため、都合のいいときに呼び出される愛人のような関係がダラダラと続いているような状態であった。
 
一方、この物語のもう一人の主人公である華子は、いわゆる「本物の金持ち」である。
華子は東京の高級住宅街に実家があり、父親は整形外科、母親は会社経営をやっている。生まれながらの箱入り娘として、親が決めた私立名門女子大学を出て、親のコネで入社した会社で仕事をし、何不自由ない暮らしをしていた。
とはいえ彼女は親から与えられた人生をこれまで歩んできたために、自分で何かを達成したりしたことがないのをコンプレックスに感じていた。そして自分は一人では生きていけないから、早く結婚して専業主婦としてぬくぬくと生きていきたいと思っていたのだ。
27歳になった華子は、一刻も早く結婚したいと焦り、婚活に励む。そんな時に親戚から紹介されたのが幸一郎であった。2人は交際を開始し、とんとん拍子で婚約する。
しかし、婚約後に幸一郎が美紀と関係を持っていることを知り、結婚前に美紀と直接話をすることになる……という筋書きだ。

 

 

 

美紀は、華子や幸一郎といった「本物の金持ち」と交流する中で、ある考えに至る。それは、「日本は格差社会なんじゃなくて、昔からずっと変わらず、階級社会だったんだ」というものだ。
 
華子や幸一郎は東京が地元で、昔からなじみの店に通い、活動するエリアも決まっていて、人間関係も自分たちと同じ上流階級の人々に限られている。彼らが属している上流階級のコミュニティは、昔なじみの狭い人間関係で成り立っていて、部外者はそこに入り込めない。そしてそんな一握りの上流階級の人々が、政治の世界でも経済の世界でも中心人物となっている。さらに、華子と幸一郎の結婚のように、同じ階級の人々の中で婚姻関係が生まれることによって、さらに上流階級の人々の結びつきは強くなっていく。これが何世代にもわたって、東京の狭いコミュニティの中で行われてきたことなのだ。
 
この東京の上流階級のコミュニティ内で行われていることは、自分の地元で行われていることと同じではないか、と美紀は気づく。
上京せず地元に残っている人も、昔から決まった行動範囲の中でしか生活せず、その範囲内の人間関係しか持たない。そして同じコミュニティ内で結婚し、その子供もまた親と同じような職業に就く。結局、地元が東京であろうが田舎であろうが、狭いコミュニティの中で自分の人生が完結してしまうということが起こっているのである。

 

 

 

しかし、ここで「あれれ?」と思う。
東京にはいろいろな選択肢と人生の可能性があるのではなかったのだろうか?
それを求めて人々は上京しているはずではないか。
東京にいても、狭い人間関係や行動範囲の中に自分の人生が閉じてしまうのはなぜだろうか。
 
考えてみると、東京だろうが地方だろうが、「地元に縛られる」理由があるかどうかで、その人の人生における選択肢の数は決まってしまうのかもしれない。
華子や幸一郎は、生まれながらに財産・家柄・地位などを持っている。しかし、それらを持っているからこそ「しなければならないこと」や「求められること」がある。例えば、一族全員が入っている慶應義塾大学に小学校から入らなければならないとか、将来は同じような階級の人と結婚しなければならないとか、先祖代々受け継いだ財産を自分たちが守っていかなければならないとか。
そういう多くの「こうすべき」があるからこそ、華子や幸一郎は地元東京や、なじみのコミュニティの中で人生が完結してしまうように方向付けられていくのかもしれない。そしてそれが何世代にもわたって繰り返されていくのだろう。
こうなると、東京にいかに多くの大学や企業があろうが、どれだけ多くの選択肢があろうが、華子や幸一郎にとってはあまり関係ない。結局、選択肢が「存在する」ことと、それを「実際に選べる」こととは違うのだ。
 
生まれながらに持っているもの、持っていないもの、持っているからこそしなければならないこと。
 
地方でも、地元を離れられない理由があって、そこでずっと暮らしている人もいるが、東京でも、地元に縛られて生きている人たちもいる。その構造は変わらないということを改めて感じた。
 
美紀は、華子や幸一郎と交流する中で、自分は彼らのような上流階級とは程遠い存在であること、何も持たずに上京してきた全くの部外者であるということにも気づく。
確かに美紀は、生まれながらの財産や地位を持っていない。しかし、その代わりに「こうすべき」と美紀を縛るものも持っていないのである。
美紀はこのことを実感し、自分はなんて自由なんだろう、と思うのであった。

 

 

 

私は人生におけるより多くの選択肢を求めて上京した。
しかし、この本を読んで実感したのは、より多くの選択肢を求められること、そして自分で選択肢を選べるという状況そのものが、ありがたいということだ。
 
仮に私が地元山形で、家を継がなければならないとか、「こうすべき」という使命を持っていたとしたら、そもそも自分の生き方を自由に決められなかったと思う。
私も美紀と同様に、東京で生まれながらの金持ちの存在を知り、自分がいくら頑張っても手の届かない世界があることを実感した。でも、何も持っていないからこそ、私は自由であるということ、地元に縛られない生き方を選べるということに改めて気づくことができた。
 
生まれながらの金持ちでないからこそ、できることはたくさんある。
せっかく上京したのだから、この結末が決まっていない人生で、やりたいことをじっくり探していこうと思えた。

 

 

 

私はこの東京で何を成し遂げたいだろう。
そう考えながら今日も人々が行き交う雑踏を眺めている。
 
 
 
 
※参考文献
山本マリコ著『あの子は貴族』(2020年 集英社出版)

□ライターズプロフィール
小北 采佳(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山形県生まれ。山形→仙台→ハワイ→東京を転々とし、現在は東京都在住。
高校時代、数学のテストで200点満点中4点しか取れないほど理系科目が苦手だったが、現在はシステムエンジニアとして日々奮闘中。
故郷山形と東京を行き来する中で、地方と都市部に住む20代~30代女性のライフスタイルについて考えている。

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2021-07-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.134

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