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週刊READING LIFE vol.140

鬱陶しかった、おとふやのおじさん《週刊READING LIFE vol.140「夏の終わり」》


2021/08/23/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「うわ~、ムッとする……」
 
夏の午後、高いところにしつこく居座っていた陽がやっと傾いていく。
まぶしかった光が和らいでくれる頃、アスファルトの地面からはむせるような蒸気があがってくる。
隣の家のおばさんが、決まって道路に水をまく時間だ。
隣の家の苗字は何だったのか、今もわからない。
なぜならば、当時、父や母はお隣の家のことを、「おとふやのおじさん」「おとふやのおばさん」と呼んでいたからだ。
きっと、近くの市場でお店を出して、お商売をされていたのだろう。
ただ、呼び方は、「お豆腐」ではなく「おとふ」だ。
 
あれは、私が小学校に上がる前だったから、昭和40年代の前半のことだ。
当時も夏はそれなりに暑かった。
もちろん、今のように体温ほどまでは上昇しなかったし、 朝夕はグッと気温も下がり涼しかった。
あの頃、エアコンとは言わず、クーラーと呼んでいたが家の中、各部屋になんてなかった。
高級品のクーラーは、両親の部屋にしかなかった。
私たち子どもは、各部屋に供えられた扇風機を回して、うちわで仰いで汗を抑えていたが、それで大丈夫だった。
 
家の外では、夕方になってくると、家の前に打ち水をする習慣があって、隣近所の家々ではその風景が見られた。
お隣の、「おとふやのおばさん」も、毎日のように水をまいていた。
 
空が、ゆっくりと紫色の空に変わって行くころ、約束もしていないのに、誰彼となく庭に出てくるのだ。
となりの「おとふやのおじさん」も、真っ白のランニングに楊柳のステテコをはいて庭に出てきた。
大人の男たちは、晩ご飯を終えると、お酒を手にして夕涼みを始めるのだ。
 
実家は、私が小学一年生になるときに、家を建て直したが、それまでは古い木造平屋建ての家だった。
元々、農業をやっていて、父の時代に兼業農家となったのだが、その昔、馬を使って田んぼを耕していた時代の馬小屋もあった。
母が嫁いできたときに、改築したらしいが、玄関には広い土間があり、庭先には床几台が置かれていた。
梅が大量に干されていることがあったり、収穫した米が乗せられていたりすることもあった。
 
そこは、夏の夕方には、大人たちの社交場ともなっていた。
お隣の、おとふやさんのおじさんは、手にビールやツマミをもって、いつの間にかわが家の床几台のところにやってきていた。
父も大びんのビールをコップに何度も注ぐうちに、どんどん饒舌になってゆく。
父は、普段は口数の多い方ではなかった。
そのうえ、性格は短期ですぐにカッとなって怒るような人だった。
母ともよくケンカをしていたのだが、私たち子どもには優しかった。
そんな父は、お酒が入るとよくしゃべり、よく笑い、とても愉快そうだったのだ。
そんな父を見るのが好きで、大人たちが飲みふける夏の夕暮れ、私たち兄妹も父の側で夕涼みをしていたものだ。
 
幼い頃の夏の思い出。
特別なことがあるわけでもないけれど、大人たちの楽しそうな姿を見つつ、子どもは井戸水で冷えたスイカを食べて、タネを飛ばしあったり、手元で小さく光るだけの花火をしたりして遊んだものだ。
そんな、今の時代から思うと、ほんのささやかなことが幼い子どもたちにとっては、格別のことだったのだ。
夕方、陽が落ちても決して蒸し暑さはなくならない庭先だったが、それでもとても楽しかったのだ。
 
あの時代、今とは完全に違うことがさらにあった。
それは、隣のおじさん、おばさんにも、真剣に叱られたのだ。
夕涼みを一緒にしている、おとふやのおじさんも、容赦なく注意してくる。
それは、わが子も他人の子も関係なく、悪いことをすると死ぬほど怒られたのだ。
親からだけでもたいがいなのに、それ以外のおじさん、おばさんからのお叱りは、家の近所にいる限り、面倒と思いながらも仕方がなかった。
おとふやのおじさんは、お酒が入るとなんだかんだと話しかけてきて、それも鬱陶しかった。
子どもを育てるのは、その家の者だけでなく、地域でしっかりとその役目を担っているような、そんな時代だった。
 
今、都会でマンション暮らしをしていると、廊下ですれ違う住人とは会釈すらしない場合もある。
あいさつを投げかけても、返答がないこともある。
子どもに話しかけても、顔も上げない子だっている。
そんなものなのかな、と時代の流れを感じつつも、少し危機感も持っている。
声をかけて、名前も知っていると、何かあったときに、手を差し伸べやすいものだ。
困っているなら、助けてあげられるというものだ。
ところが、名前も知らなくて、言葉も交わしたことがないと、アクションを起こす気にもなりにくい。
せめて、一番小さなコミュニケーション、あいさつだけでもできていると、そこからの広がりが全然違うのにな、といつも思うのだ。
 
子どもは、保育園、幼稚園へ通うようになってからは、家族だけでなく、社会にも育ててもらっていると思うのだ。
その一番近い社会は、ご近所さんたちだ。
今の時代は、かつてとは違って、気を付けることも変わってきているのも一因かもしれない。
子どもの頃、学校から帰ってきても、家の玄関に鍵はかかっていなかった。
誰でも、入ろうと思えば入れるような状況が常だった。
 
ところが、今では、マンションでゴミ出しをしたり、郵便をエントランスに取りに行ったりするだけでも、鍵はかけて出る。
ご近所みんなが家族のような時代ではなくなったのだ。
治安も、気を付けることも、複雑な環境になっていることも確かだ。
それでも、あまりにも関係が薄く、お隣さんとは数か月も顔を合わせないような今の時代。
本当に都会で個々に家族が生きているようで、脆いような印象を持ってしまう。
 
どちらも極端な関係性であることは、理解できる。
ただ、私が幼かった頃、父が顔を真っ赤にしながら、おとふやのおじさんと楽しそうにお酒を飲んでいた遠い日の記憶。
お酒が回ると、からむように関わってきたおとふやのおじさん。
程度は濃かったけれど、真っすぐに近所の子どもたちに向き合ってくれたあの大人たちの存在は、成長の過程においてとても大きかったと今ならばわかるのだ。
 
あの時代の大人たちと、今の時代の私たち。
どちらもちょっと極端な気がするのだ。
上手く人との距離感がはかれて、何かの形でもう少し地域の子どもたちに関われたらいいのに、と思うこともある。
 
夏の終わりになると、あの浅黒い顔のおとふやのおじさんと、陽気にしゃべる父と、少しだけ日中の熱気でモワッとなる空気の中で、たくさんのものに守られた安心感のある夕涼みが今では懐かしくて仕方ない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2021-08-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.140

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