週刊READING LIFE vol.135

子どもたちに教えたい、「自分に負けない強さ」を持つために必要なこと《週刊READING LIFE vol.135「愛したい? 愛されたい?」》


2021/07/19/公開
記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今の子ども達を見ていて思う。
 
もっと、甘えればいいのに。
もっと感情を見せたらいいのに。
喜怒哀楽、どの感情ももっともっと解放して、好きなように笑い、好きなように泣いて、好きなように怒る、感じたままに気持ちを表現すればいいのに。
 
それが、やりにくい世の中なのかな?
と思ってしまう。
 
せめて、ここにいる時はそんなことは気にせずに居てくれたら嬉しいなぁ。
いつも、そう思いながら、子どもたちと向き合う日曜日の午後。
 
その場所は合気道の道場だ。
 
私が教える合気道教室、週に一回、たった一時間ほどの稽古の時間。
 
大切にしていることはひとつ。
「自分でやると決めて取り組むこと」
 
合気道の一番の醍醐味は、力で相手を制することをしないところだ。
 
筋肉のパワーで相手を制するのではなく、技がかかる理屈、「理合い」を研いていくことで、指一本で人を投げ飛ばしたり抑えたりできるようになるところが不思議で面白い。
 
道場には小学一年生から80歳を超える方まで、様々な人が習いに来ているのだが、正直なところ、子どもには「理合い」なんて理解できないし、覚えた技がすぐに身を守ることができるレベルで活かせるようなものではないし、殴る、蹴る、といった、体感できる手応えもない。一番面白いところはきっとわからないだろうなと思うけれど、それでも、子どもたちは自分の意思で稽古に来て、この時間を楽しんでいってくれているのだからありがたいと思う。
 
合気道には試合もないし、勝ち負けもない。
いくつもある型を繰り返し稽古してその理合いを体で覚えてできるようになるという、とても地味な稽古の繰り返しだ。
 
でも、ここに良さがあるのだ。
稽古では、組んだ相手と交互に技をかけ合うので誰とでも対等な関係でいられる。
上手い下手はあるけれど、力の強い者が勝ち、弱い者が負け続けることも無い。
大人と子どもが組んでも、力加減に配慮さえすれば十分稽古は成り立つ。
こういう、優劣が無い世界という点は、私自身もとても居心地よく感じている部分だ。
 
勝つことを意識しなくてもいいし、負けることに不安を感じる必要もない、ということだ。
こういう環境って、実はとても少なくて、周りを見渡してみるとあちこちに勝ち負け、優劣がいっぱい転がっていることに気付くだろう。
 
子どもたちでさえ、幼い頃から様々なところで競争し、勝つことを求められている世の中だ。
早くから塾に行き、中学受験を目指す子がとても増えているし、勉強でもゲームでも、常に順位があって、勝つこと、上位に居ることを求められている。
ただ居心地の良さを感じながら楽しく過ごすことには価値がないかのように、いつも競争して順位を付けられるというプレッシャーを感じているのかもしれない。
 
私は昔から団体競技が苦手だった。
ひとつのポジションを競い合ってレギュラーを奪い取るとか、チームで協力しあって戦うとかっていうのがどうも好きではなく、個人競技ばかり選んできた。
 
良くも悪くも、自分の頑張りがそのまま結果に繋がるような世界観が居心地良くて、そのせいか武道の世界はとても合っているなぁと感じている。
 
仕事でもこの感覚は強くて、努力と結果を自分で背負うような仕事は頑張れるけれど、皆で協力して役割を分担しながら取り組むような仕事は苦手意識を感じやすい。
 
こんなふうに書くと、協調性が無いような印象を受けるかもしれないが、そうではなくて、同じ目標に向かって頑張る仲間同士の連帯感は好きだし、フォローするのもされるのも嫌じゃない。
 
苦手と感じる理由は、ひとりひとりの考え方の違いに対する許容範囲の問題だと思う。
誰かに頼りきったり、責任逃れをして人に押し付けるようなことをする人に対して強い嫌悪感があって、そういうのが許せないと感じているから、いっそ一人の方が結果を自分で背負うしかなくて、言い逃れができないからハッキリしていていいなと感じるのだろう。
自分のやったことに責任を持つ。
言うのは簡単だけど、実際はなかなか難しいことだ。
 
結果が出ないと、つい言い訳をしたくなるし、自分以外のどこかにその原因を求めてしまいたくなる。
でも、上手くいってもいかなくても、どんな結果も自分次第だ。
そう思えるようになれたら、誰かと優劣を比べたり、勝った負けたの物差しで計ったりしなくて済むようになる。
 
道場の子どもたちには、せめて道場で過ごす時間くらいは、他人と比べられることなく、自分の意思で自分自身と向き合う時間であって欲しい、そう願いながら子どもたちに寄り添う気持ちで一緒に過ごすようにしている。
 
「できなくてもいいんだよ、失敗したって全然構わない。最初からできるわけが無いし、人と比べる必要も無いんだよ。自分に負けないぞ、とだけ思って取り組もう」
私が子どもたちに伝えるのはこういった言葉だ。
 
私はこれまで、何かを頑張る時に、あいつに勝ちたい、一番になりたい、ということを目標にしてこなかった。
基本的な考え方は、戦う相手はいつだって自分自身で他人に勝つことで安心感を得ることには意味がないというものなので、道場での指導でもお互いを尊重し合いながら、自分の技術を高めることを大事に指導をしている。
 
類は友を呼ぶ、ということなのか、道場に来る子どもたちは、私と似たような考え方をする子が多いように感じる。
 
勝った、負けたではなく、自分が納得いくことができたかどうか? に意識が強い子が多いように感じている。
みんなができていて、ひとりだけ上手くできなくても焦らずマイペースに頑張っている子や、自分だけができていてもできない子を馬鹿にするような子もいない。
 
これはこれで優しさの表れとも言えるが、実はそうではなくて、自分に厳しくできないことの裏返しなのかな? と感じることもある。
 
自分に厳しくなれないから、他人にも厳しく接することができず、言いたいことがあっても言えないのかもしれない。
この背景には、「嫌われたくない」という気持ちがあるのだと思う。
 
彼らが世の中から受けている愛情の形って、優れていること、勝っていること、が多いから、マイナス評価に繋がることはやってはいけない、という考え方が根底にあるのだと思う。
 
失敗してもいいからチャレンジしてみよう、と言ってもなかなかやろうとしないのは、マイナス評価を受けると感じているからだろう。
 
優れた結果を出して初めて褒められる、これに慣れているから、失敗する姿を人前に晒すことに強い抵抗があるのだ。
 
道場では、敢えて皆ができないことをやらせてみたりもする。
合気道の技の稽古の他に、運動能力を高めるために、走ったり跳んだり転んだりして、使える体を作ることにも取り組んでいて、この時にリズム感を養うことや、音を聞いてすぐに反応すること、バランス感覚を磨く動きなど、遊びを交えて苦手そうな動きをやってみるようにしている。
 
この時、最初に私が手本を見せるのだが、私自身ができないようなこともあったりする。
いいか、こんなふうにやるんやで、と言いながらやって見せたところ、私自身が上手くできなかった、ということもよく起こる。
 
例えば、眼を閉じてその場で10回回ってから線の上から外れないようにダッシュをする、といったようなことだ。
 
実際にやってみせるけれど、まず上手くできない。
子どもたちはそれを笑いながら見ているのだ。
 
「難しいわ、これは無理やな。でもやってみようか」
こういう時、子どもたちはできなくてもいいという安心感があるから平気で失敗するし、できなかったことをお互いに笑い合ったりする姿を恥ずかしがらずに見せてくれるのだ。
私ももちろんできなかったことを責めたりせず、一緒になって笑うのだ。
 
「できなくたっていいねん。チャレンジしたこと、やってみようと思ったことが大事やねんで。自分からやってみようと思ったことは、いつかできるかもしれへん。でも、できないことを怖がってチャレンジすることもしなかったら、いつまで経っても絶対できないままやろう? チャレンジしたことを自分で褒めたらいいんやで」
 
失敗を許容できるようになる、この効果は自己肯定感が上がることだと思う。
できなかった自分を許せないと思っていたのが、許していいんだ、と思えるようになっていくのだ。
 
失敗することが怖くなくなるということは、負けることを恐れなくなる、ということだ。
失敗は悪いこと、だったのが、失敗しても構わないじゃないか、に変わってくるのだ。
失敗することはマイナスなことじゃない、って思えるようになってくるのだ。
マイナスに感じるものが減れば、心は強くなれるのだ。
 
私が合気道の指導を通じて子どもたちに伝えたいことは、「自分に負けない」気持ちを持つことの大切さだ。
この、自分に負けない強さは、他人との比較では身につかないものだと思っている。
 
どうすれば身に着くか?
そのために必要なことは何か?
 
私自身が経験して感じた、自分に負けない強さを身に着けるために必要なことは、良い所だけじゃなく、悪い所も含めて自分のことをもっと好きになろうと思うことだ。
 
いかに自分のことを愛することができるか? 愛することができることを増やせるか? その答えは単純だ。
 
良い所も、悪い所も、全部好きになればいいのだ。
 
子どもたちはたくさんの愛情を受けながら成長している。
でもそれは生まれた時から当たり前にあって、常に優劣の比較の中で優秀だったから、勝ったから褒められた、という経験の積み重ねでもある。
 
愛されたいと願えば願うほど、優秀でなければならないし、勝ち続けなければならない。
 
これって、結構しんどいことだ。
 
もっと簡単に、心を満たすためには、自分で自分を好きになろうと思えばいい。
自分で自分を愛したいと思えばいいのだ。
自分で自分のことを好きだ、って思えるようになったら、どんな自分を見せることも怖くなるし恥ずかしくなくなってくる。
 
いつだって自分自身が、自分の一番の味方だと思える気持ちが育ってくれば、喜怒哀楽、いろんな感情を表現することがもっと自然にできるようになるはずだ。
 
子どもたちが、道場にいる時くらいは、何も気にせずに素のままの自分を堂々と見せることができるようになるよう、精一杯の愛情を注いで見守っていきたいと思う。
 
大きくなって、壁にぶち当たった時、道に迷った時、立ち止まってしまった時に、「できなくてもいいんだよ、失敗したって全然構わない。最初からできるわけが無いし、人と比べる必要も無いんだよ。自分に負けないぞ、とだけ思って取り組もう」ってことを思い出してくれたら嬉しいなぁ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部 ライターズ俱楽部)

兵庫県生まれ。
2020年5月開講ライティングゼミ、2020年12月開講ライティングゼミ受講を経て2021年3月よりライターズ俱楽部に参加。
「誰かへのエール」をテーマに、自身の経験を踏まえて前向きに生きる、生きることの支えになるような文章を綴れるようになりたいと思っています。

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2021-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.135

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