週刊READING LIFE vol.137

データの裏にあるストーリーが愛おしくて《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
データの裏にあるストーリーを知ったとき、スポーツがたまらなく好きになる。
 
本を読み終わり、もう一度、表紙で微笑む彼を見た時、彼の野球人生は苦しかったかもしれないけれど、不幸だったわけではなかったとわかって、嬉しくて鼻の奥がツンとした。
 
長谷川晶一著『幸運な男 伊藤智仁 悲運なエースの幸福な人生』(インプレス社)。
 
この本を手に取ったときに、高校生のあの時の私に届けてあげたいなと思った。きっとボロボロになるまで読み返したことだろう。
 
データを超えた伊藤智仁投手のストーリーがページからあふれてくるようだった。
 
かつて、私もデータを見ながら、選手がどんな風に野球に取り組んできたのかというのを妄想するのが大好きだったからだ。著者のように選手本人に密着取材ができなかったからあくまでも想像するだけだったけど。
 
私は、小さな頃からスポーツが得意な方ではなかった。
でも、スポーツを観戦は大好きだ。
 
父親がプロ野球好きだったので、小さい頃から野球場に連れていかれた。ひいきはヤクルトスワローズ、東京にある球団だが人気の在京球団ジャイアンツの陰に隠れてマイナーで弱い球団だ。中学の時にクラスにたまたまヤクルトファンの子がいて、二人で球場に足を運ぶようになった。マイナーというのは結束が高まるものなのだ。
 
他の子達がジャニーズやバンドなどに夢中になっているのを横目に、プロ野球の選手図鑑や雑誌を眺めていた。みんなと同じ人を好きになるのが平凡に思っていた。結局選手を好きになるのでやっていることは五十歩百歩だけど、自分は目の付け所が特別なんだと思っていたかった。
 
最初のうちは、バッターが好きだった。ホームランを打ったらカッコいいし、パフォーマンスも派手だったから。でも、そのうちにピッチャーが好きになった。
 
特に好きだったのが、岡林洋一投手と伊藤智仁投手だ。
2人ともヤクルトスワローズの90年代のエースであり、怪我で選手生命が短く、悲劇の人と言われることが多い。
弱小のヤクルトスワローズを最強に導いたが、その無理がたたり、花を咲かせた期間が短いピッチャーたちだった。
 
最初に岡林投手のことを好きになった。
 
好きになるきっかけはささいなことだった。週末に野球場に通うと毎回彼が先発だった。たまたま電車で居合わせるような感じで勝手に運命を感じた。なんのことはない、ローテーション通りに投げていたから、毎回彼の登板とかぶっていただけなのだが夢中になりたいお年頃は、なんでもかんでも運命にしたがる。
 
私の王子様が投げている姿をうっとりと眺めていた。
 
野球の試合において、自分のチームを応援するときは攻撃の時だ。だから、ピッチャーが投げる守備の時はほとんど休憩時間なのだ。外野スタンドでも、守備になるとファンたちはトイレに行ったり、食べ物や飲み物を買ったりとのんびりモードになる。そんな中を、私は血眼になってピッチャーが投げる姿を追いかける。
 
外野は応援が楽しいし、何よりもチケット代が安いから貧乏学生には外野一択だったけど、ピッチャーを眺めるにはかなり不利だった。それでも、オペラグラスで彼のことを凝視しながら、打たれないで、打たれないで、とひたすら祈るのだ。
 
中には選手の追っかけをしている人達もいたけれど、私は追っかけをして回るにはお金も時間もなかった。だけど、どうにかして岡林投手に近づきたかった。彼のことを知りたかった。
 
考えた挙句にしたのが、“新聞追っかけ”だった。
 
当時、学校の図書館には新聞の縮刷版がたくさん置いてあった。最近のものから、スポーツ欄だけを拾っていく。岡林投手の名前を追いかけてどんどんさかのぼる。
 
プロ時代から、大学時代、そして甲子園に出場した高校時代へ。名前があったとしても名前がポツンと書いてあって何回投球したというデータがあるだけで写真は数枚あるかないか。岡林投手の名前を図書室の隅っこで飽きることなく眺めて、当時はどんな投球をしていたのかな、どんなことで悩んでいたのかな、練習を頑張っていたんだろうなあと想像するだけで明日の生きる力が出てくる。
 
もちろん、年頃だったので、野球のことばかり想像しているわけではなく、恋愛漫画の王道のようなシンデレラ展開までバッチリ妄想済みだ。新聞や雑誌に写真が載った時には、切り抜いてお守りとして後生大事に胸にしまっていた。テストがある時にはポケットに忍ばせる。頑張るための栄養剤だった。
 
記事だけ、というのが逆に良かったのかもしれない。自分の想像力が自由に羽ばたいていた。
私の中で岡林投手像が勝手に膨らみすぎて、試合に赴いてはオペラグラス越しに彼を眺めて、さらに妄想が広がって……一緒に試合に行っていた父は、娘が隣で岡林投手に見初められて結婚するところまで妄想していたとは予想もできなかっただろうな。
 
そんな岡林投手に割って入ったのが伊藤智仁投手だ。彼のピッチングをテレビで見た時に衝撃を受けたのだ。どんなに球速の速い投手とも違った。伊藤投手の球は、キャッチャーのミットにブラックホールがついていてその中にものすごい引力で吸い込まれていくのではないか、というくらい「吸い込まれる」という表現がピッタリだった。画面越しにですらあんなふうに見える投球を後にも先にも見たことがない。
 
ずぶの素人ですらわかるくらい別格の投球だったから、あっという間にエースにのし上がっていった。
 
岡林投手がその頃に、故障でなかなか試合に出られなかったので、岡林投手がいない間だけ……と、伊藤投手にすっかり鞍替えして追いかけるようになった。
 
再び新聞の縮刷版のおっかけを始めた。彼は、オリンピックに出ていたし、社会人野球をしていた。高校の時には甲子園には出ていないらしい。
 
縮刷版の勝ち試合の数字を見てにんまりし、負け試合の数字を見ては涙ぐむ。本人はいたって楽しいのだが、周りで見ている人がいたら完全に情緒不安定な女子高生だったろう。
 
そんな伊藤投手もケガに泣かされて登板の機会が減るようになった。私は次第に彼らの情報を追いかけられなくなり、私も野球から別のものに興味の対象が移行してしまった。
 
そこで、しばらく野球を見ない時期が続いた。
 
野球を見る機会もぐっと減って、リア充一直線だった私が、再び野球を見始めたのだ。
 
きっかけは、当時好きだった人が偶然ヤクルトスワローズのファンで、話がめちゃめちゃ合ったからだ。高校生の時に図書館の隅で培った岡林投手と伊藤投手の追っかけが、彼氏づくりに役に立ったのだ。その人と今結婚しているのだから、何が功を奏すかって本当にわからない。
 
再び野球を見るようになった私は、社会人でお金も時間もあるというメリットを最大限に活かして、今度は追っかけを始めた。
 
2軍のグラウンドをめぐり、好きな選手を追っかけた。1日に3試合も野球のハシゴ観戦をすることもあった。
 
でも、図書館の片隅で名前を探しては興奮していたような感覚はなかった。どうしてなのかはわからない。もう昔のような毛穴が開いて全身から情報を吸い取りたい、というような渇望はわかなかった。
 
結局、子供が生まれてしまい、あまり野球観戦もできなくなってしまったので、再び野球からは離れてしまったのだけれど、『幸運な男』を読んで、昔の思い出と共に、沢山の知りたかったエピソードが私のなかに入ってきて満たされていくようだった。
 
私がデータを見ながらしていた妄想は、本当はこんなストーリーだったんだ。私が野球から離れている間に、伊藤投手はこんなことを考えていたんだ。伊藤投手の本の中にも先輩として岡林投手が出てきて話している。こんな風に二人は関わってきたんだ。
 
てんでバラバラでつながることを期待していなかったパズルがピタッとハマるようなそんな清々しさが沸いてきた。
 
この本を読みながら、社会人で追っかけをやっていた時にコーチになった伊藤投手に偶然出くわした時のことを思い出した。
 
少しシワは増えたけど投手時代と変わらない体型でスラリとしている。全盛期のヤクルトの大エースがひょうひょうと歩いていた。
 
私は興奮してボールとペンを握りしめた。
歩み寄ろうとして緊張のあまり足がもつれそうになる。膝がガクガクして背中から冷や汗がでる。
 
「あ、あの、サイン、いただけますか?」
「えー、ボク、コーチだよ? いいの?」
伊藤コーチは笑いながらペンを取った。私を見て、だれかれ構わずサインをもらって回っている人と思っていたのかもしれない。
 
「現役時代大好きでした」
こんなに緊張する告白はあるだろうか、というくらい頭が真っ白になった。
 
「そうなの、ありがとう」
私は彼と握手をした。受け取ったボールにぬくもりが残っていた。
 
彼にとっては、日常の取るに足らない一コマだろう。
立ち去る彼の後姿を見送りながら、今、彼はコーチをやっていて悔しくないのかな、と思っていた。
 
記憶には残るけど、記録には残らない選手。
そんな悲運な選手だと思いながら接してしまった気がする。
 
でも、本のタイトルには『幸運な男』と書いてあった。そして、読めば、紆余曲折あったが、素晴らしい、伊藤投手の野球人生が綴られていた。
 
プロ野球のピッチャーの生涯成績としては全く目立たない。でもそのデータの中から浮かび上がってくる沢山の人に愛された天才投手の素敵な人生。
 
データの裏にあるストーリーが大どんでん返しでハッピーだったということを知ったとき、やられた、と嬉しい苦笑いが浮かんできた。
 
スポーツをするのもきっと楽しいだろう。
でもスポーツを見るのもすごく楽しいのだ。
ひいきの選手のデータの裏に沢山のストーリーが詰まっているから。
 
そのストーリーに出会うため、私はまた何か夢中になれるスポーツを待っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分が好きなものや人が点ではなく円に縁になるような活動を展開。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、身の上に起こったことをネタに切り取って昇華中。足湯につかったようにじわじわと温かく、心に残るような文章を目指しています。

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2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

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