週刊READING LIFE vol.137

「頑張れ!!」と人生にエールを贈る楽しみを知ったフルマラソンへの挑戦《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「ゴールしたら、きっと人生が変わる」
 
ぼんやりとそう思った気持ちは間違っていなかった。
 
30代の終わりに、フルマラソンを完走してみたいと思い立ったこと、これは私の人生の中でもかなり上位のチャレンジだった。
 
20代から30代になった時よりも、40歳という年齢に対して感じていたイメージは随分と悪くて、もうオッサンでこれからどんどんと老いていくだけなのだろうか、という不安を感じていた。
 
友人や職場の同僚など、周りの同世代の人を見ていても、随分年上なんじゃないかと目を疑うほどに若さを失った人を見掛けるようになったのは30代後半になってからだった。
 
結婚し子どもができ、特に趣味もなく毎日会社に行って週末はゴロゴロと過ごす、何を楽しみに人生を生きているのだろう? と思うような人が周りに少しずつ増えていった。
 
ああ、こんなのと同じにはなりたくない。まだまだ若い者にはまけないぞ! と笑いながら言えるような40代でいたいと強く思った。
 
そうだ、フルマラソンだ!!
42.195キロを駆け抜けることができたら、きっと人生が変わるはずだ!!
ゴールの向こうには、きっと見たことがない景色が広がっていて、自分自身の生き方やものの考え方までもが大きく変わるような、大きな大きな感動があるはずだ。
30代の締め括りにフルマラソンを完走して、自信をつけて40歳を迎えよう。
 
なぜフルマラソンだったのか? それは、何度かハーフマラソンは走ったことがあって、ハーフでもそれなりに乾燥できた時の喜びは大きかったので、単純にその倍の距離を走るのだから、感動量も倍以上あるはずだろう、と思ったからだった。
 
30代の最後にフルマラソンを完走する。なんかカッコいいいやん。
なんとも単純な思い付きでチャレンジすることにしたのだが、その壁はとても高いものだった。
 
私の誕生日は9月だ。チャレンジを思い立ったのは春のことだった。
よくよく調べてみたら、当たり前のことながら9月までに開催されるフルマラソンはなかった。北海道などへ行けば8月に開催される大会もあるのだが、初挑戦で遠くの大会にエントリーするほどの勇気もなく、あっさりと30代でのチャレンジは叶わぬ夢で終わった。
 
大会のことを調べてみてわかったことは、フルマラソンの大会にもいろいろあって、制限時間が5時間程度と厳しいものから、大阪マラソンのような大きな大会だと7時間を超える制限時間が許容される大会まで様々あるということだった。大会によっては陸連登録をして、公認のタイムをクリアしていないと出場さえできないものもある。
そんなことも知らずに、乾燥すれば人生が変わるはずだなんて、短絡的過ぎたなと思いながら、現実的にエントリー可能な大会を調べたら、3月の大会が候補に挙がった。
 
これなら半年かけて練習もできるし、頑張る価値もあるな、30代最後の締め括りとはいかないけれど、40歳になって最初のチャレンジとしては申し分ないじゃないか、と照準を合わせて練習に励んだ。
 
この大会の制限時間は5時間、ハーフマラソンを2時間半で走るペースで休まず走り続けたら時間内にゴールできる計算だ。
 
そもそも走れるのか?
フルマラソンのことを知るにつれて、どんどん不安が大きくなっていった。
ハーフでさえ走り終わった後に立てないくらいいに疲れていたのに、倍の距離を走るなんて、たった半年でできるようになるのだろうか。
 
練習方法もぜんぜんわからないまま、特に追い込んだ練習もしないまま、唯一やったのは30キロを一度だけ走ってみたことくらい。
 
タイムを計りながら走ったわけでもなかったので、時間内にゴールできるのか? それとも途中でリタイアしてしまうのか? それすらわからないままに大会当日がやってきた。
 
走ったことのある河川敷のハーフマラソンとは雰囲気から死て全然違う。
見るからに速そうな人ばかりが目に付く。
 
ドキドキしながらスタートの号砲を待つ。
緊張の一瞬だ。 なんとか完走してゴールに飛び込みたい。
それができたら、きっと人生が変わるはず。
 
その思いだけを強く持って走り出した。
決して無理はしない。疲れたら歩く。とにかく一歩一歩前に進めば、いつかゴールに辿り着くはずだ。とにかく気持ちだけは強く持って走ろう。
 
積み重ねた練習時間は全く自信になるものではなかったから、チャレンジャーとして挑む以外なんの戦略も無かった。
 
途中途中にある休憩場所や給水ポイントには必ず立ち寄り、用意されたお菓子などを食べ、水分も取りながらただひたすら前に進むことだけを考えて走り続けた。
 
20キロを過ぎた。随分疲れも溜まってきている。坂道が長く続くコースに入った。
途端にスピードが落ちてしまい、歩いてしまった。
遥か先まで続く坂道に参りながら、歩いているのか、走っているのかわからないようなスピードで前に進む。
周りを見渡すと、同じように歩いてる人がいっぱいだ。
ゾンビの行進かと思うくらい、下を向いて足を引きずり、気力もなくトボトボと歩くランナーたち。
みんなしんどいんだな。それでも誰も諦めてはいないんだ、よし俺も負けないように頑張ろう。
誰と会話することもないけれど、全員の気持ちは完走を目指しているという点で一緒だから、妙な連帯感を感じながら坂の頂上を目指した。
 
ようやく、折り返し地点が見えてきた。
27キロ地点だ。
あのポールを折り返せば、今度は今登ってきた坂を延々と下り続けることになる。
下り終えたら30キロを超えているはずだ。
 
登るより下る方がきっと楽だろう、その思いは折り返した直後に間違いだったことがわかった。
膝への負担が登りの比じゃないくらいにキツイ。
筋肉の限界を感じるくらい、一歩一歩が膝に大きな負担となって襲い掛かってくるのだ。
ああ、これはダメだわ。下りは走れないわ。
引き続きトボトボと歩く時間が増えたけれど、ずっと歩いていたら制限時間内のゴールは無理だ。
 
前から大きなバスが迫ってくるのが見えた。
 
途中にある関門を制限時間内に通過できなかったら回収されてそのバスに乗せられて強制的にリタイアさせられてしまう、ということをすっかり忘れていた。
「うわ!! 歩いてたら回収されてしまうやん、アカンアカン!! 走らないと!!」
痛みを我慢しながら、走ったり歩いたりを繰り返す。
最後の関門され超えたら、回収されることは免れる。
なんとかそこまでは頑張ろう。
 
あと1キロ、もう少し、あの信号までは歩かずに行こう……
まだまだ、ゴールは遥か先だけれど、目の前のなんでもいいから、乗り越えていける目標を探しては諦めたくなる気持ちと闘い続ける。
 
35キロを過ぎた頃には、周りには道端に座り込んでいるランナーだらけになっていた。
「苦しいだろう? もう諦めてしまえば楽になるぞ」
そんな声が聞こえてくる。
自分の弱さが語り掛けてくるのだ。
 
もう、止まってしまおうか。
そんな気になってくるくらい、疲れのピークをとっくに超えて、意識は朦朧としてくるし、走っても走っても前に進まない。
 
それでも、止まらない限りゴールは近付いてくるんだ、と必死に腕を振り足を進める。
 
マラソンコースの沿道には最初は1キロ毎に表示があるのだが、最後だけは表示が変わる。
 
41キロの次の表示は42キロではなく、「ラスト1キロ」と書いてあった。
 
ああ、41.195キロ走ってきたんだな。めっちゃ頑張ったなぁ。
こんなに苦しかったのは初めての経験だな。
それも、あと1キロで終わるんだ。
 
そう思ったら、不思議なもので体中にエネルギーが満ちてきたのだ。
残り1キロ、絶対に立ち止まらない。足が攣っても絶対に走りきる!!
そして、最後は全力ですべてを出し切ってゴールするんだ!!
 
膝の痛みがなくなるわけではないし、疲れが抜けたわけでもない。
なのに、ラスト1キロは何も無かったように、全力で、無我夢中で走ることができたのだ。
ゾーンに入る、なんて言い方をする世界に居たのかもしれない。
周りの声援も聞こえないし、景色さえ見えなくなっていった。
見えているのは、実際にはまだ見えないゴールだけ。
 
呼吸を整えろ、腕を振れ、膝をもっと上げろ、背筋を伸ばせ、絶対にゴールできると信じて走れ!!
 
それ以外のことは何も考えずに、ただ我武者羅に、必死に走り続けた。
 
ゴールが見えてきた。
あれ? まだ余力があったのか?? すごいな、俺!!
 
最後の数百メートルは、ゴール以外何も見えなくなりながら、どんどん加速していった。
 
前にいる数人を抜いてゴールしてやる!!
そんなことまで思えるくらいに力強く最後の直線ですべてを出し切ってゴールラインを越えた。
 
結果は4時間44分57秒、制限時間内でのゴールだった。
 
ゴール直前から、涙が溢れ始めて視界がぼやけてきたのがわかった。
完走者には完走メダルが授与される。
「お疲れさまでした!!」ボランティアの学生が私の首にメダルをかけてくれた。
「ありがとう、初めてのフルマラソンやってん。完走できたわ。めっちゃ嬉しいわ!!」
そう言って握手をし、下げてもらったメダルを見たら、感動で胸がいっぱいになった。
 
諦めない気持ちを持って、頑張ったらゴールできた。
これがとても大きな自信になった。
 
途中、何度も何度も諦めたいと思ったし、痛みや疲れ、たくさんの苦しみと向き合っては辛いと思い、なんでこんなことをしているのだろう、と後悔もした。
 
でも、それに負けずに、ゴールすることだけを考えて、頑張っている自分を信じて、周りで同じように頑張っているランナーに励まされて、ゴールまでたどり着くことができた。
 
諦めずに頑張れば、いろんな困難を乗り越えていけるだけの心の強さがある、ということに気付くだけでなく、実感することができたのだった。
 
このフルマラソンへの挑戦を機に、その後数年にわたり、フルマラソンにチャレンジし続け、走らない大会にも行って沿道でランナーの応援もした。
 
走っても、走らなくても、感動するのだ。
それはなぜか?
「頑張れ!!」と贈るエールが自分の心にも響くからだ。
 
マラソンは走り出したら自分との戦いだ。
タイムを狙うなら、今どれくらいの速さで走っているのかを常に把握しながら、秒単位で速度を修正しながらゴールを目指す。
 
もちろん、周りにいるランナーは全員が敵で、ひとりでも多く抜いたらそれだけ自分の順位が上がる。
でも、そんなことは関係なくて、どれだけ自分自身と向き合って、超えられたか? が本当の勝負なのだと、走ってみてそう思った。
 
タイムは、目標として掲げて狙っていく訳だけれど、目標に届いても届かなくても、走っている間ずっと、自分と真っ直ぐに向き合い続けていくことに価値があったなぁ、と思った。
 
自分と向き合うことから逃げた時、それはリタイアの時だ。
 
よく、人生をマラソンに例えることがあるが、マラソンは人生そのものだ、ということが走ってみたらよくわかった。
 
いろんな辛いこともあるし、困難が襲い掛かってくることもある。
時には途中でケガをしてしまって立ち止まってしまうこともあるし、最後まで調子よく駆け抜けることができる時もある。
 
42.195キロに自分の人生を重ねて走るだけじゃなく、走っている誰かに、自分の人生を重ねながら応援することでも、同じように感動を分かち合えるのだから不思議だなぁと思う。
 
このコロナ禍、マラソン大会の中止が相次いでいるが、日本全国で大きな大会から小さな大会まで、たくさんの大会が開催されているので、ぜひ一度、走ってみるか沿道で応援していてほしい。
 
走りながら自分や周りのランナーに贈るエール、沿道で応援しながら駆け抜けていくランナーに送るエール。
どちらも、頑張れ!! とエールを贈る度に、その言葉が自分自身の背中を強く押してくれるはずだ。
 
フルマラソンを走ってみて大きく変わったこと。
それは、自分に贈るエール、誰かに贈るエール、どちらも自分自身を奮い立たせるエネルギーに変えることができるようになったことだ。
 
自分自身が頑張ることも楽しい、誰かを応援するのも楽しい。
お陰で、40歳からの人生はずっと楽しいなぁと思えるようになった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

兵庫県生まれ。
2020年5月開講ライティングゼミ、2020年12月開講ライティングゼミ受講を経て2021年3月よりライターズ俱楽部に参加。
「誰かへのエール」をテーマに、自身の経験を踏まえて前向きに生きる、生きることの支えになるような文章を綴れるようになりたいと思っています。

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2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

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