週刊READING LIFE vol.138

「リアルレザーと言うエコアイテム」《週刊READING LIFE vol.138「このネタだったら誰にも負けない!」》


2021/08/09/公開
記事:にじの青(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
最近よく耳にするSDGsという言葉が有ります。
 
持続可能な開発目標、というテーマで環境問題や、LGBTQや人種差別、製造業、働き方など様々な視点で世界的には17個のキーワードが提示されていますね。
 
地球環境を考えることは、この星に生きている以上、とても大切なことです。毎年、集中豪雨によって起きる土砂災害なども、昔ながらの地形学を無視した山林の大がかりな開発とは決して無関係では無いと個人的に感じているからです。
 
そのなかで、敢えて言いたいことがあります。
 
わざわざ新しい言葉を作って、新しい取り組みをしなくても、昔から行われていることを見直してみてはどうでしょうか?
 
その一つに、革製品があります。革製品とは、元々、動物の命を最後まで大事にするという発想から始まっていると私は考えています。
 
今のように、大量に安くものづくりができるようになったのは、19世紀後半からです。GEを創立したトーマス・エジソンや交流電流を発見したニコラ・テスラなどの電気を安全かつ大量に提供することを可能にした発明家たちのおかげです。
 
地球の歴史は46億年。人類の歴史は1000万年。
 
この時間軸の中で、たった100年そこらでしかない大量生産と石油製品の台頭。
私たちは、便利さを追求するあまり、私たちの祖先が当たり前のように行ってきたことを忘れ、人工の物ばかり有難がるようになってはいないでしょうか?

 

 

 

私は、本革製品が好きです。手袋、財布やかばんという革小物以外にも、本革製の洋服を着ることが私にとってはとても心地の良いことです。革以外にも、綿や麻という天然繊維も普段から愛用しています。
 
革の何が好きか?
 
全てが好きです。本革独特の匂い。ラムレザーやカーフレザーなどの触れると肌に吸いつくようなしっとりとしたなめらかさ。牛革などのどっしりとした重厚感。使い込んでいくほどに独特の色合いへと変化していくこと。革と革がこすれる時に鳴るキュキュッという音。
挙げていけばキリが有りませんし、延々と語り続けられます。
その中でも、やはり、革の衣服を着ると、背筋がしゃんとします。着物も同じように背筋が伸びる服装ですが、本革のジャケットやスカートは格好よく着こなさないと逆に、服に着られている、下手をすると自分が服に負けてしまうような気持ちになります。そして、革は伸び縮みしないので、サイズ感も重要です。
 
いつも革が似合う自分で在る。
 
そう言う意識を与えてくれるのが、本革の魅力でもあります。
だからこそ、高級ブランドの財布やかばんには、本革製品が多いのでしょう。

 

 

 

2017年の春、東京の表参道ヒルズに私はいました。
目的は、「エルメスの手しごと」展を見るためでした。
 
世界で最も高級なレザーを仕入れられるのは、エルメスただ一社だけです。全ての革はエルメスが品定めしたのちに、他社が品定めすることが出来るのです。
 
世界で最も美しく、最も上質で丈夫さをも兼ね備えた一握りの革素材。
エルメスが吟味した最上級の素材を世界トップクラスの職人が手仕事で形へと仕上げていく。
 
だからこそ、エルメスのバックで最も有名なバーキンと呼ばれるバッグは、国産の4人乗り新車1台以上の値段がするのに、常に予約待ちなのです。
 
勿論、バッグだけではありません。
展示会には、エルメスを代表するシルクスカーフやかばん、財布、手袋などの専門の職人さんたちがどのようにして製品を作っていくのかが惜しみなく公開されていました。どの職人さんも、技術やプライドよりも、エルメスというブランドをとても愛し、そこに職人として関われることを喜びに感じて、製品一つ一つを大切にしている様子がひしひしと伝わってきました。
 
ヨーロッパでは、エルメスと仕事をするということが最高の名誉とも言われます。
 
本物の証。
 
この言葉にあなたはどんなイメージを持たれますか?
 
これはエルメスに限った話ではありませんが、多くの高級ブランドではリペアサービスがあります。
元々、エルメスは馬具、つまり乗馬をするときに使う鞍や鞭、乗馬用のバッグを扱っていた会社です。創業は1837年。旅行も馬車で行くことが当たり前だった時代に出来た、王族や貴族のための製品づくり。親から子、子から孫へと何代も受け継がれていく革製品を作り続けていたのです。ですから、丈夫で長持ちは当然ですし、定期的にメンテナンスをしてより長く使えるアフターケアも当たり前の事だったのです。
例えば、バッグであれば、持ち手やファスナーなどの交換を受け付けてくれますし、アーカイブといって、ボタンなどの小さな部品1つすら大事に保管されている場合もあります。
 
手直しながら、手入れしながら、1つの物を長く大切に使う。
 
そういう感覚は、エルメスが職人さんをとても大切にし、素材の生産者さん、そして顧客との信頼関係を大事にしているからなのです。
 
モノづくりへの絶対的自信とそれを確実にさせる職人さん、素材生産者さんとの信頼関係。
 
ブランドには、商標という意味の他に、信頼と言う意味も含まれます。
 
なんて素晴らしい会社なのだろう。
結局、「エルメスの手しごと」展の期間中、わざわざ2度も3度も足を運び、展示の隅から隅まで、特にレザーの見本は時間が許される限り、眺めていました。

 

 

 

代々受け継がれるもの。
これは、和文化にもたくさんありますね。
 
例えば、着物。着物の多くは、絹、シルクで出来ています。そして、実は多少のサイズ調整が出来るように、縫い代をなるべく残して仕立てます。今でも成人式にお母様やおばあ様の振袖を着る女性はいますし、男性の紋付き袴も父から息子、孫へと受け継がれていく物です。そうして、ぼろぼろになった着物は、さおり織やパッチワーク、刺し子などと小さく小さくリメイクされていき、最後まで大事に使うことが出来ます。私の子どものころは、小さくなった浴衣が夏の寝巻でした。
和装小物も長く使い続けられる工夫がされています。下駄や草履も、台座がしっかりしていれば、鼻緒を交換すれば長く穿けます。帯なども、着物同様に袋や座布団などにリメイクが出来ますし、昔はお金に困った時に質草として高く売り買いされることもありました。
古民家なども、障子や畳など交換が必要な調度品もありますが、築100年以上経っていても、土台や壁などはしっかりしていますし、萱ふき屋根は葺き直すこともできます。
高級品に限らず、刃こぼれした包丁も良い素材なら研げば切れ味が戻りますし、ハサミなども実は、研ぎ直して使うことが出来ます。
 
ですが、沢山の新しい物が簡単に手に入ることにばかり当たり前になっている私たちは、知らず知らずのうちに、物をないがしろにして暮らしているのではないでしょうか?

 

 

 

革に限らず、人間の衣服は動物由来の材料がたくさんあります。
ミンクやフォックスなどの毛皮。ウールと呼ばれる羊毛。そして、着物やスカーフなどに使われる蚕の繭から紡ぐシルク。
 
糸を染める染料も、動物由来のものがあります。
例えば、紫。世界各地では古代、紫の染料はとても貴重でした。それは糸を紫に染めることが出来る貝がたくさん獲れなかった上に、一度に少量の糸しか染められなかったからです。聖徳太子の作った有名な冠位十二階でも、紫は最も高貴な色としてごく一部の貴族にしか身に付けることが出来ませんでした。
南米の民族衣装で使われる鮮やかな赤色。これはコチニールと言う昆虫から摂れる染料を使って染められます。
 
ここ10年、ファッション業界でも、ビーガンレザーをはじめ、動物素材を使用しないブランドが増えています。元ビートルズのポールマッカートニーの娘さん、ステラマッカートニーさんは、徹底して動物素材を使わないでファッション製品を作り続けています。
 
他の動物の命を人間の衣服のために使うなんて、動物虐待だ。
 
そういう思考をもつファッション関係者も少なくはありません。
SDGsという活動が全世界的に拡がる中で、それは一見、正論に感じられるかもしれません。
 
ですが、歴史をよくよく分析してみて欲しいのです。
 
何故、人間は動物の皮や毛を身に纏うようになったのか、ということを。

 

 

 

日本や世界の各地には、自然崇拝という文化が有ります。
まだ、自分で火を起こすことも出来ない弱肉強食の最下位にいた大昔の人類は、寒さを耐えしのぐ方法を持っていませんでした。当然、布を織ったり、縫い合わせるなんてことも出来なかった時代に、私たちの祖先が出来たのは、死んだ動物から毛皮を分けてもらうことだけだったはずです。時には、栄養補給として、動物から肉や骨髄も分けてもらっていた。動物の皮を被ることで、狩りが上手くいったり、身を守ることが出来たりを繰り返していくうちに、感謝と畏敬を持って、動物や植物、そして自然のありとあらゆる出来事に接するようになっていったはずです。だから、八百万の神という日本神道独自の発想や、北海道のアイヌ神話、ネイティブアメリカンのシャーマニズムや古代中国から続く陰陽五行などが、世界中のあちこちで文化や学問として成り立って行ったのではないでしょうか?
 
やがて、火を使いこなし、農耕を始め、移住型から定住へと生活が変わり、山羊や犬、牛や鳥などを飼うようになって、ますます、命を無駄なく使いきる文化は発展していったと思うのです。
 
大事に育ててきた家族であり、自分たちの生活を支えてくれる資産でもある家畜たち。
彼らの命を大事にするから、骨の髄まで食し、皮も体毛も無駄なく衣服に使う。動物の骨を削ったアクセサリーも、沢山古代遺跡から発掘されていますし、未だにそういう装飾品を作っている地域はあります。判子の多くは、水牛や象牙などの骨や角を掘ったものですよね。
 
自然からの恵みを大切にする。
その積み重ねで、寒さで死ぬことも少なくなり、冬でも外で活動し、人口を殖やし続けられるようになっていったのです。
 
その何万年と受け継がれてきた生活が激変したのは、たったの100年強。
石油と言う材料から生み出されるありとあらゆる人工的な製品にばかり、夢中になっていないでしょうか?
 
自然からたくさんの物を貰い続けてきた私たち人間は、今まで出来てきたことをもう一度
振り返ってから、本当の意味で持続可能な社会やモノづくりとは何かを再検討した方が良いのではないかと、革が好きだからこそ事ある毎に考えています。

 

 

 

今年、友人が革小物を製作販売するアトリエをオープンしました。
開店のお祝いも兼ねて、長財布を作っていただきました。形も色も大きさも、私が使い勝手の良いように全て事細かに注文をして、待つこと一か月半。
世界でたった一つの素敵な財布が私の手元に届きました。
 
私にとっては、どんな高級な財布よりも、価値のある財布。
でも、とてもとても良心的な価格で仕上げてくれました。
 
素材も丈夫そうなので、恐らく10年近く使い続けるでしょう。
色は、海のように深みのある青。どんなふうに味が出ていくのかとても楽しみです。
 
私にとって、本革は第二の皮膚といえるぐらい、大好きな素材です。触るだけで、とても満たされますし、真夏でも一度身に付けてしまえば、暑さも忘れ一体化してしまう事が有ります。着れば着るほど、肌になじみ、自分の一部になっていく。
それが革の洋服であり、革小物です。
 
毎日、お金を払う時、財布を手で触れるたびに、嬉しくなります。そして財布を作ってくれた友人にも、革を染めてくださったなめし業者さん、そして本来の持ち主だった牛さんにも感謝が湧いてきます。
 
今まで何個も革小物を使い、何着もの革で出来た洋服を着てきましたが、今回財布をオーダーでつくってもらったからこそ、ここまで深く考えられるようになりました。
 
バイオテクノロジーが発達することで、細胞そのものをコピーして、動物を殺すことなく動物由来の素材を人工的に量産することも可能だと思いますし、素晴らしい技術だと思います。
 
ですが、命を大事にするということは、そういうことだけでは無いと思うのです。
食べ物を始め、人間は他の生き物から命を分け与えてもらわないと生きられない弱い生き物です。植物が居てくれるから、呼吸をし、酸素を吸うことも出来るわけです。
だから「いただきます」という言葉が有り、物を大事にするという感覚が養われていくのです。
 
便利さや自分たちの都合だけでなく、目の前にある商品がどのようなストーリーをもっているか。何故、その値段で手に入るのか?または何故、そんな高額なのか?
 
それを知った上で、何を買い、何を買わないかを選ぶことこそ、持続可能な社会を作るための第一歩だと感じてなりません。
 
本物の証は、持ち主の行動を変え、社会を変える。
 
それが、日々革と親しむ中で実感する世の中の真理です。
エルメスを始め、高級ブランドの商品にも本来、そんな願いが込められているのではないでしょうか。
 
物を大切にすると言う事。何を自分で選び、身に付けるのか。
この機会にもう一度、見直してみていただければとてもありがたいです。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
にじの青(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

セクシャルマイノリティ。知性愛者でジェンダーX(ジェンダーバイナリー)。10歳で、「周りと違う自分の性の在り方」を自覚。20代から性に関するいろんな悩みを抱える人たちと交流し、本当の「自分らしさ」について考えるようになる。自分の心と身体の性別を個性だと受け入れる性的自認についての出版を目標。女性向けの性教育やジェンダーに関するカウンセリングなどを中心に「学校では教わらない性教育」をテーマに活動中。

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2021-08-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.138

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