週刊READING LIFE vol.137

スポーツで感動したことのない私がはじめて号泣した2017年の出来事《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:高橋由季(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
『ONE TEAM(ワンチーム)』という言葉をご存じだろうか。
2019年ユーキャン新語・流行語大賞の年間大賞であったのだから、多くの人が知っているはずだ。
 
これは、2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップ(W杯)でベスト8に進出した日本代表のチームスローガンだ。4年間をかけて、作り上げたチームカルチャー、文化がラグビーだけでなく、日本全国に認知された。行政や会社でも「ワンチーム」という言葉を使い、皆で協力して目標に向かっていこうという気持ちの象徴となった。
 
ラグビーW杯において、日本代表は、強豪国とされるアイルランドやスコットランドに勝利した。テレビで観戦した人も多かっただろう。そして、試合の様子は、各メディアがとりあげ、多くの人を歓喜させた。そして、ラグビーに興味を持つようになった人も多かったに違いない。
では、実際に生で、ラグビーの試合を観たことはあるだろうか。
テレビ観戦とは、また違う、迫力と感動がそこにある。
 
私は、スポーツは得意ではない。
だからなのか、スポーツ観戦も殆どしなかった。
 
小さい頃、父親が、マラソン中継を2時間も3時間もずっと見ていたことを不思議に思ったことがあった。テレビには、ただ、ずっと走っている風景が映し出されているだけだ。何も変わらない。結果をみれば、誰が優勝したか分かるのだから、それでいいじゃないと思っていた。
お正月も、我が家のテレビは、ずっと箱根駅伝が流れていた。2日間も、ずっと、走っている人の姿を見て、何が面白いのかと思っていた。ずっと走っている状況を観ている心境が理解できなかった。何処かの中継場で、タスキが繋げなかったことを、感動的に伝えるアナウンスさえ疎ましく思っていた。私がひねくれていたのかもしれないが、感動を、無理矢理に、押し付けられているような気がしていた。アナウンスする人たちは、タスキが繋げないというシチュエーションを待っていたのか? と穿った見方をしていた。
 
そんなスポーツを見ながら、感動して泣いている人たちがいる。
タスキが繋げなかったことに感動して泣き、表彰台に乗る人たちのインタビューを聞いて泣く。私の周囲には、そんな類の人間が多かった。
しかし、スポーツで泣くなんて、私にはあり得なかった。
そう、ラグビーに出会うまでは……。
 
私がラグビーを知ったのは、15年ほど前だ。
ラグビー好きの知人に連れられ、秩父宮ラグビー場に見に行ったのが最初だった。
それは早稲田大学と明治大学の試合であって、ちょうど、五郎丸ポーズで有名になった五郎丸歩選手が早稲田大学で大活躍している頃だった。
 
はじめて見るラグビーは、ルールが多くて、理解できなかった。
レフリーが笛を吹き、何度も試合が中断する。ペナルティらしいが、なぜペナルティになるのか、全くわからない。面倒なスポーツだと思った。
ラグビーに特に感動したわけでもないが、その後は、付き合いで、年に1回大学ラグビーを観戦するようになった。
 
そんなラグビーの印象が変わったのは、2015年のことだった。
イングランドで開催されたラグビーW杯で、日本代表が強豪の南アフリカ代表に勝利したのだ。そのスタジアムのある場所がブライトンであり、「ブライトンの奇跡」とも呼ばれている。
 
その日、私は旅行中だった。
朝起きると、一緒に旅行していた知人が、興奮しながら、私にスマホを差し出した。
 
「見て見て! 南アフリカに勝った!勝ったよ!」
「南アフリカ?」
 
一度は旅したいと思っている場所ではあるが、彼女の興奮とは裏腹に「ふーん」と気のない返事をした。
 
ラグビーに詳しい人であれば、南アフリカがどんなに強いかご存知だろうが、ラグビーにほとんど関心がなかった私にとっては、その凄さが分からなかった。
しかし、偉業だったらしく、ニュースでも頻繁に取り上げられていた。
「桐谷美鈴さんが吉田沙保里さんに、レスリングで勝ったようなもの」との説明されたくらいだから、相当スゴイことなんだと思った。
メディアでは、最後の逆転トライのシーンを何度も放送していた。しかし、試合全体を見る機会はなかった。
そんなとき、知人からDVDが送られてきた。
その試合全体が録画されたものだった。
 
そこで見た、日本―南アフリカ戦は、私にとって、ラグビーから離れられなくなる名シーンの連続だった。ニュースで切り取った情報では分からない日本代表の魂が、そこにあった。
 
ラグビーのルールはよくわからなかったが、解説者の説明を聞けば、おおよそ理解ができた。
過去の大会成績は、日本代表は20年間で1勝しかしていない。かたや南アフリカは過去2度の優勝を誇る、当時世界ランキング3位、この大会でも優勝候補とされていた。誰もが、南アフリカが勝利するものと思っていたようだ。
 
ところが、日本は先制をし、前半40分経過したときには10-12と僅差だった。
後半は、日本代表を応援する「ジャパンコール」が会場にこだましていた。
残り時間はわずかとなり、3点を追っていた日本は、ペナルティゴールキックでの同点の権利を放棄し、逆転のトライを目指してスクラムを選択し、結果劇的なトライを決めた。
そして、日本は34-32で南アフリカを破った。
私はこの試合を見ながら、「うそでしょー」を連呼していた。
 
なぜ、そこまで、頑張れるか。
なぜ、最後に逆転できると、信じることができたのか。
なぜ、そんなにも身体を張って、南アフリカの大男たちに体当たりしていくのか。
 
スポーツで心を打たれたのは初めてだった。
自分でもよく理解できないが、スポーツに感動している自分がそこにいた。
 
しかし、この時は、まだ、私は、ラグビーにハマったとまでは言えなかったのかもしれない。
いわゆる、やっと、ニワカファンになった程度だったと思う。
 
その後、ラグビー日本代表の試合を、はじめて生観戦できる機会があった。
チケットをとったからと、知人に誘われたのだ。
2017年11月4日、私は、日産スタジアムに居た。
正直なところ、こんな遠くまで来なくても、テレビ観戦でもよいと思っていた。
 
この日の対戦相手は、オーストラリア代表だ。
オーストラリア代表は、この時点で世界ランキング3位だった。
2019年に日本でW杯が開催されるため、現地視察をかねて、試合を行うのだろうと言われていた。この日産スタジアムは2019年ラグビーW杯決勝の舞台となる。
 
最初の10分で2トライを奪われ、前半40分を終了して、3-35となった。
勝負は、もう決まったようだった。
最終的には、オーストラリア代表は9トライ、63点をあげ、日本は大敗となった。
30-63だった。
 
最後の10分、日本の負けは完全に決まっていた。
もう時間的に逆転はありえない。
ブライトンの奇跡のような結末にならないことは明らかだった。
 
そんなときに、ひと際目立っていた選手がいた。
姫野和樹選手である。
このテストマッチが、日本代表としての初試合の23歳の選手だった。
負け試合なのに、諦めることなく、相手に向かっていく。
倒されては立ち上がり、倒されは立ち上がり、大男たちにぶつかっていく。
「ボン! ドン! 」という身体がぶつかる大きな音が、スタジアムに響くようだった。
 
なぜ、負け試合にこんなに懸命に命をかけることができるのか。
 
その姿を見ていたら、涙がドンドン溢れてきた。
涙が止まらなくなり、試合をまともに見ることができない。
 
そんなとき、姫野選手が、試合終了間際に、初トライをあげた。
ゴールライン手前5メートル付近のスクラムから、相手を跳ねのけながら、トライを決め、両手を空に突き上げ、喜びを爆発させていた。
そして、満員のスタジアムは歓喜の渦と化した。
 
勝ち負けは重要なはずである。
スポーツの世界は、勝たなければ意味がないはずだ。
けど、それ以上に、1つ1つのプレーに、勝ち負けを超える感動がある。
自分より大きな相手に向かっていく勇気、気迫……心をガンガン打つものがあって、気づけば、心を打たれ、号泣していた。
試合が終わったあとも、心のバクバクが止まらず、涙も止まらなかった。
 
ラグビーって、一体なんなんだ!
 
ラグビーでよく耳にする「One for all All for one」という言葉がある。
まさにラグビーとは自分の為ではなく人の為にするスポーツということなのだろうか。
ケガが怖くても、それでも仲間のために、身体を張る。
そして、それが繋がって、トライが生まれる。
仲間のために頑張れる、それがラグビーということなのだろう。
ニワカの理解ではあったが、まさに、ワンチームなのだと思った。
 
しかし、ワンチームというのは、実際に試合をしている選手たちだけのものではないと感じることがある。おそらく、ここには、ラグビーファン、ラグビーサポーターと呼ばれる人たちも含まれる。
それを実感したのは、まさに、2019年9月から11月にかけて日本で開催されたラグビーW杯だ。札幌から大分までの全国12都市のスタジアムが会場となり、熱戦が繰り広げられた。そこには、たくさんのラグビーファンが訪れていた。外国からも沢山の人たちが来日していた。
 
来日する海外からのラグビーファンの多くは、ラグビー強豪国の人たちであった。
チームが強ければ、ファンも熱い。イングランドのファンの1人は、ワールドカップ開催期間中に、日本とイギリスを2度往復したと言っていた。
そのために、仕事を辞めたという。
お金と時間をかけて、また、人生をかけて応援しているのである。
 
そんなファンたちは、楽しみながら、我がチームを全力で応援する。
スタジアムで、音楽がかかれば、腰を揺らしながら踊り、テレビカメラを向けられれば、おどけてパフォーマンスをする。
シャイな日本人は、なかなか、そんな風には振舞えない。
彼らを見ていると、自由な楽しみ方を教えてくれているようにも思えた。
 
一転して、試合前には、厳かに国歌が流れる。
選手たち、会場の人たちが魂を込めて歌う。
日本は、自ずと知れた「君が代」だ。
日本代表のキャプテンのリーチ選手は、チームメンバーに「君が代」の持つ意味を講義していた。そのなかで歌われている「さざれ石」も、実際に見に行っている。
自分たちが日本代表として闘う意味を、国歌からも理解しようとしていた。
 
一方で、国歌のないチームがある。
ラグビー強豪国の1つである、アイルランドだ。アイルランドは国ではない。
 
アイルランドは、カトリック系住民が多数を占め、1922年に英連邦の自治国となったが、プロテスタント系住民の多い北部は英国領に残ったことで、2つに分離している。
それでも、それ以前に発足したアイルランドラグビー協会は、その後の南北の激しい対立にもかかわらず、1つのチームとして活動を続け、現在に至っている。
そのため、ラグビーW杯では、アイルランドと北アイルランドが1つのチームを組んで出場しているのだが、試合前の国歌斉唱のための国歌がない。
そのため、『Ireland’s Call』という「ラグビーアンサム」が作られた。
「アイルランドの叫び」というように訳され、会場と一体となって、熱く繰り返される合唱から、チームの思いが会場に伝わってくる。涙を流している選手やファンも多い。
この時だけは南北対立を忘れ、一体となって闘うといった一体感が伝わってくる。
会場全体がワンチームとなる瞬間なのだ。
歴史的背景を知らなかった私にでさえ、生の歌声から大きな力を感じた。
鳥肌が立つほどの感動であり、一緒に泣いていた。
これは、スタジアムに実際に居なければ、感じられないことだったと思う。
 
ラグビーを生で観戦することで、本来の「ワンチーム」を感じることができた出来事だった。
スタジアムには、魂を揺さぶられる感動が待っている。
 
だから、私は、スタジアムでラグビーを観戦することをお勧めしたい。
日本では、今年度からラグビーの新リーグが始まるという。
それに、大学ラグビーもお勧めだ。
 
知人に連れていかれてから、何となく観戦していた大学ラグビーであったが、改めて考えると、ここにも一体感があることに気づいた。
大学ラグビーの試合が行われるスタジアムには、学生だけではなく、卒業生と思われる人たちがたくさん来ている。後期高齢者世代の人たちも多く、みな、この日を心待ちにしていたことが伺える。年に1度の同窓会も兼ねた観戦の人も多いようだ。
試合の前には、それぞれの大学の校歌が歌われる。
人前で歌うのが苦手そうな人も、この時ばかりは立ち上がり、右拳を上にあげながら、熱唱する。その風景は圧巻である。そして、仲間とともに、声援を送る。
「明治! 前へ!」
「早稲田! がんばれ!」
「天理! 負けるな!」
 
ぜひ、体感してほしい。
ただ、1つだけ注意点がある。
選手たちの体のぶつかる音と気迫、ファンの高揚感、そしてスタジアムの一体感を経験すると、二度とラグビーから抜け出せなくなる。
その覚悟をもって、スタジアムに行ってほしい。
これまでスポーツに感動したことがなかった私は、履歴書の趣味欄に「ラグビー観戦」と書いてしまうほどになってしまった。
とびきりの感動の時間が、そこにあることは保証できる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
高橋由季(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2020年の天狼院書店ライティングゼミに参加
書く面白さを感じはじめている

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2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

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