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週刊READING LIFE vol.135

お昼寝をするカメラマンとネコは愛を知っている《週刊READING LIFE vol.135「愛したい? 愛されたい?」》


2021/07/19/公開
記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
恋愛とは、追うよりも追いかけられる方が幸せであり、必勝条件である
 
これは、私の周りの友人、知人の、女性の恋愛有識者が口を揃えて言う格言だ。彼女たちは、未婚、既婚に限らず、実戦経験と勝利数を持っている。恋愛経験も興味もかすみのような、恋のペーパードライバーの私とは、恐ろしいくらいの差がある。そんなものだから、彼女たちに会う度、心配されるのだ。
彼女たちは、恋愛デスロードを駆け抜けて来た。貫禄が違う。
ある人は、一ヶ月の内に6名の彼氏と出会い、別れ。
ある人は、一人の男性と一回の離婚と二回の結婚を経験。
ある人は、同じく猛者たちと心理戦を繰り広げ、勝ち取っている。
女性と言うのは、何歳になっても、集まれば恋バナが花開く。その度、まるで映画の中の話のような恋愛エピソードが繰り広げられ、私は端っこの方で一人のけぞっている。
そんなことが現実にあるのか、ぷるぷると震えていると、一人にロックオンされた。
 
しまった。
 
目をそらしても、もう遅い。
「で、まなみさんは? 甘酸っぱい恋愛話、ちょうだいよ!」
そんなこと言われても、そう口の中で呟きながら目をウロウロとさまよわせる。
「ハハハッ……あいかわらず、趣味と勉強に忙しいもの、で?」
途端、肉食獣たちの美しい瞳が一斉にギラつく。
「選り好みしちゃだめよ! ある程度はね、調教したら矯正できるんだから」
「そうよ、いいなと思ったら、とりあえずキープよ」
「何人かにモーションかけて。それから、選抜していけばいいんだから」
赤いルージュから繰り出されるマシンガントークに、なすすべなく私は草食動物のように身を縮こませるしかない。
そして、いつも同じ所に着地する。
「男はね、“好き!”って言われたら、心が揺さぶられて傾いちゃうものなのよ」
「初回のデートはね、スカートでかわいらしく着飾って行きなさい。そのGパンとか、もっさいのじゃだめよ?」
「そうそう、ある程度けしかけてその気にさせて」
 
あとは待つだけ。あなたを追いかけて来たらこっちのものよ!
 
猛者の一人がグッと、私に迫る。
「だから、遠距離恋愛は、あなたから行っちゃだめよ? あっちから来させないと。そうでなければ、辞めなさい。新たなターゲットに注力するのよ!」
「な、なるほど?」
そうよ、そうよ、と大先輩方が一様にうなづく。眉間のしわの深さからして、どうやら何かしらかあったようだ。
 
愛するより、まず、愛された方がうまく行く
 
人間同士の恋愛では、どうやらそれが必勝の一つの鍵となるようだ。
 
そうなのか。みんなが言うんだから、そうなんだろうな。
 
大人の恋バナのボルテージをさらに上げていくみんなを見ながら、私は、心のメモ帳に、そっと書き加えた。
恋愛は争奪戦で心理戦。少しの気の緩みが敗北につながる、らしい。
敗北した女性たちも何人か見てきたが、心身を病むほどにダメージを受けた方もいた。そんな身を削るようなことまでしないといけないのかと思うと。
 
私には恋愛は向いていないな、と視線を遠くに放ちながら、私はゆるく首を振った。
 
だが、ある時、私は別の観点から、愛の真理の一端を見つけた。
それは、恋愛指南書でも、心理学の本でもない。
あるドキュメンタリー番組を見ていた時のことだ。
その主人公は、男性であり、性別どころか、種の垣根を越えて、さまざまな愛を受け取っている。
彼の名は、岩合光昭。
私の尊敬するプロカメラマンの一人だ。
父親もプロカメラマンであり、仕事に同行することで、彼自身も動物写真家の道を歩んだ方だ。「写真界の芥川賞」と呼ばれる「木村伊兵衛写真賞」の受賞経験がある。そしてアメリカの自然環境などを取り扱う雑誌『ナショナルジオグラフィック』の表紙に日本人として初めて二度も彼の撮影した写真が飾られた。世界が認める動物写真家の一人だ。
そんな輝かしい経歴を持ちながら、驕り高ぶることもなく、日々真剣に被写体と向き合っている。
彼の被写体は、アフリカの野生動物やシロクマなどの海外のダイナミックな動物だけではない。特に、日本人の老若男女の心を鷲掴みにしているテーマの写真がある。
それは、猫。
有名人の飼い猫でも、希少種、でもない。海外や日本の一般家庭で飼われている猫や、地域猫のように決まった家を持たない猫を選んで撮影している。その猫たちの写真集は、愛猫家たちを虜にした。その撮影風景をドキュメンタリーにした映画やテレビ番組は、毎回大人気だ。
私が見たのは、その中の一つ『岩合光昭の世界ネコ歩き』シリーズだった。
今回のロケ地は、地中海だったと思う。海の青と色とりどりの建物が美しい、カメラ好き、旅行好きなら一度は行ってみたくなる素晴らしいロケーションだった。
岩合さんは、カメラを手に持ち、あたりをしばらくうかがうと、するすると路地裏に吸い込まれるように進んでいく。その足取りは、一切の迷いがない。彼が足を止めた場所は、海が望める小高い丘のような場所だった。日がサンサンと降り注いでいる。猫がいないことにテレビの撮影クルーは落胆するが、岩合さんはまったく慌てる様子がない。
「大丈夫、ちょっと待ってみよう」
そう行って、草の上であぐらをかいた。
しばらくすると、ヒョコリ、猫が一匹顔を出した。
「やぁ」
岩合さんは、穏やかな声で猫に挨拶をした。それに返事をするように、猫も鳴きながら岩合さんに近づいて来る。
そして、まるで、昔からの知り合いのように、会話をしながらカメラのレンズを向けた。草の上に、何のためらいもなく寝転がる岩合さん。その姿に興味しんしんと、覗き込む猫。静かな撮影がはじまった。
すると、ヒョコリ、また新しい猫が物陰から姿を表した。それを皮切りに、どんどん猫たちが集まってくる。
「にゃんだ、にゃんだ?」
口コミでもあったのか、そう思ってしまうほど、猫が集まってくる。どのこも、警戒心を抱いていないようだった。猫の親愛のあいさつ、額や身体を擦り寄せて岩合さんと交わす。
「やぁ、みんな来たね」
そんな感じで、特に驚くこともなく、彼らにあいさつをして、撮影タイムは続く。
レンズをのぞくこ、岩合さんの横に座るこ、中には岩合さんの背中の上によじのぼるこも出てきた。岩合さんは、何をされても、自然体。すべてを受け入れている。
なんと、そのまま、岩合さんは猫たちとお昼寝をはじめてしまった。
お茶の間に、日本人カメラマンと、海外の猫たちのお昼寝シーンが流された。
幸せそうな岩合さんと猫、彼らをなでるやさしい海風、美しい景色。
なんだか、こちらまでホッとしてしまうような、穏やかな時間だった。
 
岩合さん、何か猫に好かれるフェロモンでも出しているんですか?
 
そう疑ってしまうほどだ。猫というのは、大変に繊細で警戒心が強い気質のこが多い。それなのに、初対面の彼を慕って猫たちが集まってくる。
このドキュメンタリーだけではない。
他の場面でも、同じようなことが起こる。もっと大きな猫、百獣の王ライオンも姿を表し、彼の前でコミカルな表情を見せる。
 
餌をばらまかなくても、追い立てなくても、動物たちが彼を慕って集まってくる。
ただ、自然体に、でも、動物たちに愛と敬意の眼差しを向け、シャッターを切る。猛獣使いというよりは、聖母のようなやさしさと朗らかさで相手を見ている。
 
自分の思いを押し付けるのではない。
相手に歩み寄って、踏み込みすぎない。
確かな信頼と愛情が、言わずとも相手に伝わる。
 
愛だ、これが本当の思い合うということなのかもしれない。
 
岩合さんだけではない。私の知るプロカメラマンの多くは、同じ空気感があった。
狙っていたオーロラになかなか出会えなくても、辛抱強く待ち続けた人。
突然の天候悪化や機材トラブルでも、臨機応変に笑顔で対応する人。
被写体である、動物やモデルさんに、語りかけて心の距離を一歩ずつ近づける人。
 
「何でうまくいかないんだよ!!」
 
そんな風に、機材や天候、被写体に、子供のような癇癪を起こしたり、周囲のスタッフに当たり散らす人はいない。
まず被写体のことを第一に考える。自分のエゴをぶつけない。
もしかしたら、内心は、アクシデントに冷や汗をかいているかもしれないが、それを微塵も感じさせない。
聖母のように穏やかにしなやかに。
相手に敬意と愛を注ぎ、信じている。
 
そうするとどうだろう。
突然、天候が好転し、オーロラが出現することがある。
被写体が、想定していた以上の表情を魅せてくれることがある。
 
プロカメラマンは、運の強さも才能
 
想定外のアクシデント、天候さえも味方に変えて、奇跡を引き寄せる。
そんなことが実際にあるのだそうだ。
 
被写体と世界に愛された人々。そんな物語の中のようなドラマチックな引き寄せが起こるのだと言う。自分のエゴを通して相手をコントロールするのではない。あるがまま、相手と環境を受け止める。
そうすれば、それ以上のことが返ってくる。
愛は押し付けるのではなく、惜しみなく注いで待つこと。そうすれば、必ず、何らかの形で戻ってくるのだ。
それは、思っていた形ではないかもしれない。
でも、想像を超えることの方がおもしろい、そんな気がした。
 
「何かに夢中になっている人はね、とても魅力的に見えるんだって」
大好きなもの、夢を追いかける人は、人を惹き付けるのだと、友人の恋愛エキスパートが言っていた。
「なるほど」
岩合さんたちプロカメラマンの姿を頭の中で思い描き、私はうなづく。すると、友人がニヤリと悪い顔をする。
「だから、ターゲット以外の人にモーションをかけられることがあるのよ?」
「え、何かを追いかけている人を、追いかけてくる別の人が出てくるってことですか!?」
「だから、一人の人に絞らなくていいのよ。何事も視野を広く持って、最善を見つけなきゃ」
友人がにんまりと、ピンクのルージュで弧を描く。
「だから、まなみちゃんも追いかけられるような、すてきな人に変身しなさい?」
「お、おう……わかりました」
私は、ゴクリと喉を鳴らした。
恋愛道はなかなか険しいようだ。
私はまだまだ修行が足りない。
とりあえず、今は、恋愛は勉強中ということで、そっと横に置いておく。
現在目指している夢と好きなことに全力投球していきたい。
それを叶えて自信が持てたら、人間に対してもその気持を向けることができるかもしれない。信じて情熱と愛を注げば、きっといつか返ってくるだろう。もしその人とうまくいかなくても、がんばる私を見て、追いかけて来てくれる人が現れるかもしれない。アドバイスに従って、視野を広く柔軟に。その人以上に想いを返して見つめたい。
私が人間との恋愛で目指すのは、デッドヒートを繰り広げる追いかけっこや、腕を引いて従える上下関係ではなくて。
適度な距離感でお互いを信じて委ねる、日向でまどろむ猫とカメラマンのような。
あたたかくて穏やかな横並びの関係だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。カメラ、ドイツ語、タロット占い、マヤ暦アドバイザー、愛玩動物飼養管理士1級などの多彩な特技・資格を持つ「よろず屋フォト・ライター」。職人の手仕事による品物やアンティークな事物にまつわる物語、喫茶店とモーニングが大好物。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびに活動している。

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2021-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.135

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