週刊READING LIFE vol.137

「運動音痴が竹刀を握り、持久力が爆上がりした話」《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:珠弥(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
母校の高校では、持久走大会が毎年開催されていた。
景色はいいが、6キロの道中は地元の河川敷を行く。つまり、半分はひたすら川辺なので砂利道だ。足場も悪いし、ひたすら長く伸びる川を眺めながら走ることは、私にとっては苦行だった。
そう、私は走ることが何よりも一番嫌いだった。
 
「案外、みみっちいとこあったんだねえ」
 
じりじりとスタート地点をなるべく前にしようとしている私の足元を見た友人が、呆れた声を出す。私は仏頂面で答えた。
 
「だって、少しでも走る距離が減るじゃないの」
 
当時、高校一年生の時である。
“みみっちい”までにスタート距離を縮めた結果、ゴールした順位は全学年の中でも後ろから数えた方が早い順位。というか、後ろから数えて、両手に入る順位だった。
 
小さい頃の私は、プリンセスよりも仮面ライダーや冒険を繰り広げるファンタジー物語の主人公などに憧れを抱く方だった。
身体を動かすことは嫌いではなかった、と思う。よく外で遊んでいたし、探検と称して色んな場所へ足を運んだ記憶もうっすらと残っている。けれど、同級生たちと比べると、残念ながら運動神経はお世辞にも決していい方ではなかった。
 
学校の持久走大会で後ろから数えた方が断然早かったことなんて、ほぼ毎年だった。
運動会のリレーや競争は、クラスの勝敗に迷惑をかけるから嫌いだった。
スポーツテストなんて、ボールは10メートルも飛ばず、握力も10㎏を下回る。
唯一柔軟や水泳は得意な部類であったが、体育の授業で日の目を見ることはそれほどなかった。
 
スポーツは嫌いだけれど、身体を動かす遊びは好き。
そんな私だったが、小学校高学年になる頃には、すっかり休み時間は読書や自由帳に落書きをして過ごすようになっていた。単純に、新しい楽しみ方を知ったからだったので、後ろめたさはない。
けれど、授業や行事で無意識のうちに植え付けられた“苦手意識”が、すくすくと育ってしまっていたことも、また事実だった。

 

 

 

「どうしよう」
 
中学生になった時、難関と転機が一緒にやってきた。
“部活動”である。
 
当時の母校は入部必須で、体験入部期間が1週間ほど用意されていた。
小学生の頃のクラブ活動は演劇であったが、残念ながら中学校には存在しなかった。
数少ない文化部を体験したが、活動に馴染める自信がなかった。
友達作りだとかそういった面でも自分がどの部活に所属したらいいのか、体験期間中にしっくりとくる場所を見つけることは難しいと感じていた。
 
体験最終日に、出会ったのは剣道部だった。
 
「よろしくお願いします!」
「稽古始めます!」
 
道場に足を踏み入れた瞬間から、今までの部活と違う熱気があった。
面を被った先輩達の表情は読み取れないし、防具を身に着けていると、男女の区別もままならなかった。
 
「はじめ!」
 
掛け声と共に、大きな雄叫びと竹刀が相手に振り下ろされる。沢山の足音が、地響きのように道場の床を震わせていた。
試合を想定した稽古も見学をしながら、私は幼い頃に憧れていたファンタジー世界の主人公たちを思い出していた。
 
「入部をするには、竹刀と防具を買ってもらいます」
 
入部用紙を提出してしまおうかと考え始めた時、顧問の先生の説明で、シャーペンを止めてしまった。
竹刀は消耗品で1本4千円程度から、そして防具は安いものであっても、5万程度。日々の稽古のためにはこの一式を揃える必要があるという。
それだけではなかった。
 
「練習試合とか行くと、参加費用とか交通費とかもかかるみたい」
 
帰宅後、ぼそぼそと話す私の説明を、両親は終始黙ったまま耳を傾けてくれた。
それでも私は、子供心ながらお金の話でいたたまれなくなってしまい、いそいそと布団に潜り込んだ。
 
「あなたは楽しかったんでしょう? わくわくした?」
 
布団まで追いかけてきた母親が、笑いながら問いかけてくれたのを覚えている。
 
「女の子で剣道を選んだことにちょっとびっくりしちゃったの。でも、先輩の姿を見て、素敵だと思えたんでしょう? 稽古してみたいって思ったんでしょう? 週末、防具屋さん見に行ってみよう」

 

 

 

母親の言葉に勇気づけられながら、寝床で元気に頷いた記憶は、今でも鮮明に覚えていたりする。
 
道場に入る前には挨拶をする。
防具を着けるために、体力作りで学校の周りをひたすら走る。
稽古が終わったら、一目散に雑巾を手にして床を磨く……
 
剣道というものは、実際の試合や稽古の中だけでない部分も、養ってくれた。
面を着けていても竹刀で叩かれるのは痛いこと、強い力で叩けばいいものではなく、きちんと手首や指に力を入れて“絞り”を入れないといけないこと、試合中の反則事項として過度な応援や相手を貶める言動が含まれていること……
沢山のことを、日々の部活動を積み重ねていくなかで学んだ。
 
結局、退部して他の部活動に入部することなんて微塵も考えないまま、私は3年間、剣道部を続けることができた。稽古も辛いし、特別強いわけでもなかった。けれど、大会に出るとわくわくしたし、昇段審査もスムーズに合格出来たこともあって、少しだけ自信にもなっていた。
 
高校二年生。大会に出場できる人数調整のために、部員から勧誘を受けた。
入部こそしなかったが、大会が近くなったら稽古に合流する助っ人として、関わらせてもらっていた。
 
部員たちとも仲良くなった冬の頃、恒例の持久走大会がやってきた。
河川敷で一年前のように、スタート時点を前のめりにしようとする“みみっちい”私はいなくなっていた。
 
「頑張ってね」
「ゴールで待ってるよ」
 
折り返しで砂利道が整備されたコンクリートに変わってから1キロほど走った頃だったろうか。剣道部の部員2人が悠々と私を追い越しがてら、声をかけてくれた。
2人は後半のペースとは思えない速さで、瞬く間に後姿が見えなくなってしまった。追いかけようという気力さえ起きる前の速さだ。
彼女たちはきっと、走りやすい道になるまで、無理せず体力を温存していたのだろう。
そんな器用なことができることさえ、羨ましい!
私は半べそを必死で抑えながら、最後まで歩かないことを目標に走り続けた。
 
ゴールに到着した瞬間、順位の紙を必死に受け取って、草むらにしゃがみ込む。
そんな私の元に、約束通り追い越した剣道部の部員2人が駆け寄ってくれた。
二人は笑いながら私を労ってくれた。
 
「去年から何番上がったの?」
「え?」
 
高校一年生の時は、後ろから数えて片手に入る順位だった。
あれから一年、それなりに剣道を続けた成果があったことを実感できたのは彼女の問いかけのおかげだった。
 
慌ててゴールの方向を見ると、まだまだ終わる気配はなかった。
手渡された紙の順位を、改めて見つめる。
決して誇れるような順位ではない。けれど、去年よりも200番以上は早い順位だった。
 
「200番くらい……?」
「えっ、何それ! やったじゃん!」
「すごい、すごいじゃん! 先生! 稽古の成果、一番出ている子がいますよ!」
 
二人は自分のことのように喜んでくれて、近くにいた顧問の先生に大きな声で報告をしに駆け出していた。先生も目を丸くしながら、私達を労ってくれた。
 
こんな順位で恥ずかしい気持ちと、それでも確かに成果が出ていたことへの嬉しさと、何よりも一緒に喜んでくれる仲間がいることに、じんわりと心が温められた。
 
入部当時は、いろんな形で、十年近く剣道に関わることになるとは思ってもいなかった。
それなりに愛着があって、部員や実際に防具を着ける形ではなくても関わりたいと思えたのは、部員や先生と積み重ねてきた信頼関係や、自分の技術向上を体感できたからかもしれない。竹刀を素振ることはできても、剣道は一人では稽古すらできない。剣道をしようと思ったら、必ず自分の技を受けてくれる相手が必要となる。日々、それを実感しながら、面の奥に見える瞳を見据え、練習の度にお辞儀をしていたような気がする。
 
剣道は個人戦でもあり、団体戦でもある、不思議なスポーツだと思う。
5人制のチームで3勝したチームが勝ち。とは言え、実際の試合は1対1の個人での戦い。
過度な応援ができない代わりに、技が決まりそうな瞬間があれば、観客側が大きな拍手で応援する。勝敗が決まった時にも、決して喜びを表現する前に、きちんと挨拶と退場を済ませなければいけない。
 
相手に敬意を払って、御礼を伝えること。挨拶を欠かさないこと。
仲間を応援すること。弱気な自分に負けないこと。
 
そういった人間性の根幹にもなり得る部分を支えてくれたのは、ほかならぬ剣道を通じて出会えて人達との活動の日々、なのかもしれない。
関わってきた人達との熱くも乗り越えてきた稽古があるからこそ、関わってきた人達を裏切らないよう、恥じないよう、礼節に繋がっていくのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
珠弥(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

埼玉出身。獨協大学法学部卒。剣道二段。大学生時代には、近所の児童館にある剣道クラブのマネージャー要員として、アルバイト採用された過去がある。システムメーカー営業部として働く傍ら、日常の中で湧き上がった感性や経験を軸に、執筆修行中。読んでくれた方に、心を温められるような言葉や記事を届けられるようになりたい。2020年12月~天狼院書店で受講開始。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

関連記事