週刊READING LIFE vol.137

「人生を楽しむ胆力を鍛えるロングライド」《週刊READING LIFE vol.137「これを読めば、スポーツが好きになる!」》


2021/08/02/公開
記事:サファイア(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
人生は、山あり谷あり。誰もが一度は聞いたことが有るだろう。
学生時代から社会に出て、波風も無くおだやかな人生を過ごされている人もいるかもしれない。
周りから見て、何の苦労も無くスイスイと世渡りしているように見えても、本人からすれば必死でもがいているかもしれない。
 
人生には、時々予期しないことが起きる。
何で今? 出来れば別の時に来てほしかったと思うタイミングで、予想外の出来事に翻弄される。
 
会社員という安定した生活から卒業して、10年。
本当にいろいろとあった。
先の見えないジェットコースターに乗っているように思えた日々もあった。
 
それでも何とか生きてこられたのも、ロングライドの経験があったからだ。

 

 

 

2011年の2月。屋久島へ3泊4日の一人旅に出た。
目的は、サイクリング屋久島という自転車イベントに参加する事だった。
勿論、それだけでは勿体ないので、縄文杉トレッキングもしてきた。
 
でも、あの時の屋久島一人旅を思い出すとき、どうしても縄文杉よりも先に、たった一人で屋久島を一周したという経験の方が思い出される。
 
サイクリング屋久島と言う大会は、毎年2月の第3週に開催されているサイクリングイベントだ。たまたま知人がSNSで「こんな大会がある」とシェアしていたのを見て、申し込んだのだ。
 
屋久島を一周すると約100㎞。私が参加した2011年は、100㎞のみだったが、現在はハーフコースの50㎞やヒルクライムと呼ばれる坂道を登ることに特化したコースなども増えているようだ。
 
自転車で100㎞走る。ロードバイクに乗っている人からすると、当たり前のサイクリング距離なのだが、大抵の人は驚く。
 
「え? 100㎞? チャリで走る距離じゃないじゃん!?」
 
ちなみに、私が初めて参加したサイクリングイベントは、一日で160㎞を走るセンチュリーライドというイベントだった。東京からだと、栃木県の宇都宮市や神奈川県小田原市、山梨県甲府市は半径120㎞圏内である。地図によると那須高原や静岡市、伊豆半島あたりが160㎞圏内に入る。
 
「は?一日でそんな距離を自転車で走るとか、信じられない!」
 
毎回、そう言われる。でも、別に私だけじゃないのだ。そんな距離を自転車でスイスイ走っているのは。

 

 

 

日本各地で開催されているサイクリングイベントはだいたい、100㎞か160㎞のセンチュリーライドが多い。その土地土地で地形も違うので、実際には車で高速道路を100㎞走る感覚とは全く違う。
 
サイクリング屋久島では、島の外周をぐるりと走る。なので、とても分かりやすい。車もさほど多くない。自転車を観光資源として活用している瀬戸内海のしまなみ海道も、最初から自転車で島を行き来する前提で道路や橋が整備されているので、レンタサイクルでも走りやすい。
しかし、何度も参加している島根県の出雲路センチュリーライドでは、宍道湖周辺や大根島などのそれなりに通行量がある一般道路でも走るので、必ずボランティアスタッフさんが通行案内役で立っている。マラソンや駅伝大会と同じで、大きなサイクリングイベントはちゃんと各地域の警察の協力の元で運営されているから、道路の通行制限にも許可されている時間帯がある。
 
だから、タイムリミットは結構厳しい。
 
給水ポイントが関所替わりでもあって、各ポイントに立ち寄った証拠のスタンプとタイムリミットまでに通過していないと完走証が出ない。ここは、参加したことに意味を持つか、時間内に完走したという結果を追うかは、人それぞれである。
 
乗り物に乗っているとはいえ、自力で100㎞を完走する。
 
この体験の素晴らしさは、やはり実際に走ってみないとイメージ出来ないかもしれない。

 

 

 

屋久島へは、新幹線と高速船で向かった。愛車である白いルイガノを連れての移動。ロードバイクという自転車は、とても軽い。私の愛車は戦闘機に使われるカーボン樹脂で出来た車体なので、折りたたみ椅子くらいの重さしかない。輪行バックと呼ばれる専用のバッグに入れて、持込料さえ払えばかさばるけれども、新幹線でも運べるのだ。
 
2月の屋久島は、ほぼ一か月雨天、またはアラレや雪も降る。
鹿児島と沖縄の中間地点になるので、気候としては亜熱帯になる。しかし、屋久島は島の中央に標高2000メートルにもなる山が有るので、標高1000mよりも上は、雪国になる。軽井沢あたりがだいたい標高1000m、上高地が標高1500m。縄文杉は標高1800m付近になる。
もし、1月2月に屋久島へ行くことが有れば、気を付けていただきたい。前の晩に雪が降ると、縄文杉ツアーが開催されない場合もある。もちろん、別のトレッキングコースに振り替えられる。
 
標高の高いところでは亜熱帯でも雪が積もる。では、平地はどうか?
 
サイクリング屋久島当日、スタート地点の宮之浦はアラレ混じりの小雨だった。
寒かった。自転車は風を受けるので、冬の雨は結構つらい。休日にちょっと気楽なサイクリングへ出かけることを。ポタリングというが、天気の悪いときにはあまり走らない。寒い以前に、ロードバイクはタイヤの幅も細く、滑りやすいので、雨の日に走るのは事故やけがの元になるのだ。
 
しかし、大会という場合は、そういう訳にもいかない。
何故なら、大会へ出るためにわざわざ遠くまで来ているのだ。
 
雨の中走るのは、初めて参加した出雲路センチュリーライドで既に経験済みであった。
その時は、小雨がシャワーのように降り注ぐ中でのスタート。しかも朝イチのウォーミングアップといわんばかりな、小刻みに上り下りのある林道を20㎞走るコースからの始まりだった。当然、転倒やパンクなどで路肩に立ち止まる人も続出したため、初参加の私は本気で恐れおののきながら、必死でバランスを取りながらペダルを回すことに集中した。
アレを思えば、屋久島のアラレ混じりはまだ余裕だった。
 
ロングライドの時は、サイクルジャージと呼ばれるお尻の上あたりに3つポケットが付いている専用ウェアを着る。下は人それぞれだけれど、男性はサイクルパンツと呼ばれる股間からお尻の部分にかけてスポンジクッションが入っている専用のアンダーパンツをはいた上から、ランニング用のロングスパッツや膝丈のショートスパッツを穿く。女性用にはスカートもあるし、ハーフパンツもあるけれど、足さばきの部分から、私はサイクルパンツとロングスパッツの組み合わせにしている。
ウェアの素材は、ランニングウェアと同じ速乾性と通気性抜群なポリエステルなのだが、スタートで出走待ちをしてる間寒かったこともあり、迷ったあげく直前にフリース素材のジャージも上から羽織った。
 
7時半、スタートゴールの宮之浦を出発して、時計回りに100㎞走る。現在の大会では、屋久島の南側にある尾之間がスタートゴールになっているようだ。北から東へと南下していくうちに、どんどんと景色が変わって行く。
 
屋久島はいびつな5角形みたいな形をしていて、東西南北で風景や気候も随分と違う。こういう自然の風景が走りながら楽しめることが、サイクリングと言うスポーツの醍醐味だ。
 
屋久島について言えば、島の東部には焼酎の醸造所もあるし、南側は亜熱帯のリゾート地と呼ぶにふさわしく、温暖で日当たりも良い。西側は、東シナ海からの風が吹き付け、北は標高2000mのついたてがあるため、曇りや雨が降りやすい。一か月に35日雨が降る島、というくらい年間通して雨が多い島の理由は、そこにある。
 
大会に関係なく、屋久島にサイクリングをしに行くなら、島の東部にある安房から日本の名滝100選のひとつ、大川の滝までのコースを是非お勧めする。道の上り下りもほぼなく、普段自転車にならない人にも、景色を楽しみながらのんびり走ることが出来るからだ。
この地域には、民宿も多く、レンタサイクルなどもある。
 
しかし、ロードバイクを乗り慣れている人には、別の楽しみ方が有る。
 
西部林道と呼ばれる、標高差300mの上り下りを楽しむというコースだ。

 

 

 

「弱虫ペダル」という自転車をテーマにした漫画が人気な理由の一つに、自転車乗りが共感できる表現をしているという部分が有ると思う。
 
ロードバイクでタイムトライアルをするには、上り坂と下り坂をいかに走るかが重要なのだ。集中力と動じないメンタル。これが坂道を制するには必要不可欠とも言える。
 
「弱虫ペダル」でも、上り坂が得意な主人公をはじめ、坂道での競り合いが何度も重要ポイントとして登場する。
 
私は、いつも愛車で大会に出る時、登り坂でメンタルを鍛えられてきた。
 
「でも、坂道を自転車で登るってしんどいよね」
 
ママチャリでも折りたたみのミニサイクルでも良いが、自転車を普段の生活で乗る時に、多くの人が坂道を登る事をネックだと感じているはずだ。
 
それを電気という動力で解決しようとしたのが、電動アシストタイプの自転車である。確かに、電動自転車は坂道を楽に登ろうと思えば登れる。
 
しかし、小さいながらもエンジン的なモノが付いているので、車体が重い。そして、充電が切れるとその重さが仇になる。
 
ロードバイクは、その点、自前の筋肉と機体の軽さで登る。
 
自転車競技人口の多いイタリア人曰く、
 
「坂道は筋力では無く、財力で登るのだ」
 
というジョークがあるが、イタリアの有名自転車メーカーの車体は、高級なものほどめちゃくちゃ軽い。中には、100万円越えする自転車もあるくらいだ。
 
しかし、財力が無くても、坂道は登れる。
何故なら、一旦停止から急な角度の坂を登る場合はほぼ無い。コースの中でそれまで時速20km以上で走ってきた勢いを上手く活用すればいいのだ。たいていの小さな短い登りはそれでなんとかなる。ロードバイクは特にペダルが靴と一体化しているから、足を引き上げさえすれば、意外となんとかペダルをこぎ続けられるのだ。
 
自転車は基本、自力で乗るものだ。自分の意志でペダルを回し、先へと進もうとしなければ転んでしまう。どんなに高い素晴らしい自転車を買ったとしても、飾っているだけでは何の意味も無い。雨が降っても、強風にあおられても、しっかりと愛車のハンドルを握り、ペダルを回し続ければ、ゴールへと近づける。
 
ランニングと違うのは、下り坂などは重力に任せて、体力を使わずに超高速スピードで駆け降りることもできる。最高時速50㎞が出せる。風に乗るとはこういう感覚なのだろうかと感じられるし、束の間、筋肉を休めることが出来る。サドルに腰掛ける位置や体重移動で、別の筋肉を使って進むこともできる。
 
だから長時間のサイクリングでも、ランニングほど関節には負担がかからない。

 

 

 

しかし、屋久島の西部林道は、とても手ごわい。
 
島と言うモノはだいたい、入江にそって地形が隆起したり沈んだりしている。
屋久島の西部林道はまさにその典型で、入り組んだカーブ状の坂道がひたすらに続く。
 
坂道を自転車で登る時、坂の頂上付近になると、道路の見え方が少し変わる。角度が緩やかになり、地平線の様な辺に見えるのだ。そして、山道だと木々の間や空が広くなる。
 
あ、やった。登りきった。
 
そう思ったのもつかの間で、右手を見上げると、まだまだはるか上を走っていく参加者の姿が目に入る。
 
げ。あの上まで、登るのか。
 
疲れも一段と重く感じるが、先に進むしか道はない。
気を取り直して、また地道にペダルを回して坂を登っていく。
 
小さな達成感の次に、また課題が出てくる。喜びと落胆を何度も繰り返す。
これも、人生の思い通りにいかないもどかしさや浮き沈みと似ていないだろうか?
 
人生と大きくちがうのは、ロングライドはコースや道順が設定されているけれど、人生には定番コースや道案内というものは無い。理想の人生設計は、人それぞれあるかもしれないが、自分がいつ結婚できるか、一生、同じ仕事をしているか、そもそも一体いつ死ぬのか。それすら誰にも分からない。
 
自転車で坂を登り続けることは、目の前の坂道に集中し、体力を上手に使うしかない。最初から飛ばし過ぎると、途中でバテるだろうし、足元の地割れや小さな石やガラス片などでパンクや転倒も起きる。
下り坂ではスピードが出る分、ブレーキとハンドルを上手く操って、波に乗るように進む。
 
時には、心が折れるような果てしない急な上り坂を登る羽目になるかもしれない。
しかし腹をくくって、ただひたすらゴールに向かう。
 
そうやって苦労してペダルを回し続け登り切ったら、絶景が出迎えてくれることもある。
 
屋久島の西部林道も。島根の日本海側も。
自然の中で走る時、何度も何度も、疲労を吹き飛ばすような光景を見せてもらった。
 
頑張って登ってきた甲斐が有った。諦めないで良かった。
胆力とは小さな達成感を積み重ねた自己信頼や自信から鍛えられるのだと思う。
 
だから、どんな時も前に進もうと思えるのだ。休み休みでも、1歩でも、1㎜でも先へ。

 

 

 

あいにく、ここ数年丸一日休んで愛車に乗る機会は持てていない。
しかし、車の免許を持たない私には、自転車は日常生活での移動手段であるし、会社員を卒業するタイミングで、一人屋久島を自転車で走った経験は、私のメンタルを支えてくれた。
 
誰にも頼ることなく、自分の身体を使って何かを達成した証拠のひとつだ。
 
昨年は感染症のために、自転車をはじめ多くのスポーツ大会が中止に追い込まれた。サイクリング屋久島も2022年に順延になっている。
 
スポーツは地方観光資源として、いろんな可能性がまだまだあると思う。サイクリング屋久島が無ければ、屋久島へ行くことも無かっただろう。
 
ランニングの方が道具を使わない分、人気も高いが、膝や腰への負担を思えば、自転車の方がお勧めだ。
 
ここ一年で、運動不足を実感している人は、先ず、電動でも良いから自転車であちこちサイクリングしてみてはどうだろうか?
同じ生活圏内でも、知らない店を発見したり、季節ならではの花や景色も見れる。美味しいお店や知元の名産を巡るグルメライドという自転車イベントもある。友人と何人かで一緒にサイクリングするのも、同じ苦労を共有したことで親密さが増す。
 
なにより、自分で動いてどこかへ行って帰ってくる達成感。
地図が読めるなら、自分でコースを計画するのも楽しいだろう。
この達成感の積み上げが、人生の急な波風をやり過ごす時に、意外ほど頼りになる。
 
自転車乗りほど、人生と言うジェットコースターに対して動じない人たちはいないかもしれない。そう断言できるほどだ。
 
旅先でのサイクリングは、車で巡るよりもより、鮮明に、その土地の魅力を教えてくれる。
身体を動かして、体幹や筋肉だけでなく、メンタルも鍛えられる効果が有る。
 
それが私の愛するスポーツ、ロングライドサイクリングなのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
サファイア(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県出身。移動することが日常な生活を2015年から過ごしている。セラピストとして活動する傍ら、天狼院ライターズ倶楽部所属。子どものころから読書が日常。専門は、アロマセラピーとメンタルカウンセリング。にじの青、という名義で「学校では教わらない性教育」をテーマにも執筆中。自分が興味関心が有る事の良さを伝えられるライターになり、心と身体の事に関する本を書き上げる事が目標。

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2021-08-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.137

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