週刊READING LIFE vol.135

本当の愛を教えてくれた存在《週刊READING LIFE vol.135「愛したい? 愛されたい?」》


2021/07/19/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ずっと心のどこかで覚悟はしていたけれど。
いつか、必ずこの日がやってくることはわかっていたけれど。
それでもやっぱり、現実となると心が張り裂けそうに悲しかった。
わが家のトイプードルの母犬、マロンが5月12日に亡くなった。
 
娘が幼稚園の頃、「お姉ちゃんを産んで!」と言われ、困ったことがあった。
 
「妹は産まれるかもしれないけど、お姉ちゃんは無理やわ」
 
そう言うと、次にせがまれたのが犬だった。
当時、テレビではある有名なコマーシャルにかわいいチワワが出ていた。
それを見た娘は、「この犬がいい」と言ったのだが、あまりにも華奢で、細い脚なんて折れるんじゃないかと思うくらいだった。
娘の本気度合いに根負けして、あらためて調べてみると、トイプードルという犬種が犬を飼う初心者に向いているとあったのだ。
賢くて育てやすいという特徴のほかに、私が一番惚れ込んだのは、毛が抜けないことだった。
 
実家では、子どもの頃からスピッツ、ポメラニアン、ビーグルを飼ったことがあったが、とんでもないくらいに毛が抜けたのだ。
あの抜け毛の掃除を自分がやるのかと思うと、ゾッとしたし、吸い込んでしまったときの健康面からも毛が抜けないという犬種は魅力的だった。
 
幼稚園のママ友が縁を取り持ってくれて、それはそれはかわいいトイプードルの子犬がわが家にやってきた。
毛の色は、レッドと呼ぶ茶色だったので、娘はマロンブラウンという色からマロンと名付けた。
その日から、わが家の家族の一員となった。
2004年の7月、マロンが生後2カ月の時だった。
子犬の育て方の本を読んだり、犬専用の雑誌を購読したりして、犬の飼い主一年生の私たち家族は一生懸命育てた。
 
当時、小学3年生だった娘のバレエのお稽古のため、往復時間だけでも2時間はかかるお教室への送り迎えなどで、よく家をあけるため、マロンはお留守番をすることが多かった。
私たちが出かける時、マロンがあまりにも吠えるので獣医さんに相談すると、分離不安症と言われた。
サプリを飲ませたりしたのだが、それでも改善せず、お留守番はずっと嫌がっていた。
家に居る時は、娘は犬というよりも自分の妹分のようにかわいがり、かけがえのない家族だった。
それから、ドッグトレーナーの先生に出会い、しつけのことや分離不安症の相談をしたり、色々と教えてもらった。
そして、マロンがあまりにもかわいいので、どうしても子どもを産ませたいと言うと、子どもがいることで親としてしっかりするようになるので、留守番の時の問題も減るだろうと言われた。
それから、子どもを産んで親になることで、子を守る本能が産まれ、長生きするというのだ。
それは願ったり叶ったりということで、繁殖の計画を立てた。
 
この時代、人間でも不妊治療をする人が多いと聞くが、犬も同じだった。
マロンは、3回目にしてやっと妊娠した。
人間よりも短い妊娠期間を終え、出産の日を迎えた。
ドッグトレーナーの先生に立ち会ってもらったが、残念ながら一匹は死産となったが、元気な男の子を産んでくれた。
親となった日から、マロンはすっかりお母さんだった。
母乳をやり、24時間子犬の面倒を見るその姿に私たち家族は感動した。
もう、分離不安症でキャンキャン吠えていたマロンの面影は消えてしまっていた。
そうして、親子のトイプードルとの生活が始まり、おそろいのお洋服を着せたり、ツインリードでお散歩に行ったり。
犬と共に暮らす生活は、飼い主として世話をしている立場だが、何よりも私たち家族は癒されていた。
 
ところが、11歳の時にクッシング症候群という病気になり、そこから投薬治療、血液検査を受けるようになった。
お薬を嫌がることなく、血液検査でもおりこうにしているマロン。
本当にいじらしく、年齢を重ねるごとに、さらにかけがえのない存在となっていった。
不規則な仕事をしている私だが、マロンの食事の世話、投薬、さらには血液検査のための通院と、まるで自分の子どものように世話をした。
娘を産んだときにも感じたような、見返りを求めない、自らがそうしたいと思う行動。
これこそが、無償の愛というものだった。
時間を切り詰めたり、予定を合わせたり、やることはとても大変なのかもしれないが、そんなことは厭わないのだ。
苦労ではなくなるのだ。
 
ただ、犬というのは、人間の数倍の早さで老いてゆくと言われるが、本当にそうだった。
椅子の上に跳び乗れなくなったり、食べ物をよくこぼすようになったり、動きがゆっくりになったり。
それでも、愛しい家族、かけがえのない存在のマロン。
家族皆で協力してお世話をし続けた。
 
ところが、17歳の誕生日を迎えて数日後、誤嚥性肺炎となり、動物病院での治療中、容体が急変して亡くなってしまった。
17年と7日間、懸命に生き抜いたマロン。
 
亡くなってしまうと、その存在の大きさにあらためて気づかされた。
朝、起きてからやることが無くなったのだ。
ドッグフードに加え、バナナやみかん、ゆでたささみ、鶏のレバーをフレーク状にしたもの。
今日は何を食べてくれるかと準備して食べさせる毎日だったのだ。
それが、もう何もしてあげることがなくなってしまった。
家族みんなで愛情を持って育ててきたが、目の前から居なくなることで、さらにマロンにかけていた愛に気づくことになったのだ。
 
私が短大時代から社会人になったころ、生涯忘れられない恋愛を経験した。
あの頃、20歳前後で若かった私は、相手に好かれたいと必死だった。
女優かと思うくらい、素敵な自分を演じていたように思う。
自分の本心とは別に、相手に合わせ、何でも言われることを素直に聞いて。
最初はそれが嬉しくて、夢中になってやっていたのだが、時間が経つにつれ疲れていったのだ。
所詮、普段の自分と違う自分でふるまうことには無理がある。
そんなことの積み重ねで、ある時私の気持ちは爆発してしまい、別れることとなったのだ。
今思い出しても、ほろ苦い思いがこみあげてきて、少しこそばゆい気持ちになる。
きっと、女優のようにふるまってでも、私はその時の相手に愛してもらいたかったんだと思う。
お付き合いをしていても、どこかで不安だったのだと思う。
相手が自分のことをどれくらい愛してくれているのか、そこに確信がないからだ。
相手の思いをはかることなんて出来ないと今ならばわかる。
でも、若かった私は、愛してもらおうと必死になっていた。
良い子の演技をすると、もっと愛してもらえると思っていたのだと思う。
 
人を愛すること。
漠然とそんなことを思っても、当時の私にはわからなかったのだろう。
だって、人の愛し方なんて、習ったことはなかったから。
自分の思いを全開にして、自分の欲求をぶつけて、相手の思いをいつも確認したくて。
今思うと、人を愛するなんて全然わかっていなかった。
ただただ、愛してほしかったのだろう。
 
そんな私が、トイプードルのマロンと過ごした17年の月日で、愛するということを学ばせてもらったのだ。
自分の素直な思いだけで動くこと。
相手の見返りなんて、これっぽっちも期待することなく、自分がやりたいからそうするだけ。
でも、それがすこぶる嬉しく、幸せなのだ。
そうやることによって、必ずや相手も返してくれるものだ。
マロンは本当に沢山の幸せを私にもたらせてくれた。
 
無償の愛。
見返りを期待しない行動。
そうすることで、必ず自分も愛されているということがわかるのだ。
 
20歳の頃、私はひたすら愛されたいと必死に行動していた。
そうすればするほど、得られるどころか疲弊していった。
今、マロンとの幸せな時間を過ごしてみて、愛することの喜びを沢山味わわせてもらった。
 
愛されたい?
いいえ、今の私ならば、愛したいときっぱりと言うだろう。
だって、愛することは本当に幸せな思いをたくさん経験できるのだから。
マロン、沢山の愛をありがとうね。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2021-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.135

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