父と一緒に、彼の分まで試合を見届けた日《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》
2021/08/02/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
2018年6月のある日。
何気なくリビングでテレビをつけると、ラグビーの試合が放送されていた。
たしか、日本代表とイタリア代表の「リポビタンDチャレンジカップ」だったと思う。
実は私は、スポーツ観戦を積極的にするほうではない。
プロ野球でもチケットを譲ってもらったりすれば見に行く程度のものだった。
ゆえにラグビーの何の知識もないし、そもそもルールも知らない。
しかし、その日は何かに引き寄せられるように見ていたのだ。
すると、父がやってきて一緒に観戦をしだした。
そして、ボソッと言ったのだ。
「お父さんはね、実はラグビーもやっていたことがあるんよ」
はっ!? 何それ?
43年生きてきて、初めて聞いた話だった。
高校野球で惜しくも甲子園出場を逃したという話は、幼い頃から耳にタコができるほど聞いてきたが、そんなことは今まで一言も言わなかったではないか。
「うん。だって別に聞かれたこともなかったし、たぶん興味なさそうだったから」
父はさらりと言って、テレビを食い入るように見始めた。
どうやら、野球部がオフシーズンに入る冬、そこそこ俊足だった父はそのスピードを買われ、部員が足りなかった高校のラグビー部に助っ人として入り、ウイングのポジションを担っていたそうだ。
最近の日本代表に例えると、2019年のワールドカップで一躍有名になった、福岡堅樹選手や松島幸太朗選手のような存在といったところだろうか。
「お父さん。それって、すごいやん!」と白髪頭の父がにわかにかっこよく見えてきた。
そこから急にラグビーというスポーツに興味が湧き始めた。
その日の試合は34対17という日本代表の圧勝だった。
その80分の時間で私はすっかりラグビーにハマってしまったのである。
翌週、会社で雑談をしていたら、上記の話題になった。
私の上司は関西出身の元ラガーマンで、高校時代にラグビーの聖地・東大阪市にある花園ラグビー場を目指していた人でもあった。
「へぇ、田盛さんラグビーとか見るんや。意外やな。それやったら、あの本読んでほしいから今度、持ってくるわ」
そう言って、一冊の本を貸してくれた。
「友情 平尾誠二と山中伸弥『最後の一年』」
53歳の若さでこの世を去った、ラグビーの申し子と言われる平尾誠二氏と研究者・山中伸弥氏の交流を綴った一冊である。
ラグビーに詳しくない私でも、平尾誠二という人物は知っていた。
ラグビーって泥臭い感じのイメージだけど、なんかイケメンがいるなぁ。きっと豪快で自由奔放な人物、でもちょっとひと癖ありそうな人なんじゃないのかな、というどちらかと言えば苦手なタイプだと思っていた。
ところがその本に書いてある平尾氏は、私が感じたイメージを見事にぶち壊してくれた。
非常に繊細で、人に細やかな気配りができて、どんな立場の人であっても媚びるようなことがない。とはいえ、偉そうなところが一つもなかったのである。
伏見工業高校に入学して全国高校選手権で初優勝を果たし、同志社大学へ進学してからは当時史上最年少(19歳4ヵ月)で日本代表に選ばれた。大学選手権でも優勝を経験した。
その後、神戸製鋼に入社してからは7連覇を達成するという偉業を遂げている。
1998年に現役を引退してからも、日本代表の監督を務めたり、2012年にはラグビーワールドカップ2019年組織委員会の理事に就任するなど、セカンドキャリアも順調に歩んでいたように見えた。
ところが、2015年9月に吐血して入院した平尾氏は、肝内胆管癌の宣告を受ける。その時にはすでに悪い状態だったという。しかも余命3ヵ月という宣告と家族は受けていた。
(本人には余命は知らされていなかった)
結果的には1年3ヵ月の闘病生活ののち、53歳でこの世を去ってしまう。
そんな末期と言われる状態の中でも、自分のことよりも常に家族と他人のことを考え、思いやることができる人だったというのだ。
上司から借りた本を一気に読んで、私はこっそり裏表紙に涙の跡を残したまま返した。
「ありがとうございました。この本、ヤバいです。涙腺が崩壊しますね」
と言うと上司も、
「そうやろ? これな、何かあるたびに読んでんねん。まぁ、人生の指南書やな」
とまさに私が思っていたことを口にした。
ほどなくして、その本の続編が出版された。
「友情2 平尾誠二を忘れない」というタイトルだった。
折しも、その年はラグビーワールドカップがアジアでも初めて日本で開催されるという、ラグビーイヤーだった。
続編であるその本は、平尾誠二氏に関わりのあった10名の方々が、交流を通してどんな影響を受けていたか、またその中で心に残っていることは何かを丁寧に綴った一冊である。
書店で見つけた私は、ただその表紙と平尾氏の笑顔だけを見ただけで、気づいたらレジに持って行っていた。
この本は各章ごとで、ティッシュペーパーを手元に置いておかないと読めない内容だった。
とにかく、一つ一つのエピソードの内容が濃いのである。
同僚、恩師、妻子とのすべての章で泣かない箇所がなかった。今までにこんなに感情移入して泣きじゃくってしまう本に出会ったことがあっただろうか。
個人的には職場や通勤で読むことは、自信をもってオススメしない。
なぜなら、「職場や電車でいきなり泣いてしまう人」になってしまうからである。
この本の中で、私に刺さった言葉がある。
平尾氏が神戸製鋼の後輩である選手にかけた一言だ。
「終わったことは気にするな。結果は変えられない。次にどうするかが大事や」
「試合の勝ち負けはどっちでもええ。自分たちが試合の内容に納得しているのかどうか、そこを考えろ」
それまでの私は、仕事で何か失敗をしたり、トラブルが続いた時は恐ろしく落ち込む傾向が強かった。結果と他人からの評価を気にするあまり、睡眠不足になったり、いつまでも気にやんでしまうようなことが多かった。
変えることが出来ない過去をくよくよと振り返り、自分を責めることも一度や二度ではなかった。
しかし、この言葉を目にして自身の中でふっきれるものがあったのである。
そうだ、次だよ、次。
自分がこうだと思ってやった仕事に悔いがなく納得していれば、他人の評価をいちいち気にする必要はないのではないか、と。
実際、平尾氏も負け試合のときには問題箇所がすでにわかっているので、本来ならば「ここが違う。ここを治したらいいんや」と言ったほうがずっと早い。
しかし、あえて選手自身に考えさせて、答えを自身で導き出すという姿勢を貫いていたという内容に私は非常に感銘を受けた。
この本を読み終わってから、私にとって人としての振る舞いのお手本はこの人だ! と思うようになった。
真似をしたとしても、到底足元にも及ばないのだろうけど、この人のようになれたら、人生がもっと楽しくなるような気がしたのである。
その後も、機会があるごとにラグビーの試合をテレビで、あるいはパブリックビューイングで時間が許す限り観戦するようになった。
平尾誠二氏の精神がこのスポーツには息づいていて、それを直接感じて何かを学びとりたいと思ったからである。
2019年に開催されたラグビーワールドカップは、うれしいことに私の住んでいる福岡でも試合が開催された。しかも外国の選手の合宿地にも選ばれて、市民の間でもムードが徐々に高まっていった。
福岡で世界レベルの試合を見ることなんて、一生に一度しか出来ないと思った私はチケットを取ることにした。
ところが、チケットの獲得は想像していた以上に熾烈で、1回目の抽選はあっけなく落選した。試合開催地優先枠でも落選、3回目も落選、とうとう最終抽選に2枚のチケットの望みをかけた。
高校時代だけラガーマンだった父が元気なうちに、どうしても一緒に観戦したかったからだ。
「これが最後のチャンスなんです! 絶対、当選させてください!!」
と祈るように結果を待った。
「当選しました」というメールを見た時は、父と二人でハイタッチをして大喜びした。
当日の試合は、アイルランドとサモアの対戦だった。
会場に入る前から、近くのコンビニエンスストアの前では、テーブルまで用意がされていて、すで酒盛りが始まっているほどだった。異常なほどの盛り上がり。これがワールドカップなのか! と度肝を抜かれた。
偶然にも、アイルランド選手のご両親が隣のテーブルにいて、拙い英語をなんとか駆使して飲み交わしながら、会話を楽しむことができた。
試合会場でいろんな国の方同士が盛り上がっている様子は、心からワクワクした。
「うわぁ、生きているうちに生でワールドカップを見れるなんて思わなかったよ! チカコ、ありがとう、うれしいな!」
と隣で子どものようにはしゃぐ父を見ながら、諦めずにチケットを取ってよかったと、私はしみじみと思った。
それと同時に、平尾氏もきっとワールドカップの日本開催をその目で、ご家族で見たかっただろうなぁと思いながら、彼の分までしっかり目に焼き付けておこうと思った。
父も私と同じことを考えていたという。
試合会場に着いてからも、帰ってからも「楽しかったね! すごかったね!」と、お互いに言うばかりだった。
2回目の抽選で諦めていたら、この日の感動はきっと味わえなかっただろう。
人生は楕円のラグビーボールのように、どのように転がるかわからない。
でも、そういう変化を楽しむことも考える、ということをあの本と平尾氏から気づかせてもらったと私は思っている。
お会いしたこともない平尾氏が、試合会場で私たちに笑って言ってくれるような気がした。
「なぁ、ラグビーっておもろいやろ?」
□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
長崎県生まれ。福岡県在住。
天狼院書店の「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」をきっかけに、事務として働きながら、ライティングの技術を学んでいる。
主に人材サービス業に携わる中で人間の様々な表裏を見た経験が多数ある。自身の経験を通して、一人でも笑顔になる文章を発信できることを目標にしているアラフィフの事務職。
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