週刊READING LIFE vol.136

高倉健になり損ねた男《週刊READING LIFE vol.136「好きな男・好きな女」》


2021/07/26/公開
記事:椎名真嗣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「私がこんなに泣いているのにあなたは何も感じないわけ?! あなたはいつもそう。感情ってものがないわけ? 今まで黙っていたけれど、もうあなたと一生添い遂げる自信はないわ!!」
 
男たるもの人前で感情を露わにする事なんてあってはならないのだ。苦しい時も我慢して、我慢する背中を見せ続ける。それが真の男というものだ。そんなこともこの女はわからないのか? テレビドラマごときで感動なんかできるものか!
私は黙って2階の書斎に戻った。私のこの「我慢する背中を見せる男の生き方」は、高倉健の影響が大きい。
 
あれは中学生の時。
当時大人気だった薬師丸ひろ子が主演し、高倉健と共演した「野生の証明」を友達と映画館に見にいった。もちろん私も友達も薬師丸がお目当てである。
 
元自衛隊特殊部隊の高倉が実の娘として育てた薬師丸を守るために一人巨悪と戦う。薬師丸は暗く、自閉症気味の女の子。仲間達が次々の殺される中、高倉は一人で薬師丸を守りきる。そんな高倉の背中を見ながら、少しずつ自閉症の薬師丸も精神的に強くなり、高倉にも心を開き始める。しかし映画の終盤、薬師丸が敵の凶弾に倒れる。「おとうさん・・・・・・」と高倉に呼びかけ、絶命する薬師丸。高倉は涙も流さず、グッと悲しみをこらえ、一人敵に立ち向かう所でエンディングだ。
これだ!!
私は高倉のようにどんなに辛くても泣き言を言わない、背中で語る男になるのだ、と心に決めたのだった。
 
高倉に憧れる私は高校生になると剣道部に入部した。
精神を鍛え、高倉のように強い男になるためだ。
剣道部の練習は厳しかった。
足裏の皮はずり剥け、手首は激しい竹刀の打ち込みで腫れ上がる。練習が終わりトイレで小便をすると便器は真っ赤に染まった。
毎日続く激しい練習。
私を含めて10人を超える新入部員は1人やめ、2人やめ、入部から1年経った頃には同期の中で生き残ったのは私を含めて4人。私以外の同期は小学生の時から剣道を続けており、無類の剣道好き。しかし、高校に入ってから剣道をはじめた私は他の同期とは違った。私が辞めずに堪えた理由はただ1つ。高倉のように強い男になりたかったからだ。
高3になって、公式戦で1勝もできず、団体戦のレギュラーにもなれない私を顧問は主将に抜擢した。こんな私を主将に抜擢した顧問の意図はすぐにわかった。レギュラーの座に安寧としている主力メンバーに対して、主将だがレギュラーにもなれず、ただただ激しい練習に耐える私の姿を見せてレギュラー陣を発奮させようとしているのだ。
結果的に顧問の意図は見事成功。私の背中を見て厳しい練習に耐え抜いたレギュラー陣は見事その夏全国大会に進んだのだった。
 
高校を卒業し、社会人になった私は高校の時と同じように部下に自分の背中を見せ、仕事をし続けた。しかし、学生時代と違って社会人になると勝手が違う事もある。それは背中を見せるだけではダメな奴もいるという事だ。そんな奴には厳しい姿勢で立ち向かう必要もある事を私は社会にでて学んだのだった。ダメな奴に厳しい態度で臨んだ結果、私の前を立ち去る人間もでてきたが、それはしようがない事だと諦めた。やる気のない奴は切るしかないのだ。
 
「ふー、疲れたな。紅茶でもいれようか」
Zoomでのリモート会議が終了し、私は1階にあるリビングで紅茶を飲もうと階段を降りた。1階に降りると妻がTVに夢中だ。妻が毎週楽しみにしているドラマの最終回。私はいれたての紅茶を手に妻の隣に座った。
 
ドラマは上野樹里が演じる主人公とその夫を演じる風間俊介が、認知症の父親・時任三郎の「結婚式が見たい」という願いをかなえるため、東日本大震災が発生した3月11日に結婚式を挙げるというクライマックスに差し掛かっていた。
3月11日に新たな思い出を作った娘と婿に、声を詰まらせながら「心から感謝を伝えたいと思います……。ありがとう……」と父の時任は語り、その後、小さな声で「きょうのこと忘れたくないな……」とつぶやく。
この場面で妻は号泣。私も泣きそうだ。しかし無暗に泣いてはならない。どんな時もグッと我慢だ、と私の中の高倉が声をあげる。
私は妻に
「俺、あんまりこのドラマ熱心に見ていなかったから泣けないね」
と、クールに言い放ったのだった。
えっ! という表情をする妻。
そして
「私がこんなに泣いているのにあなたは何も感じないわけ?! あなたはいつもそう。感情ってものがないわけ? 今まで黙っていたけれど、もうあなたと一生添い遂げる自信はないわ!!」
男たるもの人前で感情を露わにする事なんてあってはならないのだ。そんなこともこの女はわからないのか?
私は黙って2階の書斎に戻った。
 
それ以来、私と妻はまともに会話をすることはなくなった。
私は悪くない。
TVとかで軽々しく泣く男がいるが、あれは男じゃない。真の男はどんな時も涙なんてみせるものじゃないのだ。男はグッと我慢して、その背中を見せる。それが真の男である。
しかし一方で、私の前を去っていった部下と同じように妻もそのうち私の前を去っていくのでは、と一抹の不安がよぎった。いやいや、妻に限ってそんなことはないだろう、と自分に言い聞かせた。
 
それから1ヶ月が経過した日曜日。
今日は以前から気になっていた心理学講座の受講日だ。未だギクシャクした関係の妻と同じ屋根の下一緒にいるのは気まずい。この講座に申し込んでおいてよかった。
「今日はセミナーがあるので夕飯はいらないよ」
と妻に朝、一言。
妻は
「はい」
と返事をした。
そして、続けて
「私、明日からちょっと実家に帰ろうと思うの」
私は何も言う事ができず、セミナー会場の新宿に向かった。
 
セミナーは午前中、講義中心で行われた。午後からは実際のカウンセリング体験を行う事に。
5人ずつを2チームに分けて、1人がカウンセラー(治療者)役、1人がクライアント(患者)役になる。残りの3人はオブザーバー(観察者)だ。最初は私がクライアント、カウンセラーは岡崎さん(20代女性)。
講師から
「今話をしても良いと思う、ちょっと気になっている話をしてくださいね。時間は20分間です」
さあ、何を話そうか。さすがに妻との事はこの場で言えるほど軽い話ではない。そうだな、新任の部長にイラっとする、そんな話をしよう。
「自分と同い年の奴が自分の上司になってイラっとするのです」
と私は話を始めた。
「なぜかというと、同い年のクセに現場の事が全く分かってないのですよ。そのため部下の私がその都度教えなくてはならず、とても時間がとられ、イラっとするのです」
私はひたすらカウンセラー役の岡崎さんに部長の事でイラっとすると訴え続ける。
岡崎さんは講義で習った通り、ひたすら私の話を傾聴してくれる。一通り話終わると、私はこの部長に違う感情をもっている事に気が付いた。
嫉妬だ。
同い年の奴が自分の上司になっていることが実はムカついているのだ。岡崎さんがとても聞き上手で年下の女性という事もあって私は思わず
「奴に嫉妬しているのかもしれないですね」
と言ってしまった。
どんな辛い事があってもじっと我慢する事、それが私の信念だ。その私が嫉妬なんていう言葉をポロッと言ってしまった。恥ずかしい。岡崎さんの前でみっともない自分を見せてしまった。とても後悔したが後の祭り。20分間のカウンセリング体験はそこで終了。
講師から
「カウンセラー役もクライアント役もお疲れ様でした。まずはオブザーバーの皆さんに伺いたいと思います。オブザーバーの皆さんはどのような事を感じましたか?」
私は「クライアントの方は大変苦しまれているのですね」等のコメントがあるかな、と想像した。
しかしオブザーバーからは
「嫉妬というネガティブな感情を自覚して向き合える。そのような椎名さんに強さを感じました」
えっ? 私には意外なフィードバックだ。嫉妬という感情は悲しみや不安と共にとてもネガティブな感情だ。今までの私なら、それらネガティブな感情を出す事なく、じっと我慢する。それが男らしさ、強さだと思っていた。しかし、オブザーバーからのフィードバックを受けて、実際は自分の感情に私は今まできちんと向き合っていなかったのだ、と初めて気づかされたのだった。
 
人は喜怒哀楽をはじめ、様々な感情がある。
感情を出さない事を美徳とする文化は未だ日本には根強い。しかし、感情を表に出さないのと自分の感情に素直に向き合わないのとは別。ネガティブな感情、ポジティブな感情に関わらず、自分の感情ときちんと向き合う事、それが真に強い男なのだ。
そう思った時思い出した。
昔友達と見た「野生の証明」でも娘役の薬師丸が死んだ時の、怒りに震える高倉の表情。あれはちゃんと怒りに向き合っている顔ではなかったかと。 
 
そういえば、私の前を去っていった部下もこんな事を言っていた。
「椎名さんと話をしていると、ロボットと話をしているように感じる時があります」と。
今までの私は別に強かったわけではなかったのだ。ただ真実の自分に逃げているだけだった。本当の強さとは弱い自分を認め、向き合う事。私は今まで男らしさ、強さに関して完全に誤解しているのに気づかされた。
 
そんな事を頭の中で考えていると
「では、クライアントの椎名さんはいかがでしたか?」
と講師は私に水を向けた。
自分の現実に向きあい始めた私はまた、自分でも思わぬ事が口からついて出た。
 
「とてもスッキリしました」
「そうですね。これが午前中にお話ししたカウンセリングの効果である、精神浄化作用です。ただ自分の悩みを人に聞いてもらう事によって、心が軽くなるのです。そして前向きな行動にクライアントは移る事が可能となるのです」
この講師の話を聞いた後、私は妻に対してある行動にうつろうと心に決めたのだった。
 
カウンセリング講座の次の日。
私は実家への帰り支度をしている妻に
「俺は今まで、強さを勘違いしていた。本当は虚勢を張っているだけの自分に気が付いたよ。君は大事な存在だ。君なしでは生きていけない」
と伝えたのだった。
妻に言った瞬間、私の目頭は熱くなり、視界がぼやけた。
目の前の妻の顔がゆがんだ。
しかし、ゆがんだ妻の顔は優しく笑っているようだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
椎名 真嗣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ。
IT企業で営業職を20年。その後マーケティング部に配置転換。右も左もわからないマーケティング部でラインティング能力の必要性を痛感。天狼院ライティングゼミを受講しライティングの面白さに目覚める。
現在自身のライティングスキルを更に磨くためREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に所属

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2021-07-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.136

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