週刊READING LIFE vol.135

本当に、「愛される方が幸せ」なのだろうか?《週刊READING LIFE vol.135「愛したい? 愛されたい?」》


2021/07/19/公開
中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
卒業アルバムの最後の方に、寄せ書きの出来る余白のページがある。
私の高校の卒業アルバムの中には、友達やクラスメイトのメッセージに混ざって、一つ、こんな言葉が書いてある。
 
「人から愛されるよりも、人を愛せる人間になりましょう」
 
達筆な筆文字で書かれたこの言葉は、当時の部活の顧問だった先生が私に宛ててくれたものだ。
なぜ、先生がこのメッセージを選ばれたのかは分からない。
もしかすると、他の同級生にも同じ言葉を書いたのかもしれない。
けれど、十数年経って久しぶりにアルバムを開いてみて、私の目にこの文字が飛び込んできたとき、「ああ、先生は確かに私に向けてこのメッセージを残してくれたのだ」という、確信めいたような気持ちになった。
書いてもらった当時はあまり意味が分かっていなかったような記憶があるけれど、最近になってようやく、この言葉が私の心に深く染み入ってき始めたような気がするのだ。

 

 

 

愛されないと、愛せない。
 
そう思っていた。
“誰かと付き合う” という関係性においては、私が相手を好きなのよりももっとたくさん、最低でも同じくらい、相手が私を好きでいてくれないといけないと思っていた。
だって、ドラマでも漫画でも、ヒロインはたくさんの人から愛されているではないか。
私が相手のことを好きな気持ちが、相手のそれよりも大きすぎると、なんだか負けたような気がすると思っていたのだ。
“女性は愛される方が幸せ” って言うじゃないか。
 
大学生の頃に付き合っていた彼氏は、とても優しい人だった。
何故だか分からないけれど、入学して最初のクラスでの自己紹介で、彼は私に一目ぼれしたらしい。
大学にもクラス委員のような役割があり、当時その担当だった彼と他数人はクラス全員分のメールアドレスを知っていた。
自己紹介のあったその日以降、彼から熱心にメールが送られてきた。
まだ純粋だったその頃の私は「きっと仲良くなろうと思ってクラスの皆にメールしてるんだな、随分マメな人だな」と思っていたけれど、ある時友達と話していて、どうやらそのメールは私だけに送られてきているらしい、ということが分かって驚いた。
それまでも「もしかして……」と思ったことが無かったわけでは無い。
けれど、一目ぼれされた事なんて無かったし、そんな風に熱心にアプローチされた経験も無かったので、どうしたら良いのやら分からなかった。
ただ “好かれている” という事実はなんとなくくすぐったくて、誇らしいような気持ちになった。
この感情をきっと「優越感」と言うのだろう。
程なくして彼と付き合うようになり、付き合ってからも “彼から愛されている” ということを行動から、言葉の端々から感じて、それまで男の人からこんなに大事にされたことの無かった私は「愛されるって本当に心地良いことだな、愛された方が幸せって本当だ」と思った。
 
“愛されている” という喜びを自分だけ、味わっていたのだ。
初めのうちはただ優しかった彼は、私が彼のことを本当に好きなのか、次第に不安に思うようになったのだろう。
私が誰かと遊びに出掛けたりするのに良い顔をしないようになり、「俺のこと好き?」と頻繁に確認するようになった。
友達と一緒に過ごす時間がだんだんと減っていき、何をするにも彼と一緒になった。
当時の私は、「彼氏という存在ならそのくらいが普通なのかも」とあまり疑問に思うことも無く、言われるままに過ごしていた。
だんだんと私も、彼の行動に口を出すようになっていった。
いわゆる共依存のような関係性になっていたと思う。
さらに、彼がご飯を作ってくれたり、迎えに来てくれたり、私の為に何かしてくれることが私にとっては当たり前のような感覚になっていっていた。
もらうことばかり考えて、返すことを全く考えられていなかった。
次第にケンカが増えるようになった。
それでも、「彼は私のことが好きだから」と半ば盲目的に信じてしまっていて、私は自分の行動を変えることをしなかった。
最終的に、その関係は破綻してしまった。
 
その後に付き合った人とも、最初は良くてもなんとなく上手くいかなくなった。
そもそも性格が合わなかったとか、大切にしているものが違った、とか別れた理由は色々あるのだけれど、私の中の根本的な問題も尾を引いてしまっているような気がした。
私は、どれだけ自分が愛されているか、というのをいつも感じていたかった。
誰かに愛されていないと、存在する意味が無いような気がしてしまっていた。
言い過ぎかもしれないけれど、本当にそんな気がしていたのだ。
もちろん、親や友達や、私のことを大切に思ってくれる人がいることは自分でも良く分かっている。
けれど、私のことを大切に愛してくれる存在がいないと、心にぽっかりと小さい穴が開いてしまっているような気がしていた。
その穴を埋めるのは、私を愛してくれる人だと思っていた。
 
恋愛が上手くいかなくて、仕事も上手くいかなくなって、体も壊して、何もかもしんどくなって一度仕事を辞めて実家に帰っていたことがある。
その時、懐かしさから開いたアルバムの中で目に留まったのが、冒頭の先生の言葉だった。
そのメッセージをいただいた当時は意味が分からなかったけれど、改めて目にしたとき、その言葉は高校生の頃に目にしたものとは全く違って見えた。
 
「人から愛されるよりも、人を愛せる人間になりましょう」
 
当時、先生に恋愛相談をしたことなど無かった。
だから、何故先生がこのメッセージを私に宛ててくれたのかは、皆目見当もつかなかった。
けれど、もしかすると私の普段の振る舞いを見ていて、「この言葉がいつか役に立つ時が来るかもしれない」そう思って先生が書き残してくれたような、そんな気がした。
実際に、十数年経った今、そのメッセージは私に何かを投げかけてきている。
 
その後、読んだ本の中でこんな言葉に出会った。
 
“「愛されないのは不運であり、愛せないのは不幸である」というカミュの言葉もあるように、誰かを愛せない人は悲しい。愛という最高に美しい感情を抱かせてくれた相手にまずは感謝することです。たとえ愛の対象が自分を愛してくれなくても、あなたが幸せな人であることに変わりはないのですから。”※1
 
そうか、これまで私は自分が愛されることばかり考えてきたけれど、そもそも誰かを愛する、というその感情自体が、自分にとって大切なものなのだ。
誰かを愛する、というその感情は相手があってのことで、その感情自体が相手からのプレゼントなのだ。
だから、例え愛されなくても、同じだけ愛が返って来なくても、自分が誰かを愛した、ということこそが自分を幸せにするのだ。
 
心の中にぽかりと空いた小さな穴は誰かに埋めてもらうのではなく、自分が誰かを愛する気持ちでこそ埋められるものなのだろう。
 
先生の言葉と、その本の内容とが、私に同じことを訴えかけてきていた。
誰かから愛されることばかり考えなくてもいい、まずは誰かを愛してみることだ。
求めてばかりでなく、与えてみるとまた違った見え方が出来るかもしれない。
そう思うと “誰かから愛されなければ” と鬱々とモヤのかかったような気持ちが、少し晴れてくような気がした。

 

 

 

無償の愛、という言葉があるけれど、私はまだまだそんな境地には至っていない。
誰かに愛情を注いだらやっぱり少しは返して欲しいなと思うし、誰かからの愛を感じられると嬉しい。
でも、少なくとも数年前と比べると、心に空いた穴の埋め方が分かったような気がする。
誰かに埋めてもらうのではなくて、自分の感情で埋めたら良いのだ。
人に埋めてもらうことばかり考えていても、きっと欲しがるばかりで穴はどんどん大きくなっていってしまう。
誰かを愛する幸せな気持ちで自分の穴を埋めることが出来れば、とってもコスパがいいじゃないか。
 
そんなことを考えていたら、先日、また私に愛することの大切さを教えてくれる記事に出会った。
 
そこにはこう書いてあった。
 
“愛されることに感謝し、自分もどんどん愛していけば、二人の関係はもっと深くなる” ※2
 
爆笑問題の太田光さんの奥様である、太田光代さんの言葉だ。
最初は旦那様のことが「好きでも嫌いでもなかった」けれど、結婚してもう30年、という太田光代さんの言葉だと思うと、そこに真実が隠れているような気がする。
 
違う場所からそれぞれ違うタイミングで、 “人を愛することこそが大切で、幸せを感じられることなのだ” と私に教えてくれた言葉たち。
人は、自然な流れに逆らわずに生きていれば、その時に自分に必要な言葉に出会うことが出来るようになっているのかもしれない。
 
本当に、「愛される方が幸せ」なのだろうか?
 
“世の中そういうものだよ” という流れよりも、私は自分の心が自然に向かって行った先に、自分にとっての本当のことが待っているのだと思っている。
そのきっかけを作ってくれた先生の言葉は、これからも大切に持っておきたい。
 
 
 
 
※1 ジョン・キム、『来世でも読みたい恋愛論』、大和書房、2015年、P19,20
※2 “太田光代「年下は考えていなかったし、 本当は専業主婦になりたかった」それでも結婚した意外すぎるきっかけ” 、YAHOO! JAPANニュース、2021/6/2、
https://news.yahoo.co.jp/articles/8b5a3faebbb17b52a58c980b2a3bb04f7e2fbd60

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE編集部公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2021-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.135

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